第3話 街角の君を和菓子に誘う
カフェを出て、私たちは街へと繰り出した。春の温かい日差しが、アスファルトの道を白く照らす。
ファルグリンは相変わらず、周囲をきょろきょろと珍しそうに見ていた。おかげでなおさら目立つ。
通り過ぎる人々がちらちらと彼の方を見ている。特に若い女性たちの視線は露骨で、さながら動物園の人気者だ。
まあ、エルフなんて直接見たことない人がほとんどだろうから、仕方ないのかもしれない。渡来してくるエルフはかなり珍しい。
「あの紙切れは何だ?」
ファルグリンが、街中に貼られたポスターを指差す。それはアイドルらしき男女が笑顔で写っている。市内で行われるイベント告知だ。
「ああ、あれはアイドルのポスターだよ。あー、なんだろう。歌ったり踊ったりして、人を魅了する、商売?」
上手く説明できない。合っているけど、間違っている気もする。
「ああ、歌と踊りで魅了する、か。あー……芸人、とか、楽師の一種か」
すこし思案してから、彼はすっと顎を引いた。
こちらでの言い回しを思い浮かべるのに時間がかかったようだ。でも、きっと想像と違うと思う。
一番、近い存在はたぶん君だよ。ファルグリン。
「まあ、そう言うものには興味がないな。……さっきの『抹茶パフェ』とやらは実に素晴らしかったが、この国には、他にもそのようなものがあるのだろうか」
「まあ、あるね。和菓子とか、色々あるよ」
「ほう。では、それを案内しろ。この国の『罪深い』文化をもっと深く知る必要がある」
罪深い文化。この言われようは、もうある種の風評被害じゃないだろうか。
「知る必要って…なんか使命感に燃えてない?」
「当然だ。異世界の文化を知ることも、留学の目的の一つだからな。それに……」
ファルグリンはそこで言葉を切ると、ちら、と私を見た。
「お前に案内させるのは、悪くない」
そう言われると、なんだか妙な気分になる。まあ、別にこちらも嫌ではないけれど。
「じゃあ、この先にある和菓子屋さんに行ってみる? 老舗で、色々な種類の和菓子があるんだ」
「老舗、か。古いというのは、それだけで価値がある。案内しろ、陽介」
「はいはい、エルフ様。光栄にございます」
私はからかうように答えて、ファルグリンを促した。
ふん、と鼻を鳴らす彼の足取りは、どこか弾んでいるように見えた。
この尊大なエルフの少年が、日本のスイーツにこんなに興味を持つなんて。人生は本当に分からないものだ。
近場の老舗となると、意外と限られる。それなりに歩くことにはなるが。
私たちは渋い店構えの和菓子屋にたどり着いた。
暖簾をくぐると、店内には甘く上品な香りが満ちていた。色とりどりの和菓子が、小さなショーケースの中に宝石のように並んでいる。
「おお、これは!」
ファルグリンはショーケースに張り付くようにして、一つ一つの和菓子をじっと見つめている。
真剣な横顔は、まるで美術品を鑑賞しているかのようだ。いや、彼にとっては本当にそういうものなのかもしれない。
「これも植物から作られているのか?」
ファルグリンが、繊細な細工が施された練り切りを指して尋ねる。
「うん、ほとんどはね。お餅はお米でしょ、あんこは豆。それに寒天とか葛とか」
「パフェというやつも、甘く煮た豆が乗ってたな。で、菓子と言うことは、もちろん甘いのだろうね?」
「そりゃもちろん」
「……まさか、こんな姿形とは思わなかった。愛らしいな」
彼は感心したように頷いている。さっきまで「サラダは野蛮な文化」とか言ってたのに、この変わり身の早さ。
このお店は、団子や饅頭、最中など見た目が渋いものが多いのだけれど、お気に召したらしい。
(もしかしたら、練り切りとかの方がウケがよかったかな)
眺めていたら、お店の人が優しく声をかけてくれた。
ファルグリンから漂う気品と華やかさに、お店の人もわずかばかり戸惑っているようではあったけど、異世界からの渡来人自体に偏見はないらしい。
私が簡単な事情を説明すると、いくつかおすすめの和菓子を紹介してくれた。
ただ、名物の黒ゴマ団子は売り切れていた。大人気すぎて早くに並ばないといけないらしい、残念。
季節のお菓子として柏餅やわらび餅もあったが、ファルグリンが興味を示したのはそれではなかった。
草しんこ、ゴマ饅頭、くるみゆべし。
もちろん、どれも美味しいけれど独特な感性だなと思った。
「ねえ、ファルグリン。この最中は近隣の桜の名所にちなんだもので、かたちもサクラの花びらだし……こう可愛いというか」
「なにを言うんだ。この草しんこ、なんて艶のある深緑だろう! くるみゆべしの煌く表面、断ち切られた面は工芸品のようだし。そして、名物のゴマ団子が食べられないなら、ゴマ饅頭を食べるのは正しい選択じゃないかっ!」
容赦なく却下された。だから、なんだその熱意は。