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第8章 壊れた人形の行列

廃校を出てから、私たちはずっと黙って歩き続けていた。家庭科室での出来事が、重い空気となって二人の間に澱んでいる。空腹と疲労が、じわじわと体力を奪っていく。太陽は西に傾き始め、長く伸びた影が、まるで私たちの未来を暗示するかのように、足元にまとわりついていた。


私の頭の中では、ぐるぐると同じ考えが巡っていた。もう、仄と一緒に行動するのは限界かもしれない。彼女の言葉は時に慰めになるけれど、それ以上に理解できない部分が多く、苛立ちを感じさせる。何より、彼女の危機感のなさは、私の生存戦略とは相容れない。一人になれば、もっと効率的に動けるのではないか。食料だって、一人分なら見つけやすいかもしれない。そうだ、一人になろう。それが、この歪んだ世界で生き残るための、最も合理的な選択のはずだ。


そんな利己的な考えを巡らせながら、ちらりと隣を歩く仄の横顔を盗み見る。彼女は、いつもよりずっと口数が少なく、どこかぼんやりと前を見つめていた。時折、私の様子を窺うように視線を向けてくるが、目が合うとすぐに逸らしてしまう。私の言葉が、彼女を傷つけたことは明らかだった。でも、仕方がない。感傷に浸っている余裕なんて、私にはないのだ。


私たちは、いつの間にか寂れた住宅地に入り込んでいた。家々の多くは人の気配がなく、庭には雑草が生い茂り、窓ガラスが割れたまま放置されている。そんな道端で、私たちは奇妙な光景を目にした。壊れた人形やおもちゃが、まるで葬列のように、道に沿っていくつも並べられていたのだ。腕が取れたテディベア、首が折れたフランス人形、タイヤのないミニカー。誰が、何のためにこんなことをしたのか。あるいは、これも「ナニカ」の仕業なのだろうか。その異様な光景は、私たちの間の気まずさを、さらに重苦しいものにした。


「忘れられた子供たちの、声がする……」

仄が、ぽつりと呟いた。その声はか細く、風に掻き消されそうだ。

「みんな、ここに置いていかれちゃったんだね。寂しいって、泣いてる……」

私は、何も答えなかった。人形の悲鳴なんて、私には聞こえない。聞こえるのは、自分の腹の虫の音と、早く安全な場所を見つけたいという焦りの声だけだ。


夕日が、建物の隙間から差し込み、人形たちの歪な影を長く伸ばしている。今だ。今、言わなければ。ここで別れよう、と。一人で行く、と。そう決意し、口を開きかけた、その時だった。仄が、ふと足を止め、私の袖を小さく、掴んだ。


「……ごめんね、藍ちゃん」

消え入りそうな声で、彼女が言った。

「私、藍ちゃんの見てる現実が、ちゃんと分かってなかったかも……。でも、私には、ああいうふうにしか、世界が見えないんだ」

俯いた彼女の、色素の薄い瞳が、夕日に照らされて潤んでいるように見えた。その瞬間、あれほど固めていたはずの決意が、音を立てて崩れていくのを感じた。


言えなかった。「さよなら」の一言が、喉の奥に引っかかって出てこない。非情になりきれない自分。この少女の、か細い手を振り払うことができない自分。そんな自分が、ひどく歯がゆく、そして情けなかった。結局、私は何も変われないのだ。この歪んだ世界で生き残るためには、もっと強く、もっと冷酷にならなければならないのに。


「……行こう」

私は、それだけ言うのが精一杯だった。仄は、小さく頷くと、掴んでいた私の袖をそっと離した。


私たちは、再び黙って歩き出す。壊れた人形の行列を後にし、夕闇が迫る道を。関係が修復されたわけではない。むしろ、仄の謝罪によって、私たちの間の溝は、より複雑で、厄介なものになったような気がした。それでも、私たちはまだ、一緒にいる。夕日が世界を赤く染め上げる中、二つの頼りない影は、どこへ向かうともなく、ただ歩き続けていた。言えなかった「さよなら」の言葉が、苦い後味となって、私の胸の内に残り続けていた。

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