第6章 錆びたレールの向こう
雨上がりのアスファルトは、夕焼けの光を鈍く反射していた。水たまりを踏まないように気をつけながら、私たちは線路沿いの道を歩いていた。かつて電車が走っていたはずのレールは赤茶色に錆びつき、枕木の隙間からは雑草が伸び放題になっている。この線路が、どこかまともな場所へ続いているとは、到底思えなかった。
「藍ちゃんは、何を探してるの?」
仄の言葉が、不意に頭の中で反響する。私は一体、何を探しているのだろう。答えの出ない問いを抱えたまま、ただ漫然と足を前に進めているだけだ。この錆びたレールのように、私の思考もまた、行き止まりに向かっているのかもしれない。
しばらく歩くと、線路の脇に、打ち捨てられた古い列車が数両、放置されているのが見えた。窓ガラスは割れ、車体には落書きがされ、蔦のような植物が絡みついている。私たちは周囲を警戒し、特に危険がないことを確認してから、一番端の車両の開いたドアから中へと入った。
車内は、予想通り荒れていた。座席のシートは破れ、床にはゴミや枯れ葉が散乱している。それでも、網棚や吊り革の跡など、かつての面影は残っていた。ここにも、当たり前のように電車が走り、人々が乗り降りしていた日常があったのだ。ふと、昔のことを思い出す。まだ世界がこんなふうになる前、一人で電車に乗って、知らない街まで行ったことがあった。特別な目的があったわけじゃない。ただ、どこか遠くへ行きたかっただけだ。窓の外を流れていく景色を眺めながら、自分がひどく孤独で、世界から切り離された存在のように感じたことを覚えている。あの頃感じていた息苦しさと、今のこの状況は、どこか地続きなのかもしれない。そう思うと、奇妙な諦めの感情が胸に広がった。
「見て、藍ちゃん。夜空のカーテンが開きそうだよ」
仄が、割れた窓から外を指さした。西の空は、燃えるようなオレンジ色から、深い紫、そして藍色へと、美しいグラデーションを描いている。一番星が、瞬き始めていた。
「夕焼けはね、一日が終わる合図じゃないんだよ。夜空っていう、すごく綺麗な舞台が始まる前の、スポットライトなんだ。これから素敵なショーが始まるんだって、教えてくれてるの」
彼女の言葉を聞いていると、この荒廃した世界の風景すら、何か特別な意味を持っているように思えてくるから不思議だ。
私たちは、比較的状態の良い座席に並んで腰を下ろした。窓の外、線路の向こう側の廃墟ビルの屋上に、何かの影が蠢いているのが見えた。人影ではない。もっと歪で、冒涜的なシルエット。「ナニカ」だ。距離があるため、直接的な危険はないだろうが、その存在は、常に私たちの日常と隣り合わせにある。あるいは、車両の連結部分あたりから、ギシ、ギシ、と金属がきしむような音が、微かに聞こえてくる気もした。気のせいかもしれないが、油断はできない。
「……時々、全部どうでもよくなる」
私は、自分でも驚くほど素直に、言葉を漏らしていた。仄の隣にいると、心の壁が少しだけ低くなるのかもしれない。
「この世界も、私も、どうなっても同じだって。そんなふうに思う時がある」
仄は、私の顔をじっと見つめた。そして、ゆっくりと口を開く。
「そっか。じゃあ、藍ちゃんは、流れ星なのかもね」
「……流れ星?」
「うん。どこから来て、どこへ行くのか分からない。でも、消えちゃう前に、一瞬だけすごく綺麗に光るでしょ? どうでもいいなんて言いながら、藍ちゃんだって、きっと心のどこかで、キラッて光りたがってるんだよ」
慰めなのか、それとも単なる彼女の空想なのか。その言葉の意味を、私は測りかねた。けれど、否定する気にはなれなかった。心の奥底で、ほんの一瞬でもいいから、何か意味のある存在になりたいと願う気持ちが、全くないとは言い切れなかったからだ。
夜が更け、空には無数の星が瞬いていた。街の明かりが消えたせいで、星の光は以前よりもずっと強く、鮮やかに見える。私たちは、言葉を交わすこともなく、ただ窓の外を流れる雲や、遠くで明滅する「ナニカ」の光を眺めていた。やがて、仄は私の肩に頭をもたせかけ、静かな寝息を立て始めた。
錆びた列車の中、束の間の休息。遠くで聞こえる「ナニカ」の気配。そして、隣で眠る少女の体温。諦めと、孤独感と、仄に対する割り切れない感情と、答えの見つからない問い。それら全てを抱えたまま、私はゆっくりと目を閉じた。夜空のカーテンの向こうで、どんなショーが繰り広げられているのか、私には知る由もなかった。