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個人的お気に入り

たまごみたいな幸せ

「なつき! 今度合コンやるんだけど、あんたも参加しなさい!」


 あたしがいつものように部屋でファンタジーラヴ・オンラインに没頭していると、強引にドアをこじ開けて入って来た姉がそんなことを言った。


「ちょっ……! 無理やり入って来ないでよ」


 これが母だったら蹴って追い出してるところだ。姉にはまだ会話できる余地がある上、昔から私の趣味をわかってくれるところがある。ムゲにはできない。


「メンバー1人足りないの。あんた、出なさい」

「どこに姉妹で合コン出るバカがいんのよ」


「バカとかいうな。いたらどうすんのよ。それに姉妹だって明かさずに友達みたいにしてればいいでしょ」

「顔、そっくりなのに? バレるよ」


「性格が正反対だから大丈夫!」

「なんだ、それ! あたし、あんたみたいに色気ないし! 何より興味ないよ! あたし2次元にしか興味ないんだからほっといて!」


「あんたいつまでそんなゲームばっかりして引きこもってんの? 自分の殻にこもってばっかりで、貝みたいだよ? たまには外に出なさい!」

「それ、貝に失礼! 貝だって幸せなんだから! 殻の中にいるのが幸せなんだから」


 そう。貝には貝の幸せがある。


 外から見たら殻の中に閉じこもってて、寂しそうに見えるかもしれない。


 でも、その殻の中には、じつは外の世界なんかとは比べものにならないほどの、広大なアドベンチャーワールドがあるのだ。


「姉としてねぇ! あたしはあんたのこと心配してんの! もう20歳代最後のトシなんだから、彼氏ぐらい作んなさい!」


 姉にはわかるまい。


 貝の幸せなんて。


 とはいえあたしは姉に依存している。あたしが好きなアーティストのライブや同人誌のフリマに出かけることができるのはコイツのおかげだ。一人ではとても怖くて行けっこない。連れ出してくれて感謝している。


 でも合コンなんて行けるわけねーだろバーカ。


 陰キャを極めたあたしなんかが参加したら場違いもいいとこだってーの、バーカ


「夏川はるきでぇす。趣味は旅行、ライブ参戦……あ、好きなアーティストは『髭ダンス』でぇす!」


 姉がかわいこぶって自己紹介した。

 あたしの前には四人の男性。

 久しぶりに見る、3次元の男性──


 ……はっ?

 あたし、どうしてここにいるの!?  ──なんてわけはなく、強引な姉に、遂には、強引なまでに強引に、連れて来られたのだった。


「──ほら! 自己紹介、自己紹介!」


 姉にうながされ、あたしはとっても小さな声で、自己紹介をした。


「……夏川なつき」


「それだけ!?」


 姉が呆れるが、どーでもいい。


 四人の男性の中の一人が「趣味はなんですか?」とあたしに聞いてきたので、正直に答えた。


「インターネットです」


「ネットでどんなことするの?」


「主にネトゲと、あと小説投稿サイトで……」主にBLを読んでる、とはなぜか言えなかった。


「小説投稿してるの? すごい!」


 はっとして顔を上げ、その男性の顔を初めて見た。


 メガネをかけた、優しそうな、どことなく自分に自信をもってなさそうな、それでいてあたしにとっては笑顔に力のあるひとだった。


 のちになぜかあたしはそのひとと二人並んでいた。なぜ? なぜこのひとは、青いジャージ姿で合コンにやって来たあたしに興味をもつの?


「じつはぼくも小説書いて投稿してるんですよ」

「へー」


「SFメインだからあんまり読まれてないんですけどね」

「へー」


「なつきさんはどんなの書くんですか?」

「読み専です」


「あぁ……、そうなんだ? 早とちりしてごめん」

「いえいえ」


「せっかくだから何か書いてみない? ID教えてくれたら俺、読むよ」

「うーん……」


 書いた。


 彼のために、あたしに書ける唯一の小説を、書いた。


 それは貝の幸せについてのファンタジー小説。貝の国は外から見ると閉じているけれど、中に入ればとっても広い。まるで海賊が宝を求めて冒険するような、なんでもありなアドベンチャーワールドなのだ。


 その風景をただ書いただけなのに、彼はそれを気に入ってくれたらしく、感想をプレゼントしてくれた。



 ── 外から見ると小さな殻に閉じこもっているように見える貝の世界、じつはこんなに広いんですね! 目には見えないものを見せてもらったようで、とても興味をもちました。



 興味……


 興味か……へへ。



 他人から興味をもたれたのなんて初めてだ。




 それからあたしの幸せは、たまごみたいな幸せに変わった。

 殻に入ってるのは変わらないけど、それは育って、いつか孵って、何かが産まれるかもしれない。


 それが幸せのまま育つのか、いつかつまらない現実に変わるのかはわからないけれど──


 まぁ、どうせあたしも彼も、いつか死ぬんだし。


「待った?」

「今来たとこ」


「じゃ、行こうか」

「うん。二人だと色んなとこ行けて楽しい」


 今はただ楽しめばいいんだ。




 あたためられるたまごみたいな世界の中で、あたしと彼は、いつか宇宙へ行ける日を持っている。





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― 新着の感想 ―
姉つおい! 引き篭もりを連れ出すだけに留まらず、彼氏の選定まで!? …………多分、してるよね? 趣味の合いそうな男が合コンメンバーの中にいたんだし。
お姉ちゃんの強引さが功を奏しましたね☆ これはお姉ちゃん、ナイスアシスト! 小説投稿サイトという共通の趣味が運命的な出会いを果たした、いいお話だと思いました。 もしかしたら身近にもこういう方がいたり…
強引なお姉ちゃんGJ!(^ω^)b<流されるだけかな?と思ったら、ちゃんと自分で未来を選ぶタマゴの可能性を感じる素敵なお話でした!、ありがとうございます!
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