第3話 おつかい先での出会い
住職から頼まれたざぶとんの下見に行くことになった俺と小春。住職の頼みだから、まあ仕方ないなと思いながら、食堂を後にして外に出た。
朝食の片付けを終えた後、俺は住職にざぶとんの下見に行くようにお使いを頼まれた。どうやら、現在お寺で使っている座布団が古くなってきたので、新しいやつに交換したいとのことだった。今日は土曜日で朝から暇だったので、もちろん俺は住職の頼みを快諾した。どうやら、このお寺にはなじみにしている座布団屋があるらしい。当初は小春が一人でお店の下見に行く予定だったが、なんやかんやで俺も荷物持ちとしてついていくことになった。
住職から頼まれたざぶとんの下見に行くことになった俺と小春。住職の頼みだから、まあ仕方ないなと思いながら、食堂を後にして外に出た。お寺の外では、雨も止んで心地よいほどの青空が広がっていた。明け方まで雨が降っていたのが嘘だったかのように、この京都の街には肌を焼くようなヒリヒリとした日差しが降り注いでいる。
目的地である座布団屋は、お寺から徒歩で30分ほどの場所にあるらしい。お寺の前にある石畳の参道を下りてから、俺たちは目的地へと歩き出した。
お寺の外に出ると、俺と小春は無口で足早に歩き出した。俺がこのお寺で半年ほど暮らしてみて分かったことだが、小春は相当なせっかちで且つ、他人の気持ちなどゴミ程度にしか考えていない自己中野郎だ。だから、今もこうして小春は俺の歩くペースなど考えずに、1人でスタスタと早足で先に行ってしまう。
小春はいつものように、膝下までの長い紺色のスカートに黒いタイツを着こなしていた。それにしても今日は土曜日なのに、小春は普段と変わらず学校指定の制服を着ている。俺も詳しくは知らないが、多分学校の制服は小春にとって私服代わりなんだろう…。
「そういえば小春、今日は部活行かないのか?いつも週末は部活で忙しいんじゃなかったけっ?」
なんとなくだが俺は、お寺を出てから早10分以上一言も話さないで歩いているのを少し気まずく思い、俺の目の前をスタスタと歩いている小春の顔色を伺うようにゆっくりと声をかけた。普段、小春は毎週土日とも部活に行ってて家にいない。だから、今回みたいに一緒にお使いに行くのは相当なレアケースだ。
しかしというか、俺も大体予想がついていたことではあったが、小春は俺の話にすぐには食いついてこなかった。
それから少し時間が経って、小春は小さな声でボソボソと独り言のように話し始めた。
「いちいちなんなのよ。私が部活行かなくたってあんたには関係ないでしょ。耳障りだからだまってちょうだい。」
小春は相変わらずの顰めっ面でいる。俺にはよく分からないが、何か気に触るような事を俺は言ったのだろうか。てか、俺はそもそもお寺に来てから小春が笑っているのを一度も見たことがない。
「……俺はただ、部長であるお前が、部活休んで大丈夫なのかなぁって思っただけで…。まあ言いたいことはそんな感じかな…。」
なんだかこれ以上不機嫌にさせるのも少し怖いし、正直なところ、何を言えば小春が機嫌を直すのかもよくわからなかった。小春はどうやら、朝の食堂で住職と俺が小春の悪口?を言っていたのをまだ怒っているらしい。
「…。べつに今日は部室が改修工事で使えなくなったから行けなかっただけ。改修工事なかったら私だって部活行きたかったし…。」
ちなみに、小春は中学で茶道部に入っているらしい。小春は幼い頃よりお寺で育ってきたので茶道はもともと親しんできたそうだから、中学で茶道部に入るのにも少し納得がいく。
「へぇ、この時期に改修工事とかあるんだなぁ…。そうなんだ…、災難だったね…。」
ふつうに口下手な俺は、久しぶりに話す中学生の女子相手に何を話せばいいのか分からず、そのまま黙り込んだ。てか、俺も中学生の時は授業以外で女子と会話をしたことがないタイプの人間だったからそもそも女子とは話せない。
「……。あんたから話振っといて、なによその態度。いちいちうるさいわね。」
小春は「ふんっ」と鼻を鳴らして前を歩き出した。俺はその後ろ姿を見ながら、急に速足になった小春に遅れまいとついていった。それにしても、小春がふつうにプライドが高いというかなんというか俺は小春にどう接すればいいのかが今でも正直よく分からない。
それから黙って京都市内を30分ほど歩いて、お寺の外から京都駅の方に向かって進んでいくと、小春がふと一軒の古びた建物の前で立ち止まった。
「たしかここだわ。目的地の座布団や。」
小春が指差した先には、「営業中」と暖簾がかかった、木造の小さな建物があった。目的地の座布団屋だ。店の看板には、手書きで「三村ざぶとん本店」と書かれている。
「咲太、ぼけぼけせずにさっさと入るよ。」
小春が先に店の戸を勢いよく開けると、店の中から畳特有の渋くてなんとも言えない匂いが漂ってきた。一面に畳敷きの床と、棚に並んだ大量の座布団が目を引く。だが、それよりも妙に目が引くのは、奥のカウンターに座っている小柄な1人の少女の姿だった。
「えっ……あの、ひょっとして花楓さん?なんでいるの?」
普段は無口な俺も思わず声を上げてしまった。そこにいたのは、俺のクラスメイトで、俺の勝手なイメージだけど少し地味だけど明るくてしっかり者の女の子、花楓だった。彼女はうちの学校の生徒会副会長で、小春とは異なり運動こそ苦手なものの品行方正で成績優秀な優等生だ。
花楓はいつも黒い額縁の丸メガネに少し長めの前髪というなんともミステリアスで近寄りがたい雰囲気を持っているが、誰にでも優しくてふつうに美人なので、一部の男子から熱烈な支持を集めていた。
「咲太くんだったよね? えっと、どうしてここに?」
クラスメイトである花楓は、淡い水色の柔らかな素材のパーカーに紺色のロング丈のデニムスカートを合わせた私服で、レジ横の椅子に座って1人くつろいでいた。