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指輪の魔女と魔導士皇帝~裏切られた大魔導師は愛を知る~  作者: 千早 朔


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反乱と挑発

 やけっぱちに叫んだ私にも、リアンレイヴはますます感動の色を濃くする。




「エベリナ様が俺の名を……っ! では、次はぜひ"リアン"と呼んで……」




「愛称を使うのは親しい間柄だけよ」




 バッサリと切り捨てた、その時だった。




「……あーあ、だから"お早目に"って言ったのに」




「へ?」




 ぼそりと呟いたのはアッシュ。けれどマーティも意図を汲んだようで、「いい加減手を止めて、仕事をなさるのね」と呆れたようにしている。


 それから「主君」と真剣な顔をリアンレイヴに向けると、彼は応じたようにして深く頷いた。


 意味ありげな赤い瞳が私を捉えた。その瞬間、




「いけ! 動けないようおさえろ!!」




「!?」




 勢いよく開かれた扉から、男たちが雪崩のようにして部屋に駆けこんできた。




(まさか、こんな村が皇帝に歯向かうつもり……っ!?)




 動揺している瞬きの内に、狭い部屋には村の男たちが所狭しと溢れ、私以外の三人は数人がかりで身体をおさえつけられている。




「動くな! 少しでも妙な動きをすれば、猟銃で撃ち抜く!」




 誰とも知れない男の叫んだ通り、三人の背には猟銃の銃口が。


 だというのに、当の本人たちは特に焦った顔をするでもなく、平然としている。




(もしかして、わざと好きさせているの……?)




「要求はなんでしょう」




 場違いなほどのリアンレイヴの涼やかな問いに、抑えつけていた男たちがたじろいだような気配がした。


 が、手を離すことはない。すると、「ご無礼をお許しください」と低くしゃがれた声が耳に届いた。




(村長……?)




「我々にはもう、これしか方法がなかったのです」




 現れた彼は杖を退け、その場に両膝を付き頭を下げた。




「反逆の責任は、どうかこの首を。他の者は皆、私の命令に従っただけにございます。ですので、どうか。どうか、ご慈悲を……」




「その件につきましては、後程話ましょう。まずは、このような暴挙に出た理由をご説明いただけますか」




 その時だれかが、「皇帝らしくねえヤツだな」と呟いた。


 まあ、確かに。リアンレイヴは涼やかな見た目に反して物腰が柔らかく、これまでの"皇帝"とはまったく異なる。




 それでもラシートを討ったのは、間違いなくこの男。


 私はその現場をこの目でしっかりと見ているからこそ、この平然と取り押さえられている彼が"皇帝"であると疑う余地もないのだけれど。




 人は見た目の印象に惑いやすい。


 他の男が「確かに、あまりにもあっさりと捉えられたしな……」などと同意してしまったことで、「まさか、偽物……?」と男たちがざわつき始める。




(まったく、甘いわね)




 本気で"皇帝"を討ち取るつもりなら、偽物だろうがなんだろうが隙を見せるべきではないのに。




(それだけ、争いに慣れていないとも言えるけれど)




 ちらりと見遣ったリアンレイヴは、やはり涼し気な表情のまま。


 この混乱に乗じて反撃に出るつもりもないらしい。


 何か考えがあるのか、それとも、ただ"面倒"なだけなのか。




(――丁度いいわ)




 理解させよう。リアンレイヴにも、目が曇りそうな私にも。


 結婚だなんだと甘い言葉をいくら並べ立てようが、所詮、彼だって私を"利用"したいだけなのだと。




「命じなさい」




 雑音の中に響いた私の声に、びくりと男たちが肩を跳ね上げ私を見る。


 はっとしたような顔をした彼らは、たった今自分達がどれほど愚かな談議にふけっていたのかを悟ったのだろう。




 だってここには"指輪の魔女"がいる。


 扱えるのは指輪の主のみ。前の所有者が皇帝ラシートだったのだから、次の主となった彼が何者なのかなんて、考えるまでもない。




(ほら、"私"を使いなさいよ)




 危機に瀕していたから、護衛の二人も捕らわれてしまったから。


 言い訳なら、いくらでも用意できる状況でしょう?


 こんな便利な"駒"が目の前にいるのだもの。迷う必要なんてないはずよ。




 私はリアンレイヴの顔を覗き込みながら、右手の薬指にはめられた指輪をそっと撫でるようにして手を這わせる。


 瞠目した瞳で私を見つめる彼が、"主"として"指輪の魔女"に命じるよう祈りながら。




「指輪の主なのだから、"私"を使えるでしょう? 拘束を解いてあげましょうか。それとも、この者たちを吹き飛ばすほうがお好みかしら」




「……っ、"指輪の魔女"!」




 奥歯を噛むような呻きはとっくに聞き飽きたもの。


 一気に緊張感の増した室内で、私は「ほら、早く」と悠然と微笑んでみせた。刹那。




「…………りです」




 ぼそりとしたリアンレイヴの呟きに、「なに?」と耳を寄せると、




「エベリナ様のお顔が近すぎて無理です……っ! 光栄なのと畏れ多いのと顔がお美しいのと触れたいけれど触れるには神々しぎて、ああ、そうだ、絶対的なる女神様なのだからその存在に多大なる感謝を込めて手を合わせるべきではないかと思うのですが、両手が……合わせられず……っ!」




「ええっと、ごめんなさい。まったく理解できないわ」




 といか命令は!?


 今はそんな呪文めいた思考など聞いていないのだけれど!?

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