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村長宅でのもてなし

 簡単な食事を用意しているからと、私達は村長の家に招かれた。


 この村で一番に"相応しい"場所は、そこだけだからと。


 馬車の見守りや馬の休息などは、先ほどの五人の男たちが世話をするという。




 村を進む間、私達を見かけた村人は恭しく頭を垂れた。


 ただ、その内の何名かの表情が、妙に気にかかった。


 隠していたけれど、ある女性の指先は細かく震えていた。




(皇帝への畏怖? まあ、私の知る限りでも"まともな"男が皇帝だった過去はないものね)




 そこに"指輪の魔女"である私の姿があれば、恐怖を感じるのも無理はないわ。




(それにしても……樽や水壺が目立つ村ね)




 整備された皇都から離れれば、街ですら水道の設置が限定的になる。


 雨を蓄えるために樽や水壺を所持する村は、珍しくもないけれど。


 ここは近くに川が豊富だから、水には困らないはずなのに。




(それに、気にかかるのはもう一つ)




 リアンレイヴは、この違和感に気付いているのかしら。


 皇帝は民あってこそ。


 玉座を奪した真意はともかく、その名を冠するのなら、気付いていてほしいところだけれど。




(きっと、期待するだけ無駄ね)




 "指輪の魔女"を求めた主は、総じて己の権力にしか目が向かない者ばかりだったもの。


 眼の前で、いくら民が苦しんでいようとも。




「エベリナ様」




 呼びかけに、はっと意識が浮上する。


 素朴ながら丁寧に作られた料理がいくつも乗るテーブルには、リアンレイヴと私、そしてアッシュとマーティが席についている。




 御者の二人は馬が心配だからと、馬車の近くで休息を取っているよう。


 視界に入った絵画は、夜空に散らばる星々と月が美しく、同時になんだか懐かしいような心地になる。




(どこかで見たことがあるのかしら? どこで……)




 思考を切ってリアンレイヴに顔を向けると、彼はにこりと笑み、




「よろしければ、身体をお貸ししましょうか?」




「え……」




 途端に、パイやスープから立ち昇る出来立てを示す白い湯気や、部屋を満たす香りを意識してしまう。


 甦るのは先日味わった、長いこと忘れていた"美味しい"という感覚。




(って、流されたらダメよ)




 ほのぼのととんでもないことを口走るリアンレイヴに、私はため息を隠すことなく、




「あなたね……護衛も手薄なこんな遠征先で身体を貸すだなんて、私が毒でも飲んだら終いなのよ?」




「エベリナ様が導いてくださるのでしたら、毒でもなんでも飲んでみせます」




「飲んでみせますじゃないのよ……。アッシュ、マーティ。あなたたち二人からも咎めてあげて」




 と、リアンレイヴよりも先に皿に手をつけていたアッシュが、もぐもぐと頬を膨らませつつ、




「えー、それは無理な相談ってものですよ、エベリナ様。ししょーの世界はエベリナ様で出来てるんですから、俺らが何を言ったって可愛い小鳥のピヨピヨっすもん。あ、このコテージパイなかなかうまいっすよ。お早目にどうぞ」




「力及ばす、心苦しい限りですわ。あ、でも、わたくし達は多少の毒には耐性がありますの。確実に討ち取るには、服毒だけではなく刺殺も視野にいれたほうがよろしいですわ」




「あなたたち、本当に部下なのよね?」




「部下っすよ。ちょー部下。ほら、エベリナ様も食べたかったら、早いとこししょーの身体を借りないと」




「エベリナ様が入られるのでしたら、お紅茶を淹れなおしますわ。カップももっと華やかなものを!」




(やっぱりまだ、この調子には慣れないわ……)




 これまでも私を丁重に扱ってくれる人は多かった。


 けれどそれは、暴君たる皇帝や"指輪の魔女"への恐怖からくる、"処世術"でしかなかったから。




 皇帝をぞんざいに扱う姿も、私を怖がらないばかりか当然のように好意的に接してくれるのも、経験がなくて。




(そういえば"指輪の魔女"になる前は、魔塔の子たちとこんな風に賑やかな食事をとることもあったわね)




 私は立ち上がったマーティに「カップは必要ないわ」と声をかけ、




「身体を借りるつもりはないもの。……ほら、あなたも急いでと食べないと、この勢いじゃアッシュに全て食べられて――なによ」




 妙に大人しいと思ったら、リアンレイヴは物言いたげな顔でじっと私を見ていた。


 とたん、「エベリナ様」と悲し気に眉尻を下げたかと思うと、両手で顔を覆い、




「なぜ、アッシュとマーティは名を呼んでいるのですか? 俺は、俺は今日はまだ一度も名前を呼ばれていません……!」




「なっ!? 側にいるから必要ないだけでしょ!」




「はっ、なるほど理解しました。常に側にいる上に、呼称が"あなた"といえば、導かれる答えはひとつ。つまりすでに俺を未来の夫と想定しての"あなた"だったというわけですね!」




「違うわ! ただ面倒だっただけよ! ~~~~"リアンレイヴ"! これでいいでしょう?」

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