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信頼のチョコレートとベリーのタルト

 懐かしい記憶を辿っていたその時、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。


 記憶から引き起こされた香りに、まさか、とテーブルに視線を落とす。と、そこには。




「これは……チョコレートとベリーのタルト……?」




 マーティは「ええ」と頷き、




「タルトもお紅茶も、おかわりはたんまりと準備してありますわ。存分にご堪能下さいませ」




「ど……して」




 信じられない心地で、リアンレイヴを振り返る。


 と、彼は「お気に召しましたか?」と穏やかな声色で、




「手記に、チョコレートとベリーのタルトが好きだとありましたので。ご用意してみました」




「……本当に、私の手記を読んだのね。隠してあった文字も」




「申し訳ございません。エベリナ様の解放のためにも、情報が必要でしたので」




「…………」




(隠した文字も呼んだということは、彼は"全て"知ってしまったのね)




 私がなぜ、"指輪の魔女"となったのか。


 そもそもなぜ、こんな指輪が存在しているのか。




(彼も、私を利用するつもりなのかしら)




 忘れたくとも忘れられずにいる残影が、脳裏に掠める。


 "好き"にも、"愛おしい"にも幾通りもの形があるのだと、思い知ったのはいつだったか。




 同じ言葉を使っても、互いの想いが一致しているとも限らない。


 それに――人の心というのものに、"絶対"などないのだから。




(彼の気が変わる前に、身体だけでも見つけてもらおうかしら)




 胸のつっかかりを誤魔化すようにして、真っ白なお皿に乗せられたタルトへと視線を戻す。


 たっぷりと乗せられた赤と黒のコロコロとしたベリーの隙間から、つやつやと光を反射するチョコレートが見える。




 記憶のそれよりも、美しい佇まい。


 銀のフォークを手に取って、切り分けられたそれの先端をさくりと切り取った。




 口に運び噛みしめた途端、じゅわりと溢れる甘酸っぱいベリーの果汁。


 舌状でとろりととろけるチョコレート生地の滑らかさが心地よく、さくりと香ばしいタルト生地が合わさって食感も楽しい。




 酸味と甘み。ほろ苦さと微かな塩味のそれぞれが、口内で複雑に絡まり舌を滑って喉を通っていく。




「……おいしい」




 それは誰に向けたモノでもなく、ぽろりと零れた感動だった。


 約二百年ぶりの食事。それも、きっともう二度と口にすることは出来ないと諦めていた、私の好物なのだもの。




 まだ白い湯気のたつ紅茶を少し吹き冷まして口をつければ、心地よい温かさが身体にじんわりと広がる。


 生きている身体を持つからこその、感覚。




「おいしいわ、とても」




 じっくり味わっていたのなんて初めだけで、気が付いたら夢中でタルトを平らげてしまった。


 文句ひとつ無く紅茶を注ぎ足してくれていたマーティは、幼子を見守るような温かい眼差しで、




「おかわりはいかがですか? エベリナ様」




「あ……お願いしてもいいかしら」




「もちろんにございますわ。このタルトはエベリナ様のために焼かれたのですもの」




 鼻歌でも歌いだしそうな調子で、マーティがタルトのお変わりを用意してくれる。


 そうして気づけば、まるまるとしたタルトを全て平らげてしまっていた。




「まあ~~~~エベリナ様! 素晴らしい食べっぷりに惚れ惚れしますわ。よろしければ、他のケーキもお持ちいたしましょうか? 焼菓子でなくとも、フルーツでしたらすぐにご用意できますわよ」




「すっげー、エベリナ様って、けっこう食えるんすね」




「もう結構よ。ごめんなさい、この身体、私の身体じゃないのに……調子に乗ってしまって」




 ついつい何もかもを忘れて食べ続けてしまった。


 申し訳ない心地でリアンレイヴに視線を遣ると、彼はゆるりと首を振り、




「この程度、なんの問題もありませんよ。嬉し気にケーキをお食べになるエベリナ様……とても愛らしいお姿を拝見できて、感無量です……っ!」




「顔も身体も、あなたのものよね?」




「いえ、俺の目にはしっかりとエベリナ様のお姿が重なって見えていました」




「この短時間であなたの言動にも慣れつつあるの、ちょっと不安だわ」




 微妙な心地で眉を寄せた私に、リアンレイヴは瞳を緩めると、




「俺が本気だと、信じていただけましたか?」




 途端、「まーじすか」とアッシュが驚いたようにして、




「ししょー、あんなにエベリナ様エベリナ様うるさいのに、信じてもらえてなかったんすね」




「あら、当然のことではなくて? よく知りもしない相手から突然結婚の申し込みだなんて、まずは警戒が勝るものですもの。主君は乙女心がわかっておりませんわ」




(リアンレイヴって、慕われているのかいないのか、よくわからないわね)




 でも、きっと。


 私は少し考えてから、立ち上がる。




「リアンレイヴ」




「!? え、ええええエベリナ様、いま、俺の名前を――」




「結婚については、丁重に断らせていただくわ。それでも構わなければ、手を貸してほしいの。……私の身体を見つけて、指輪から解放して」




 瞠目した彼が、ふわりと表情を緩めた。


 リアンレイヴが己の胸に手をあてると、アッシュとマーティが低頭する。




 この国で一番の権力を持つ男は、まるで己が主に忠誠を誓うようにして微笑み、




「ご安心を、エベリナ様。必ずや愛しいあなた様に、解放と自由を捧げてみせます」

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