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二百年越しの再会

 村長に案内され川に辿り着いた刹那、一目でその異質さがわかった。


 葉を広げた草がないかわりに、緑々しい苔が川の周囲を彩っている。




 川、のはずなのにうっすらと立ち上る白い湯気が、もわりとした熱気を周囲に放っていて、身体があればじんわりと汗ばんでいたに違いない。




「異変が起きたのは五年前と言ったわね。"炎華の塔"には伝えたの?」




「いえ、村には"炎華の塔"に近づける者はおりません。ですが前皇帝陛下には、書面にてご報告をしました。小作料の減額を懇願しに行った折にも、説明はしております」




「魔塔はこの件を認識しているの?」




「俺が長の座についていた際には、耳に入っておりません」




「"炎華の塔"は魔塔の任命した魔導士が管理しているはずよね。何の報告もなかったってこと?」




 それが、とリアンレイヴの顔が曇る。




「前皇帝陛下が即位した際に、魔塔と"炎華の塔"による直接の連絡を禁じられたのです。封書は必ず一度皇宮へ送り、前皇帝陛下による検閲をうけ、許可されたもののみが相手へ届けられる。果たしてどの程度が"許可"されていたのかはわかりかねますが、季節が変わってから届く手紙も、所々塗りつぶされていました。正確に伝わっていたのは、互いの無事くらいなものでしょう」




(ラシートのやつ、想像以上のクズだったわね)




 三塔のうち、"炎華の塔"だけが魔塔の長……すなわち、"魔導士"に任命権があるのには、そうすべき理由があるからなのに。




「リアンレイヴ。あなた、"炎華の塔"に行ったことは?」




「一度だけ。今の管理者である魔導士が前任者と交代する際に、同行しました。中には入っていません。前皇帝陛下の命令でしたので」




「なら、気が付かなくとも無理はないわね」




 私は川の傍らにしゃがみこみ、水面へ手を差し入れた。


 マーティが「エベリナ様!?」と悲鳴をあげたものだから、思わず苦笑を向けてしまう。




「忘れたの? 私は触れられないのよ」




 アッシュが不思議そうにして隣にしゃがみ込む。




「んじゃ、これには何の意味があるんすか?」




「魔力の流れを探っているの。私は"炎華の塔"に何度も入ったことがあるから……ああ、やっぱりね」




 私はリアンレイヴへと視線を流し、




「"炎華の塔"に魔塔の長が指名した魔導士が配属されるのは、塔を"正しく"管理できるだけの力があるかどうかを皇帝では見極めきれないからなのよ。"炎華の塔"の周辺には、魔力を含んだ温水があちこちから噴き出しているわ。魔塔には、その噴き出した魔力を吸収し、周囲への影響を最小限に抑えるための魔術具が備わっているのよ」




 リアンレイヴがはっとしたようにして、




「その魔術具を扱えるだけの魔力を有する者でないと、塔の管理者に適さないのですね」




「そうね。それに、魔導士だって人間だもの。体調を崩すときだってあるでしょう? そうした時は魔塔から魔導士を派遣して、誰かが補う必要があるのよ。なのに、あの男は"炎華の塔"と魔塔の繋がりを切った。……魔塔の長だったあなたがこの話を知らないのなら、もしかしたら、もう随分と前から正しく伝わっていなかったのかもしれないけれど。"炎華の塔"に急いだほうがいいことは確実ね」




 私は泉から手を引き抜き、リアンレイヴを見据える。




「川の異変に対処するよう、命じて。"主"の許可なく、無関係な魔術は使えないのよ」




 リアンレイヴは苦渋の決断とでもいった風にして、




「……川の異変に、対処を」




(まったく、私が望んでいるのだから、そんな辛そうにしなくたっていいのに)




「――ありがとう」




 ふふ、と零れた笑みに、リアンレイヴが目を見張ったような気がした。


 気がした、なのは、私は集中すべく瞼を閉じてしまったから。


 両手を川の上にかざし、先ほど探った魔力の流れを捉え、その根源へと辿るようにして自身の魔力を逆流させる。




「――"抑圧"」




 川が、とつぶやいたのは、誰なのか。


 伸びた自身の魔力が川に流れるそれを包み込み、魔力を塗り替え、四散するイメージが脳裏に駆け抜ける。




「……こんなところかしら」




 瞼を上げた私は「リアンレイヴ」と名を呼び、




「川に手を入れてみて」




「承知しました」




(微塵も戸惑わないのね)




 リアンレイヴはすっと川の横で膝を折り、迷うことなく手を差し入れる。




「……冷たいです」




「そう。ひとまずこの川はこれでいいわね」




 と、ふらりと川に近寄った村長が、震える手を川に差し入れた。




「……奇跡だ」




「私に出来るのは、肥大していた魔力を抑え込むまで。魚や植物……生態系を戻すことは出来ないわ。そっちは、時間をかけて戻っていくのを見守ることね」




「奇跡の魔術、黄金の髪、ロイヤルブルーの瞳……まさか、あなた様は"月光の大魔導師"様では」




「……どうしてその呼び名を知っているの」




 脳裏に、私の髪を月光のようだと言ったその人の面影が過る。


 村長は興奮した様子で立ち上がると、




「この村はかつて"炎華の塔"を管理していた魔導士、イシハ・ゼネック様が開かれたのです。いつか"月光の大魔導師"様が"炎華の塔"を訪ねてきた際に、ご自分のことを見つけられるようにと」




「イシハが……?」




「我が家の絵をご覧になりましたでしょうか。あの絵の裏には、こう記されています。"流麗たる月光の師に捧ぐ"、と」




(ああ、だからだったのね)




 思い出した。あの夜空は、私が"指輪の魔女"となる数日前にイシハと"炎華の塔"から見た景色だ。


 イシハは何度も止めてくれた。あんな男のために、身を尽くす必要などないと。


 それなのに、私は。




『臆病なあの人が皇帝として度量をつけるまでの、ほんのしばらくの間だけよ』




 そう言って、ぽろぽろ零れるイシハの涙を拭ってやった。


 "ほんのしばらくの間"が、二百年以上になるなど夢にも思わずに。




『またのお越しを、心よりお待ちしております。師匠』




 イシハはまだ十代の少年だった頃に拾い、弟子分として魔塔で面倒を見ていた青年だった。


 ぼさぼさに伸びていた新緑色の髪を"美しい息吹の色"だと褒めたら、熱心に手入れをはじめ、腰ほどまで伸ばしていた。




 泣き虫で、努力家で。早く役に立ちたいからとよく無茶をして体調を崩していたけれど、私のお説教も嬉し気に微笑んで聞いていた。




 家族、と呼べる存在をよく知らなかった私にって、弟のような愛しい子。


 だから彼に、"炎華の塔"を任せた。


 あの日、彼が無事に二十を迎えたお祝いをして、それきりになってしまった。




「……イアンのお墓はあるのかしら」




「ええ、村の墓地に眠っておいでです。ぜひ、お帰りをお伝えしてください」




「そうさせてもらうわ」




(ずっと、待っていてくれたのね)




 ごめんなさい。愚かな師で。


 あなたはいつだって、私を心配してくれていたのに。




(幼稚な愛に目を曇らせていた私を、どうか、許して)

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