差し出されたぬくもり
きっと今頃は、先程の騒動など最初から無かったかのように、参加者たちは皆卒業パーティーを楽しんでいる頃だ。
その一方で、これから娼館へ移送されるヤミリの目の前に、何故かパーティー会場に居るはずの同級生――ジアンとエリックが笑顔で現れた。
予定調和になかった第三の絶望が待つ未来を少しばかり憂いていた彼女は、自分へ微笑みかけてくれる二人の登場に思わず言葉を失う。
そんな中、パチリと瞬きをした瞬間視線の先に居たはずのジアンたちの姿が消えていた。
「申し訳ございません、ただいま取り込んで――ぐはっ!!」
「っ!? 貴様ら、一体何――グフッ!!」
見知った存在に縋りたい気持ちに突き動かされるまま辺りを見回す。
すると、すぐそばから自分を移送中だった騎士たちの焦る声や呻き声が聞こえ、続けざまにドスドスと膝をついて地面に崩れ落ちる彼らの姿が目に留まる。
「……えっ?」
辺りに満足な灯かりなんてない上、夜は昼間に比べて視界が悪い。
そんな悪条件にあっても、今目の前で国を守るはずの騎士が商家の子息にあっさり伸されてしまった。
あり得ない光景を前にしたヤミリは、驚くあまり身体を強張らせたまま言葉を失った。
騎士たちを伸した彼らは、唖然としたまま立ち尽くすヤミリの目の前で、痛みに呻き声を上げる相手に何か魔法を行使したように見えた。
声が小さすぎて言葉は聞こえなくてもよどみなく動く口元や、騎士の眼前にかざした彼らの掌が淡く光ったのが何よりの証拠。
「な、何をしてっ!」
「ちょっとした催眠魔法ですよ」
思いもしない状況にヤミリが声を震わせれば、ニコリとほほ笑んだエリックが彼女の顔を見上げた。
その後、魔法を騎士たちに施したジアンたちが立ち上がって数歩その場から後退すると、遅れる形で地面に膝をついていた騎士たちも立ち上がった。
エリックの説明を引き継いでなのか、自分たちが行ったことを続けてジアンが説明してくれる。
騎士たちに施したのは、当初の予定通り“馬車にヤミリを乗せ一晩かけて目的地の娼館まで連れて行く”という“命令”とも言える催眠魔法だそうだ。
にも関わらず、騎士たちがのそのそと向かって行く先にあるのは、誰も乗っていない“空の馬車”だけ。
正気を保っていたらすぐ違和感に気づくだろう荒っぽすぎる作戦だが、騎士たちの目はどこか虚ろだ。
そして“ヤミリが乗っていない”馬車のもとへ行くと裏門を開けて当たり前のように二人揃って御者台に乗り、屋敷の外へ出ていってしまった。
「ヤミリ、いつ見回りの騎士に気づかれるかわからない。少し話を聞いてくれないか?」
本当に何の疑いも持たずに空の馬車に乗って行ってしまった。
学園の授業で習った記憶の無い魔法が平然と使われている。
そんな現場を目撃してしまった事実に驚くあまりポカーンと呆けるヤミリの目の前に、何故か前かがみなったジアンが小首を傾げた。
「アレクセイ殿下の言うがままになっては、君に希望は望めない。だから」
――この国を捨てて、リュミトランに来ないか?
そう言って彼は、穏やかな笑みを浮かべたままヤミリの目の前に片手を差し出す。
中庭で初めて言葉を交わして以降、ヤミリが魔力ナシと陰口を叩かれていることを承知の上で、二人は自分から彼女に話しかけ親しくしてくれていた。
何度も、「私に関わらないで。貴方たちまで悪く言われるから」と言って遠ざけようとしても無駄だった。
「言わせたい奴には勝手に言わせておけばいい」
と、ジアンは少し不機嫌そうに言うばかりで、いつも彼と一緒にいるエリックは苦笑いを浮かべるだけ。
いくらヤミリが二人を意図的に無視しても、「ヤミリ」と名前を呼んで話しかけてくれる。
幼い頃から嫌でも孤独に慣れて意図せず凍りついていた心にとって、二人の声は陽だまりのようだった。
他人と親しくすることに不慣れで、どこかつっけんどんな態度を取ってしまうことも多かったはずなのに。
勉強でわからない所があるとボヤけばこっそり教えてくれた。
期末や中間試験の度に成績上位者の名前が掲示されるのを見て、彼らは毎回自分のことのように喜び褒めてくれた。
ことさらジアンの喜び様は、上手く喜びを表現できないヤミリが恥ずかしくなるほど。
「ヤミリ、またトップだ! すごいよ」
「今回の問題は難しかったからなぁ……それでも三位に入るなんて流石だね」
なんて言って、何度も頭を撫でてくれたし、抱きしめてくれたりもした。
「ゴホン……ジアン、ご令嬢に対して何をしているのですか」
「っ! す、すまない」
「い、いえ……」
そして、ジアンの突発的な行動に対してエリックが苦言を呈し、我に返ったジアンが心底申し訳なさそうに謝ってくる。
そんな彼を見て、時折胸が苦しくなったり、運動しているわけじゃないのにヤミリの鼓動が速くなる。
なんて一連の流れがいつの間にかセットになっていた。
どこまでも優しい二人と一緒にいる時間は妙に居心地が良くて、クラスが違うために別々の教室へ行かなければならない昼休み終了間際の時間がいつも嫌だった。
娼館に行ってしまえば、もう二人に会うことはない。
それどころか、聖女様と国民たちから持て囃されるアヤナを虐めたとされる自分とは、もう接点すら持ってくれないかもしれない。
広間から連れ出される際、無意識に周囲を見回した時、ジアンたちの姿を見つけられず心底ホッとしたのと同時に何故か泣きそうになった。
なんてことを、一人でポツポツと思い出すヤミリの前に、ジアンがおもむろに片膝をつく。
――一緒に行こう、ヤミリ。
目の前に跪いた彼から差し出された自分よりも大きな手。
新たに提示された“四つ目の未来”を無意識に渇望したヤミリは、躊躇いを残しながらそっと震える手を重ねる。
(二人と……ジアンと、離れなくていいの?)
予期せぬ出来事が立て続けに起きる現状に戸惑い、乱れっぱなしな心と眼差しはずっと揺らぎ続けていた。
にも関わらず、手元から伝わる“ジアンの温もり”に気づいた途端、それらは少しずつおさまりだした気がした。
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