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記録係と中庭ランチ

 ジアンとエリック――共に留学生だという二人と出会ったのは、ヤミリが学園に入学して割とすぐの頃だった。


「それではこれより、魔法実技の授業を始めます」


 学舎の外に出て移動した先――学園敷地内の野外訓練場には、ヤミリ所属のBクラスと隣のAクラスの生徒たちが一堂に会していた。

 彼らを前にした男性と女性――実技担当教師二人は、「最初の授業ですので、まずは初級の魔法を練習します」とその日の授業概要を教えてくれる。

 火、水、土、風など複数の属性に分かれた攻撃魔法の中でも、初歩的な魔法を種類ごとに教師側が用意した的目掛けて打ち、己の得意不得意の属性を認識する授業内容らしい。


 これまで日々の生活で日常魔法くらいにしか触れていなかった生徒たちは、滅多にない攻撃魔法を打てる機会を得て色めき立つ者が多かった。

 ザワザワと騒々しくなる生徒たちを、「静かにしないか!」と男性教師が声を張り上げ注意する。


(形ばかり来たはいいが……魔力ナシの私は一体どうしろと)


 それでも完全に静まらない同級生たちの後ろで、ヤミリはどう授業に参加すればいいのかと悩んでいた。


「ヤミリ・ドルトロイさん」


「っ!」


 すると、突然背後から小さな声で名前を呼ばれたことに驚き、思わずピクリと肩が震える。

 慌てて声がした方をふり向けば、先程まで男性教師の隣で一緒に説明していたはずの女性教師がこちらを見つめニコリとほほ笑んでいた。


「貴女には記録係をやってほしいんだけど……いいかしら?」


 目が合った瞬間、彼女はヤミリの前に数枚の紙を金具で板に留めた道具とペンを差し出してくる。

 それらへ視線を落とせば、用紙にはあらかじめ生徒の名前が書き込まれており、すぐに記録用のものとわかった。


 こっそり自分の下へ来て記録係を任せてくれるのは、きっとこの人なりの優しさ。

 ヤミリに魔力が無いことを知っていてもなお、彼女を授業に参加させてあげたいという配慮なんだろう。


「……わかりました」


 せっかくの厚意を無下に出来る訳もなく、記録用紙とペンを受け取ったヤミリは、女性教師に連れられ同級生たちの一団から離れた場所へ移動した。





 標的となる円形状の的へ魔法を放ち、着弾した箇所が的の中心に近いほど得点が高くなる。

 とは言っても、コントロール力や威力のすごさなどは二の次で、今日の目標は的に攻撃を当てることが目標。

 的まで攻撃が届かなかったり、的外れな方向へ向かった場合は、教師たちが即座に対処するのだとか。


 なんて、追加の説明を男性教師がした後、二クラス合同の実力測定が始まった。


「次、イブ・タニ―ニャ!」


「は、はい!」


 教師に呼ばれた生徒が待機列の中から抜け出し、魔法を放つ立ち位置と定められた場所へ移動する。

 そして、男性教師の号令のもと、属性別の初級魔法を順に放っていく。


 緊張によって魔力が乱れ、初級魔法にも関わらず不発に終わる者。

 他の生徒の前でいい所を見せようとして、明後日の方向に魔法を放つ貴族らしき者。


 得手不得手の認識が予想と違って驚く者なども居たりと、生徒によって結果は様々。


 それらの結果を、ヤミリは手元の記録用紙に淡々と書き込んでいく。

 隣から、「あの結果は三点」「あれは一点」などと女性教師の助言を受けつつ、的と手元へ交互に視線を動かし続ける。


「おい、あいつ何やってんだ?」


「あー、あの子、魔力ナシらしいですよ?」


「嘘だろ!? よく入学許可が下りたな」


「俺も同じこと思って、担任の先生に聞いたんだ。そうしたら、筆記試験で言えばこの学年で三本の指に入る点数叩きだしたとかって」


 集団から離れてこっそり記録をつけていても、教師の側で手伝いをするヤミリの存在は悪目立ちしてしまう。

 そのせいか、自分の順番が終わった生徒の一部が陰口を叩きだした。

 声を潜める気が一切ない雑談と化したそのやりとりは、当然彼女の耳にも届く。


(私のことを知ってるってことは、同じ測定会場だったのか)


 この学園に入学するためには、それ相応の実力を認められるための試験が存在する。

 純粋な知識量を計る目的の筆記部門、魔力量や属性を計る目的の能力部門の二つだ。

 能力部門は、魔力測定用の水晶玉に受験生が触れることで、その人が持っている魔力の主な属性や魔力量の数値を計測する。

 火属性に適性が強い魔力の持ち主なら水晶玉は赤く光るし、水属性なら青、風属性なら緑といった具合らしい。

 魔力量は数値化すると、一般的に五百が平均とされているようで、千を超える数値なんて叩き出せば周囲から羨望の眼差しを向けられる。



 受験日当日、いくつかの会場に分かれ受験者たちが魔力測定を行うなか、ヤミリが手を置いた水晶はわずかな光すら発する様子は無く透明なままだった。


「えっと……ごめんなさい。一度水晶を変えてみるから、もう一回手を乗せてくれる?」


「必要ありません。私は生まれつき魔力が無いので」


「……へっ?」


 その結果に、担当の女性教師が戸惑っていたので、「水晶に不備はありませんよ」とこちらから実情を説明したのだが。


「うっそ、魔力もないのに受験したの?」


「魔力ナシのくせに、よく王立学園を受験しようなんて思ったよな」


 と、同じ会場にいた受験生たちの視線は冷ややかだった。


(誰も好き好んで受験などしていない。是が非でも合格しろという厳命だからな)


 嫌な意味で慣れてしまった陰口を、当時のヤミリは右から左に聞き流していた。

 学園へ入学することは、これまで自分を蔑み虐げ続けてきた両親からの絶対的な指示だ。


「魔力ナシな私が、合格出来るとは思えませんが」


「だったら周囲を黙らせるくらいの点数を入学試験で出せばいいだろう。入学後も座学では成績上位者であり続けろ。“能無しのお前”でもそれくらい出来るはずだからな!」


 将来、騎士団へ入団するにしても、他の貴族の家へ嫁ぐにしても、“王立学園卒業”という肩書きは魅力的に見えるらしい。

 人一倍他人の目を気にするヤミリの父親は、“出来損ないの娘”に対して“兄たちと同等以上の成果”を求めている。


 入学してしまえば、いくら成績が悪かろうと卒業するまで在籍することで納得される兄たち。

 一方のヤミリは、入学からすでに危うい状況にも関わらず、試験に落ちることを許されないどころか、入学後も高水準な成績を維持し続けることを強要されることになった。





(本当に合格したのか信じられなくて、私自身学園長に確認したからな)


 授業が進む中、一人、また一人とクラスメイトの測定結果を記録し続けながら、ヤミリは受験をした日に思いを馳せる。



 合格の知らせを受けた際、「まっ、当然の結果だろう」程度の言葉を言われたくらいで、家族は彼女のことを褒めるどころか、喜んですらくれなかった。

 そんな状況で、彼女は一人でこっそり学園へ出向き、「この合格証書は間違っていないでしょうか?」と対応してくれた教師に尋ねたのだ。

 そこでも再度魔力測定の水晶を触らされたし、筆記試験結果まで持ち出されたあげく、雇われ教師では対応しかねると学園長室に通されてしまった。


「受験者中三位の好成績だ。それにここ、最後の問題」


 戸惑いをありのまま話すヤミリの言葉を聞いた学園長は、改めて彼女の試験用紙に目を通した。

 数枚に渡る科目別のそれに目を通し終わった彼は、そのうちの一枚――魔法に関する総合的な試験問題の解答用紙をテーブルの上に置いた。


「この問題は言わば“意地悪問題”というやつでね……空欄のまま提出する受験者がほとんどだった。その中で君を含む三人が」


 ――満点に近い解答をしてくれた。


 学園長が指示した部分にあった問題は、自由記述形式のものだ。

 受験生本人が魔物討伐へ向かう一小隊に所属しているという設定のもと、どんな作戦を立てれば良いか各々の考えを述べる内容。

 判断材料としては、討伐すべき魔物の種類と小隊の人数、会敵する場所の地形についてなどが簡単なヒントとして提示されるのみ。


 そして問題の文章はたった一行――【死者を出さずに魔物を討伐し帰還するには?】と書かれているだけだった。







「次、エリック・マクマホン!」


「はい」


 実力把握の授業も終盤になって来た頃。

 残っているのはAクラスの数人だけだな、と数字だらけになりつつある記録用紙に目を落としていれば、次の生徒の名前が呼ばれる。

 名前を呼ばれた生徒は、茶髪に細身のフレーム眼鏡をかけている男子だった。

 男性教師の合図に合わせて、彼は次々と初級魔法を的へ放っていく。


 数分後、課題となっているすべての属性魔法を彼は的へ被弾させていた。

 被弾した位置が中心からズレており、威力もごく一般的、という評価のようだ。


(なんだか、さっきもこんな生徒が居たな。……そうだ、ジアン・キュレイル)


 たった今書き記した記録結果に妙な既視感を抱いてしまう。

 気になって自分が記録した用紙を見返した所、エリックと同じクラスに所属するジアンという男子生徒の結果が目に留まる。

 ジアンの結果は、威力は普通、一属性だけ惜しくも的を外し、的にあたった属性は皆中心からズレた位置。


 他にも似たような結果になった生徒は何人か目につくものの、ヤミリは何故か隣のクラスに所属する“彼ら”のことが気になった。


(わざと手加減しているように見えるのは……私の気のせい、だろうか?)


 初めての実践的な魔法の授業に浮かれ、生徒たちは次々と自身の全力の魔法で的を打ち抜いていく。


 誰もが喜々として魔法を放つなか、“ジアンとエリックの異質さ”が妙にヤミリの記憶の中に残った。









 お昼時――大半の生徒が利用する食堂は混み合っていて居心地が悪いため、ヤミリは人気のない中庭にあるベンチに腰かけていた。

 朝早く起きて、料理人から分けてもらった余り物をまとめただけの弁当を食べていた時、芝生を踏みしめる二人分の足音に気づいた。


「僕たちも、ここで一緒に食事をしていいかい?」


「……どうぞ」


 自分以外誰も来ないだろうと高をくくっていたヤミリが顔を上げれば、目の前には午前中の合同授業で一緒だったジアンとエリックの姿があった。

 声をかけてきたのは、黒髪に太めな縁取りの眼鏡をかけているジアンだ。

 何故二人はこんな所に、と首を傾げながら彼女が問いかけると、彼らも食堂の混雑具合に辟易し、静かな場所を求めて外へ来たそうだ。


 それぞれ軽く自己紹介をしたところ、二人はこの国より何倍も大きな領土を持つ魔法大国・リュミトランから留学中の生徒らしい。

 親が揃って商人の家柄らしく、他国へ留学し自国では学べない文化などに触れる目的があるそうだ。


「魔法実技の時間、君は皆から離れていたが……具合でも悪かったのか?」


 初めて聞く他国についての話題を興味津々に聞いていれば、ジアンが躊躇いがちに口を開き首を傾げる姿が目につく。


「お、おいジアン、いきなりすぎる!」


「いきなりでもない。こっちのことは喋ったぞ」


 友人の不躾な質問に思う所でもあったのか、彼の隣に座るエリックがジアンの脇腹を小突いた。

 予期せぬ指摘に不満があるらしく、ジアンが眉間に皺を寄せれば、今度はエリックがため息を吐いてしまう。


 初めて彼らと話したヤミリが見ても二人の仲の良さがわかる。親しいからこそのじゃれ合いをする同級生たちの姿が可愛く、そして羨ましくて、ついクスクスと笑い声が零れてしまった。


「私は生まれつき魔力が無いんだ。だから先生が、私にも出来る手伝いを提案してくれたんだよ」


 突然笑い出したヤミリを不思議そうに見つめるジアンたちに簡単に事情を説明すれば、何故か二人の眉間に深々と皺が寄るのが見えた。

 ジアンの反応は殊更顕著で、悲痛さが滲む苦しげな表情を浮かべていた。


 魔力ナシと明かせば、これまで十中八九馬鹿にされ続けてきたヤミリにとって、初めて見る反応をしてくる彼に何と言葉を返せばいいかわからない。

 気にするなと笑い飛ばすべきなのか、無理矢理話題を変えて誤魔化すべきなのか、胸の辺りがゾワゾワする落ち着かない空気を払拭するにはどうすべきか悩んでしまう。


「そ、そう言えば……二人の魔法を打つ様子を見て気になったことがあって」


「「……?」」


 結局、ヤミリは若干無理矢理話の矛先を変えた。

 頭の中に過ぎった、実技時間に感じた違和感について問いかけようと口を開けば、彼女の言葉にジアンとエリックが首を傾げる。


「二人共、どうしてあの時手加減をしていたんだ? 他の皆ははしゃいで力加減をミスったり、端から全力で魔法を放っていたのに」


 なんて、ヤミリは本当に軽い気持ちで勘違いかもと思っていた違和感を訊ねる。


「――っ!!」


 すると、「あれが僕たちの全力だ」と怒られることも覚悟する彼女の予想に反し、隣に座るジアンの瞳が大きく見開かれるのと同時に、彼の喉からヒュっと息を呑む音がかすかに聞こえた。


読んでいただき、ありがとうございます。

もしよろしければ、評価の部分を☆☆☆☆☆から★★★★★にして頂けると嬉しく思います。

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