表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空を見上げて

作者: アサミラ【後輩】

 空を見上げて、幼い俺は母に問う。


「ねぇねぇママ、今日はお空に何もないね」

「そうね、今日は快晴だからね」


 数年前、事故で亡くなった母。

 その明るい笑顔は、今でも鮮明に覚えていた。


 *


 はぁぁぁぁぁ…………! 

 

 相変わらずドアは開かない。 

 自宅のトイレに閉じ込められて早数時間が経っていた。

 人1人分くらいのスペースのトイレだ。


(あのクソ親父やりやがったなぁ?) 

 

 といっても、何かがおかしい。 

 というのも、俺がトイレに入ったのは15時頃だったはずなのに、窓から見える空はなぜかとても明るい。

 物音ひとつしないし、ドアをいくら叩いても、誰の返事もない。 

 まるで呪いにかかったような……。


「クソぉぉぉぉ! 今日の16時からゲームのガチャイベントあるのにィィィ!!」


 俺は頭を抱え込む。


 全くっ! 神様! 俺が何したっていうんだよ。心当たりなんて……!


 ……いっぱいあるけど。


 っでも! こんな酷いことしなくてもいいじゃないか!

 

 それでも、空は皮肉なほどに鮮やかだ。

 

 とにかく今は、ここから出る方法を探そう。

 俺は再び便座から立ち上がった。


 *


 これは俺が中学生の頃。


「うるっせぇんだよ親父ィ!!」


 そういうと、俺は机をバンと叩いた。


「俺は勉強してるんだよ! それでゲームやっていて何が悪いんだよ!」


 親父曰く、結果が出ていないからもっと勉強しなさい。という。

 

 納得いくわけが無い。

 俺は俺なりに、やっているのだ。

 最低限のものはしている。


「いいから出ていけよクソ親父! 2度と関わってくんな!」


 俺が怒号を散らすと、ここまで怒っていた父もため息を吐いて出ていった。


 こんなことを繰り返していくうちに中学校生活は終わり、高校生。

 あっという間の3年間。

 仲のいい奴らとは、学力の差があったため、周りとは違う学校へと進学した。

 

 本当は同じ高校へ進みたかった。

 雪の降る日、全員で合否発表を見たとき、俺のみが落ちていたことを親父に言えずにいた。


「みんな落ちていたんだ! 俺は周りと同じくらいだから!」


 と嘘をつく。


 親父は一言、


「そうか……。頑張れよ」


 とだけ言い、その日は会社に行ってしまった。

 

 そして1人、泣き続けていた。


 それでも何故か心のどこかで、もう一度チャンスがある。

 そう思っていた。


 *


 俺は便座に座り直していた。

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 足腰が痛み始め、徐々に眠くなってきた。

 

 本当にここで一生を終えてしまうのではないか。

 大袈裟ではなく本気でそう思い始める。

 ゲームどころの話ではない。

 

 疲れ切った俺は、最後の力を振り絞りドアを叩く。


「誰か! 誰か! 助けてくれ!」


 ダメだ……。

 喉も枯れ始めている。

 頭もなぜかクラクラしてきた……。


 いい加減にしてくれ。

 怒りはもはや消え失せ、悲しみが浮かび上がる。


 ガチャッ。


 なんか変な物音も聞こえるし……。


 ………………。


 え? ガチャ?


 え? 待って? もしやこれ。


 恐る恐るドアノブを下げてみると……。


 扉が開いた。


「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺は叫んだ。


「うるさい! 騒ぐんじゃないの!」


「は? そっちがうるせえよ」


 咄嗟に口が開く。

 ん? というか誰だ?

 

「何をそんなに喜んでいるの?」


 問いかけてきたのは、洗濯物を乾かす母だった。

 

 てか……なんで俺はあんなにはしゃいでいたんだ?

 

 ふと手元を見ると、スマホがあった。

 画面にはSSレアという文字と共にレアキャラが映し出されている。

 

 そうだそうだ! 

 思い出した! 

 16時から限定のレアキャラが出てきたんだ!


「ほら見てくれよ母さん! このキャラ出たんだよ! 凄いだろ!?」


 興奮気味に俺はスマホの画面を向ける。


「えっと……、そ、そうね……」


 なんだよノリ悪いなぁ……。

 もういいや……!

 

 俺が自分の部屋の戻ろうとしたとき、母が呼び止めてきた。


「そろそろテストなんだから勉強しなさいね! あんた成績落ちっぱなしなんだから!」


「うるせぇよ!」


「うるせぇよ! じゃないのよ。あんたのこと心配して言ってあげてるんだから!」


 俺は無視して、面倒臭そうに階段を上がる。


 そういえば、今月のお小遣いまだだったな。


 先ほどの言葉はもう頭にない。

 

 ついでに貰っていくか!


 階段を登り正面に父の部屋がある。

 中から声が聞こえる。

 扉を開けると何やら焦って電話をしているようだった。


「はい……はい……すぐに……失礼します……」


 話を終えた父に聞く。


「どうしたんだ?」

 

 仕事でミスでもしたのだろうか、それとも学校での俺の悪事がバレたのだろうか。

 だが、帰ってきた答えはそうではなかった。


「お母さんが事故に遭ったらしい……」


 ……え?

 

 そんなわけない。

 だって……今さっきまで。


「買い物途中、横断歩道で車に突っ込まれて……。とりあえずお前も早く行くぞ」


 おかしい。 

 なんでだ?

 

 徐々に目の前が歪み始める。

 やめてくれ、頼む、生きていてくれ。

 

 もうやだ……!


 *


「あえっ?」


 目が覚めた。

 どうやらトイレで眠ってしまっていたらしい。

 

 んんー……、これはよかったのか悪かったのか……。

 夢オチなんて今でもあるんだな。


 ………………。

 

 空は相変わらず快晴だ。


 …………………………。

 

 その快晴は、雲ひとつない寂しい青色だ。

 今の俺もまた、なんの取り柄もない悲しいやつだ。

 それでも、両親は俺に期待を抱いてくれていた。

 自分の息子ってだけで、この子にもチャンスがある。

 そう思ってくれていた。

 

 今の俺には何もない。

 はたまた誰かを喜ばせることも、心を晴らしてあげることもできない。

 幼かった俺は空を見て笑っていた。

 母は、その俺の笑顔を見て笑っていた。

 

 そんな曇りひとつない笑顔を作れる快晴に、俺は憧れていたのだった。

 

 扉を開ける。

 重い体を立ち上がらせる。

 

 そこは、人々が行き交う駅の通路。

 

 少し歩いて、駅を出る。


 俺は、その曇った空を見上げるのだった。


 

 ーー空を見上げてーー


 

 昔、凄い腹痛に襲われたことがあった。

 トイレを出ると、母親が事故にあったことを聞き、急いで病院へ向かった。

 

 息を引き取った母との最後の会話。

 あんなくだらない話で終えてしまったことを今でも後悔している。

 

 その後父と2人で暮らしていた俺は、高校を卒業すると、すぐに家を出されてしまった。

 稼ぐ当てもなければ、取り柄も学力もない、周りに人もいない。

 

 それでも、なんとかなる。チャンスがある。

 そう思い込み、未だホームレスのままだ。

 

 ここまでのものは夢だったのか、呪いだったのか。

 

 この先、それを知ることはないのだろう。

 

 今まで、幾度もチャンスを潰してきた。

 

 両親が俺を信じ続けてくれていた、あの頃に戻りたい。


 それでも、こう思えるこのチャンスを、今度は逃さないように。

 一歩、進んでみようと思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ