098 参章 其の壱 武蔵坊弁慶
この世界には第六感がある。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚が五感。
霊感や、脳自体が感じる力を第六感と言われたり、近年では三半規管による平衡感覚は六つ目の感覚ではないかと言われる事もある。
しかし、この世界には魔法が存在し、人類は魔力を感じる力を第六感として定義している。
ラークは崖の上から胡座をかいたまま海を眺めていた。
視覚で海を見て、聴覚で波の音風を聴き、触覚で潮風を肌で感じ、味覚で海の塩気を感じ、嗅覚で潮の匂いを感じる。
そして、自然の魔力を第六感で感じ取る。
「……何か用か?ムサシ」
ラークは後ろから近寄るムサシに声を掛けた。
「気配は殺していたのでござるが、流石でござるな。ラーク殿」ムサシはニヤリと笑う。
「俺の感知スキルは気配を消しても無駄だぜ。驚かすつもりだったなら残念だったな」
ムサシはラークの隣で胡座をかき、海を眺めた。
「驚かすつもりは無いでござるよ。邪魔をしてはいけないと思い、気が付かなければ立ち去るつもりだったでござる」
「よく言うぜ。気付くって確信してたろ?」
「ふむ。ラーク殿なら気付くと思っていたでござる」
「はぁ~、まあ良いけどさ」
「良い場所でござるな」
「だろ。よく来るんだ」
「そうでござるか」
潮風が2人の髪を揺らす。
「語学の方はどうなんだ?」
「ふむ。もう読み書き殆ど問題なく出来るでござる」
「は、早いな…」
「城の教育係が優秀だったでござる」
「そうか。そういや最近ムサシとは朝夕のトレーニング以外会ってなかったな。語学の勉強終わったなら最近は何してるんだ?」
「主にワカバ、ベルモート、三姉妹の稽古に付き合っているのと、精神攻撃対策の修行でござるな」
「精神攻撃対策ってアンラ・マンユ対策か?マルボと精神魔法の研究でもしてるのか?」
「ふむ。マルボ殿でも精神魔法系統は理論が分からぬらしいでござる。精神魔法系統や幻術魔法は根本的に魔法の構築が全く違うらしく、それらの文献や本もいまだ見つかって無いようでござる」
「じゃあ、対策の修行って?」
「ふむ。毎日神の神殿で瞑想しているでござるよ」
「なるほどねぇ…ところで何か用があるんじゃないのか?」
「ラーク殿と話をしたかっただけでござるが、一つ聞きたい事があるでござる」
「なんだ?」
「ラーク殿…」
「ん?」
「飛行機とは何でござるか?」
「……」
ラーク達がテプラン王国に来てからひと月程が経っていた。
ラーク達はトリカランド共和国よりクエストを受けて神の神殿に訪れた。
世界の異変を感じ何かが起こりつつある事を神の神殿に行き神の声を聞いてくるというのがクエストの内容である。
内容を報告しに自国に戻らなければいけない。
しかし、マルボがこの際、魔力による飛行機を作りそれで帰りたいという提案をしたのだ。
アマルテアに乗って帰ればいいのだが、空を飛べるアマルテアがいるからこそ飛行機の実験を出来るとの事だった。
戦国時代から江戸時代の初期に生きた宮本武蔵は飛行機を知らない。
「今まで知らないで納得してたのか…?」
「ふむ。マルボ殿が作るものだからきっと凄い物なのだろうと思っていたのでござる。しかし随分と時間がかかっているので、いったい何をしているのかと思っていたのでござるよ。ラーク殿なら知っているかと思い、聞きに来たのでござる」
「……乗り物だ。空を飛べる乗り物だよ」
「なんと!!そのような物が!」
「師匠〜!大変じゃん!大変じゃん!」
ムサシとラークが飛行機について話をしていると、ホープが大声と共に走ってきた。
岩山のデコボコを軽々飛び越え、ラーク達の前に着地したホープ。
「どうした?」
ラークは立ち上がりホープに話しかけた。
「ベル兄が負けたじゃん!」
「はぁ!?そりゃベルモートは負けるだろ。強い奴たくさんいるんだから」
「違うじゃん!今日着いた船に乗ってきた奴に負けたじゃん」
ラークとムサシは顔を見合せた。
「取り敢えず向かうでござる」
「よし!ホープ!全力で案内してくれ」
「あう…」
この世界で最も速いかもしれない2人を全力で案内する事に少し躊躇しながら、ホープは全速力で港へ向かった。
◆◆◆◆
「お?マルボにピアニスまでいるじゃないか」
人集りが出来ている中にラーク達は駆け付け、その中心にいるマルボ達を見つけ声を掛けた。
「マルボ殿、何があったでござる?」
「あぁ、ラーク、ムサシ」
「ベルモートが負けたって聞いたが、何か問題が起きたのか?」
「うん。そこの大男だね」
マルボが指刺す先には、明らかに強者の体躯の男。
2メートル程の身長に鍛え抜かれた身体。
頭を手拭いで巻き髪は見えない。
無精髭を生やした強面。
ラークより少し歳上に見えるその男は、ベルモートのミスリルソードを持ち、素振りをしている。
「では、約束通りこの武器はいただくでごわす」
「くっ、くそっ…」片膝をついているベルモートは悔しそうに呟いた。
「何が起きたか教えて欲しいのでござるが」
「よし!一部始終を見た僕が説明しよう!」
マルボは身振り手振り大男とベルモートの物真似をしながら説明を始めた。
「この国にセッターという強者がいると聞いたでごわす!某はセッター殿に勝負を挑みにこの国に来たでごわす!」
腕を組み仁王立ちをしながら、大男の顔真似でマルボは説明を続けた。
「突然現れた相手にセッターさんが何故相手をしなければいけないっ!帰れっ!」
今度は手でシッシッと追い払うような仕草をしながらベルモートの真似をして説明を続けるマルボ。
「某はセッター殿に勝負を挑みに来たのでごわす。弱者に用はないでごわす! 強者との戦いを所望するでごわすっ!」マルボが仁王立ちで真似る。
「何っ!誰が弱者だっ!」今度はベルモートを真似る。
「ぶっ」マルボの物真似にムサシが吹き出してしまった。
「えっ!そこ笑うとこ!?」マルボが驚く。
「すまん。続けてくれ」ラークも笑いを堪えながら続きを促す。
「某は強者との戦いを所望するでごわす!そなたでは相手にならんでごわす」
「貴様、俺を愚弄するのか?」
「ふっ。某は嘘はつかぬ。強者との戦いを所望するでごわす」
「セッターさんが相手をするまでもない!俺が相手をしてやる。その鼻っ柱へし折ってやる!とベルモート君、テンプレ通りの負けフラグを言う」
「ぶふっ」マルボの言葉に今度はラークが吹き出してしまった。
「そなたのような弱者に勝っても、某には何の得も無いでごわす。強者との戦いを所望するでごわす」
「うるさい!かかってこい!とベルモート」
「では、某が勝ったらそなたの武器を頂戴するでごわす。よろしいか?」
大男の物真似をしてニヤリと笑みを浮かべるマルボの顔が、微妙に似ていて隣で見ていたキャメルが爆笑しだした。
「まぁ、大体経緯は分かった。で、あいつ何でセッターと戦いたいんだ?」
「名を上げたいらしいわよ」
横にいたピアニスが答える。
「名を上げる?」ラークが大男をもう一度見る。
「テプラン武闘会チャンピオンだからね。セッターを倒したら近隣の国では有名になれるからじゃない?」
「なるほど。そういう事か。髪の色も分からないのも気になるとこだな」
「気になる事はもう一つあってさ」
マルボがラークとムサシに話し掛ける。
「あいつ、名前、ベンケーって言うんたよ」
「なっ?」
「む?」
マルボの話を聞いたラークとムサシは驚いて大男ベンケーを見る。
「まさか武蔵坊弁慶の転生者か!?」
「源義経の郎党、武蔵坊弁慶でござるか?」
「たまたまそういう名前かもしれないし、違う理由で名乗っているかも知れないけど、弁慶の可能性は否定出来ない」
「ふむ。転生者とみてよいでござるな」
「どうする?セッターに戦って貰うか?」
「拙者が行くでござる。武蔵坊弁慶の逸話は『義経記』で知っているでござる」
「そうか。じゃあ、頼む」
「任されたでござる!」
ムサシはベンケーの所へ歩き出した。
「勝負を所望するでござる!」
ベンケーはムサシの声に反応して振り向いた。
「子供が何でごわす?」
ムサシは腰のポシェットからギルドカードを取り出しベンケーに見せた。
「拙者、冒険者AAAAランクのムサシでござる。お主、拙者に勝てば十分名が売れるでござるよ」
「AAAAランク?」ベンケーはムサシのギルドカードを覗き込んだ。
「そなたのような子供がAAAAランク?信じられんでごわす」
「そのムサシが今この国で最強だよー!ベンケー君!」
野次るようにベンケーに言った後、マルボはハッとしてピアニスを見る。
マルボの視線に気付いたピアニスは顔を横に反らした。
「5年後には私が最強になる予定よ!」
ムサシに対してのライバル心はいまだに健在のようだ。
「この子供が最強?ふーむ…にわかに信じられぬでごわす」
顎に手を当てて腰をかがめてムサシを覗き込むように見るベンケーに、ムサシはニヤリと微笑し言い放つ。
「そんなに不思議でもないでござろう。拙者も転生者でござる」
ベンケーの眉がピクリと動くと同時にムサシは木刀を抜き青眼の構えをとる。
暫くムサシを見ながら呆気に取られたベンケーだが、背中の長尺棒を構えムサシと対峙する。
「面白いでごわすな。では、お手並み拝見でごわす!」
ベンケーは長尺棒をムサシへ向けた。




