表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生剣豪伝〜転生しても宮本武蔵でした〜  作者: AI Gen Lab
幕間参~前世編新訳島原の乱~
94/111

094 幕間参の参~前世編新訳島原の乱~

 # 第4話 隣接口


 > 〈隣接之口割之覚〉 中津組、北塀東角ヨリ二間幅ニ遮断線掘進。薩摩組、同角ノ上手、短刻一打ヲ以テ援。太鼓三、貝一。——軍奉行記


 隣接口は評定所の裏手。畳は薄く、灯は一本。ここでは声も“薄い”。薄い声が、戦の芯を決める。


 武蔵は図を置いた。昨夜、土に指で引いた線を紙に写し、印に墨を足す。線は北塀の東角から二間幅で伸び、角の真下に白い余地。そこに、丸を一つ描く。


「ここが、刃の場だ。——短い刻だけ」


 向かいに東郷重位。脇に薩摩の若衆二名。重位は丸の位置を指先でなぞり、止める。


「短い刻、とは」


「十呼吸」


「十か」


 頷きはない。けれど、空気が一度だけ動く。


 家老が咳を一つ。小評定は始まり、そして終わった。決まりは少ない——中津は掘る。薩摩は角上で十呼吸だけ刃を置く。太鼓三、貝一。人は増やさない。


「伊織」


「はい」


 押収品目録が畳に滑る。藍糸、縄結右上残し、印焼甘し。紙の地合いは厚く、同じ字崩しが三枚続く。


「夜の荷出し、満ち潮の刻です」


「浜蔵は」


「東の入り江。小舟が二」


 重位が短く言う。「角へ十。太刀は長め。——穂先、上げるな」


 若衆が一度だけ頷いた。頷きも“十”に合わせて短い。


 *


 夜。土は冷え、隣接口の空気は薄い。掘り手が肩を並べ、楯が伏せられ、二間幅の黒い溝が伸びる。


「印から——十」


 武蔵が指で数え、息を整える。太鼓が三つ、間を置いて落ちる。貝が一度、短く。


 角の上に、重位の若衆が揃った。肩が沈む。刃はまだ出ない。


「今」


 刃が一度だけ開く。短い、速い、無音。十呼吸の集中。光の筋が薄く残り、闇に融けた。


「前へ」


 武蔵の声。掘り手の肩が前へ出る。土が外へ吐かれる。縁が肩の高さまで育つ。


 上から石が遅れて降る。角に集まるはずの落石は、静かな“上手”に迷い、落ち場所を探す。その間に線はさらに一間伸びた。


「戻れ」


 重位の引き声。若衆は影に戻る。息は乱れない。


「二間半」


 伊織が報せた。暗がりの奥、浜の灯がわずかに揺れる。小舟が一つ、岸を離れる気配。


「目録を増やす。縄の結び、印の焼き——今夜のうちに写せ」


「承知」


 筆先が夜の湿りを吸い、太い字になる。太い字は、後で匂いを思い出させる。


 塀の上で鉄砲が一つ。音が軽い。


「空が混じってる」


 伊織が呟く。


「焦りの音だ。急ぐ代わりに、数える」



 武蔵は縁の厚みを指で測る。厚みは刃になる。刃は線の上で道具に変わる。


「東郷殿」


 角の陰。重位が立っていた。月の光が顔の半分だけ照らす。


「十で足りない夜が来る」


「なら、十で足りる場を作る」


 重位は目だけで笑った。声は出さない。代わりに、指で空を一度切る。鍔音は鳴らさない約束だ。


「夜明けに、もう十」


「承る」


 *


 明け方。遮断線は塀の影の下に食い込み始め、楯を立てれば頭が隠れる高さになった。塀上の灯は昨夜より少ない。見せ物の幕が一枚、剥がれた。


「空の音、増えてます」


「演出は足がない。線に追いつけん」


 武蔵は浜の匂いに目を細める。「満ちは、約束どおりに来る」


「次は、荷ですか」


「紙と印と、藍糸。——名は畳の上で読む」


 伊織が余白に小さく書いた。


 > 〈付記〉十呼吸×二間=同期。


 朝風が薄い灰をひと刷毛、線の上へ流した。灰は軽い。だが、線は残る。残った線が、城を細くする。


「よし。今夜、浜蔵の板を一枚——起こす」


「私が打ちます」


「布で包め。音は短く、一度」


 短い返事。短い約束。短い刃。——短いほど、強い。


 ◆◆◆◆


 夜戦での「十呼吸作戦」開始。武蔵が指揮する遮断線掘進と、重位の短時間集中攻撃が見事に連携。角の上で重位の若衆が十呼吸だけ敵を牽制する間に、武蔵の部隊が塹壕を二間前進させる。「出る勇より、戻る智を重くする」重位の教えが光る。押収品の調査により、敵の補給ルート(鳥井屋)の手がかりを掴む。


 ◆◆◆◆


 # 第5話 空発


 > 〈紙包量目規定 覚〉 黒色火薬一包、二匁。器量に依り一分の狂いを許す。包紙は三度折、左巻にて捻り、麻糸一重にて結ぶべし。——廻米方控


 昼は薄く晴れ、塀の上の黒が乾いた。遮断線の縁はさらに高くなり、楯を立てれば胴が隠れる。中津の持場に、押収の木箱が運ばれてきた。


「よく揃ってるな……」


 伊織が蓋を外し、思わず息を漏らす。紙包が整然と並び、縄の目が均しく光っている。


「一包ずつ、量る」


 武蔵は秤を持ち上げた。皿の上に紙包を置き、針の震えが止まるのを待つ。


「二匁」


「二匁」


「二匁、一分」


「二匁」


「……揃いすぎだな」


 武蔵は紙の端を薄く開いた。紙肌は少し厚い。繊維が長く、揉んでもちぎれない。海の湿りに耐える紙。


「折りは三度、捻りは左、糸は麻で一重。結びは——」


「右上に余り」


 伊織の指が糸を撫でる。「俵と同じです」


「鼻」


 武蔵が紙包の口元を近づける。黒色火薬の甘い匂いは薄い。


「空だ。音だけ増やすための」


「混ぜ方に意志があります。三つに一つ、五つに一つ、間隔を変えて」


「偶然に見せる意志、だ」


 底板が僅かに軋んだ。武蔵が爪で触れる。「印の焼きが浅い。角が丸い」


「急いで押した印の癖」


「口径の違う玉も混じってます」


 伊織が鉛玉を二つ置く。ひとつは僅かに小さく、ひとつは僅かに大きい。


「同じ場で鋳た玉じゃない。どこかで集め、揃えたふりをした」


 武蔵は玉を指で転がす。「指は嘘に触る」


「覚えます。折り、締めの硬さ、量目の揃い……」


「揃い方を、だ。人は同じを繰り返す。それが名になる」



 控の外で太鼓が二つ。遮断線が、また二間伸びた合図だ。


「浜へ回す。印と結びを写し、板目と合わせろ」


「はい」


 *


 浜は静かだった。満ち潮の線が砂に描かれ、足跡の縁を柔らかく飲み込んでいく。浜蔵の戸には新しい釘の銀、板の一枚に焦げ跡。


「押し直してるな」


 武蔵が板を撫でる。焼印の輪郭が二重に浅い。火を弱め、向きを迷った手の痕。


「縄の余り、右上」


 伊織が囁く。「俵と紙包と箱、全部同じ癖」


「灯を落とせ」


 手燭が覆われ、夜の目が深くなる。波の裏で、小舟の舳先がひとつ砂を擦った。


「今夜は押さえませんか」


「押さえない。目録を増やす。——噂より紙のほうが強い」


 舟の男が二人、箱を降ろす。足の運びが揃っている。舟で育った足。


「流れでございます」


 男が笑い混じりに言った。潮のことか、噂のことか。


「流れは、作るものだ」


 武蔵は箱の側面に指を当て、軽く押し跡を残す。明日には潮で消える。だが、今夜の紙には残る。


 *


 戻る途上、遮断線の縁に腰を下ろす。


「量目は習い性」


 武蔵は自分に言い直す。「習い性は名」


「同じ手、ですね」


 伊織が紙の端に細く書き足す。


 > 〈付記〉左巻・右上残し・二匁揃い。箱配列、三—一—五。


 塀の上で鉄砲が一つ、軽く鳴る。焦りの音。


「明夜は、板と印だ」


「承知」


 夜風が藍の匂いを運んだ。短い糸でも、匂いは長く残る。


 ◆◆◆◆


 押収した火薬の分析から、敵が空包(音だけの偽装弾)を混ぜて兵力を多く見せていることが判明。


 縄の結び方、印の押し方、紙の折り方—すべてに「鳥井屋久左衛門」という商人の癖が現れている。


 武蔵は物証を積み重ね、敵の補給網の正体に迫る。


「習い性は名だ」—証拠は人を裏切らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ