009 壱章 其の玖 勇者キャメルと新米冒険者達
「あ、ムサシ君だ」
「むむ、お主、拙者の事を知っているでござるか?」
「わたし、キャメルだよ。今日解放の儀式したら髪の毛が銀色になっちゃったの」
「おお、キャメルでござったか」
「ねぇ、なんでそんな変な言葉で喋ってるの?」
「むむ、変でござるか?」
キャメルと名乗った5歳の少女はムサシと面識があるようだ。
ムサシは言葉を覚えるためにグリーンヴィルの街中で過ごす時間が多かった。
大人に混ざるより子供達と遊ぶ方が近付きやすい。
特に孤児の子供達はよく一緒に遊んでいた為、ムサシの事を大人以上によく知っているのである。
そんなやり取りをしている内にマルボとケントがやってきた。
気付いたラークは早々にマルボに少し粗めの口調で言う。
「おいっ!マルボ!お前ムサシに何教えてんだよっ!」
「うーん、大体この状況は想像できるけど、取り敢えずあの子達の回復していいかな?」
さらりとラークの言葉を遮り、マルボは言う。
「あ、あぁ」
最優先事項であるため、ラークもこれ以上何も言えなかった。
マルボは回復魔法を使い、冒険者達を回復させた。
ミノタウロスの討伐確認の為の角だけを剥ぎ取り、屍の多すぎるこの場を少し離れ皆で話し合う事にした。
「それは見たかったなー」
ムサシの新技の話に目を輝かせてマルボは言う。
「そうだ!マルボ!お前ムサシに何教えてるだよ!」
「別に何も問題無いでしょ。それよりもっと大事な話があるから」
マルボはムサシに日本の歴史の話をするついでに、漫画などの話を折り込み嘘の歴史を教えていた。
ムサシが信じ切っているため、嘘を教えている罪悪感や、漫画の技等、隙が多くて実戦では危険であるとラークは考えている。
しかし、マルボはマルボで日本の歴史なんてこの異世界では調べようは無いし、技についてはムサシのポテンシャルならば可能かもしれない事を考慮して教えているので問題は無いと考えている。
「それにラークだって見たいでしょ。大地を斬り、海を斬り、空を斬り、そして全てを斬る!とか、見たいでしょ?」
マルボはこっそりとラークに耳打ちする。
「まぁ、見てみたいが……」
「なら良いじゃん。実際強いでしょ」
頭の切れるラークであるが、マルボにはいつも言い負かされる。
「マルボさん、あの話をしないと」
いつも通りのラークとマルボに向かってケントは言う。
「あぁ、そうだったね」
マルボは思いだし、真剣な顔になる。
「まず、キャメル。この子は勇者だって」
「はぁ!?」
ラークは驚き声を出す。
6人の冒険者達も唖然としている。
ムサシは話の意味が分からず不思議そうな顔をしているが、後で詳しく教えると言い話を進めた。
「今朝、君達6人がクエストに出かけた後、解放の儀式を行ったら勇者だったので皆を追いかけて行ったって事だったらしい」
「うん、それで髪が銀色になっちゃったの」
「あの受付の姉ちゃんそれも早く言っとけよ!」
ラークが愚痴を呟いている。
6人の冒険者達は、あまりの怒涛な展開に思考が追いついていない。
それを察しマルボは6人に話しかける。
「たぶん思考が追いついていないと思うけど、ごめんね。ムサシを含め僕達4人は転生者なんだ」
「「「「「「!!!!!!」」」」」」
その言葉を聞き6人の冒険者は驚愕する。
孤児である6人とキャメルは同じ孤児院で育ち、兄弟のように接してきた。
その妹分であるキャメルが伝説の勇者だった。
そして聞いた事はあるものの、噂話程度にしか認識していない転生者という存在が目の前に現れた。
以前より認識のあったムサシも転生者だという。
「ははは、大人びているなとは思ってたけど」
1人の冒険者がムサシに言う。
しかし、空気を読まないムサシの口からさらに驚愕の言葉が発せられた。
「しかし、髪の色まで変わるとは。いったい解放の儀式とはどういうものでござろうか」
「……」
「……」
「……」
解放の儀式はどういうものか?
つまり解放の儀式を知らない。
という事はムサシは解放の儀式を受けていない。
既にムサシはこの世界で人類最強ではないかと思っているラーク・マルボ・ケントは青ざめた顔をしている。
ラーク・マルボ・ケントは自分達が選ばれし者と自覚していた。
転生者であり物語の主人公のような立場。
自惚れではなく使命感を持って生きていたのである。
この世界を救うべき存在かもしれないと。
事実今まで自分達より強い者には会っていなかった。
ムサシに出会ってから、その自負心は崩れつつある。
だが、まだギリギリ許容範囲でもあったのだが……
「ア、アマルテアに育てられたから……」
「言うな、言うんじゃねぇ」
これ以上劇的に強くなるかもしれない事を考えると、期待や希望を通り越してドン引きするレベルである。
時に儀式後の5歳の少女がミノタウロスと互角に戦えるほどの力が解放される。
ムサシがこれから解放の儀式を行えば、確実に今より強くなってしまうのである。
現実逃避をするしかない3人であった。
「ムサシ君、解放の儀式受けて無いの?」
ピュアな5歳のキャメルの言葉に、ドキッと3人は驚きムサシの方を見る。
コンマ数秒の間であるが、3人は途方もない時間を感じた。
あー僕達は今光の世界にいるよー。
俺はもう現実を見たくないな。
このまま時間が止まってくれるといいんですけどね。
3人の一瞬のアイコンタクトで思考をリンクさせた。
「うむ、受けて無いでござる」
「いやいやいや!解放してないのに何でそんなに強いんだよ!!」
いつも突っ込み役のラークは切り替えも早かった。
突っ込み役の鏡である。
マルボはそこら辺にあった木の枝を使って地面に何かを書きながら「ふふふ、僕の魔法も大した事ないね」と現実逃避をしている。
ケントは遠くを見ながら「お花畑が見えます」と言っている。
朝食を取ってからさほど時間は経っていない、午前中の出来事であった。
◆◆◆◆
ムサシ・ラーク・マルボ・ケント。
キャメルと6人の少年少女の冒険者達。
11人は森の中を歩いている。
色々話もあるのでラークのおごりで昼食を一緒にする事にした。
折角なのでキャメルの誕生日祝いも盛大にしてあげるというので、キャメルは大喜びである。
だが、まだ昼食の時間には早いので簡単なクエストをこなしてしまい、街に戻ろうという行程になった。
簡単といってもそれはラーク達にとって簡単なのであって、6人の冒険者達には受ける事すら出来ないクエストである。
【オーガ10体の討伐】
オーガ1体倒せるかどうか・・・
【ミノタウロス1体の討伐】
達成済みだが実際全滅仕掛けている。
【場所指定:ガーゴイル2体の討伐】
ガーゴイルは石の魔物で6人では武器も通らない。
【場所指定:人面樹20体の討伐】
人面樹は群れで動くので集団戦になり人面樹1体が6人冒険者1人より強いので不可能。
【場所指定:ドライアドへの貢ぎ物】
出来そうだが指定場所に到達する前に強い魔物に出会ってしまうだろう。
【ヘカトンケイルの存在確認かつ討伐】
魔神級と呼ばれる伝説の魔物ヘカトンケイル。論外である。
6人にとっては危険しか無いのだがラーク達が全く問題無いというので、勉強になるから一緒に昼まで同行する事にしたのだ。
「ここで止まるんだ」
ラークが言う。
「全部いるの?」
マルボがラークに尋ねると
「数が違ってるな。23体いやがる」
どうやら目の前に人面樹がいるようだ。
6人の冒険者達に緊張が走る。
人面樹は普段他の木と見分けがつかない。
トレジャーハンター・ラークの感知スキルで見極めたのだ。
「どうするでござるか?」
木刀に手をかけムサシは言うが
「まぁ、見てなって」
ラークがムサシを制止する。
次の瞬間ラークが走りだし木々を駆け抜けて行った。
次々に人面樹の急所に短剣を指し人面樹を狩っていく。
その動きはまるで踊っているようだった。
「すげぇ!」
「あんな動き見た事ねぇ!」
瞬く間に人面樹23体の討伐を終えた。
「凄いでござるな」
ムサシは素直に感心している。
「しかし惜しいでござるな。ラーク殿に無駄な動きが無ければもっと速くなるだけに惜しいでござる」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ん?拙者変な事を言ったでござるかな?皆黙ってしまったでござるが」
「いや、ムサシさん……それ以上速く動けたら人間じゃないですよ」
ケントの言葉にムサシは返す。
「ふむ……」
ラークは自分の速さには自信がある。
実際足の速さだけならラークはムサシより速い。
ムサシというより宮本武蔵が言った無駄な動きの真意に興味があり黙って聞いている。
「蹴るより抜くでござる」
「瞬歩とか縮地ってやつか?」
「おお、知っていたでござるか」
「言葉だけしか知らないが」
他の9人は何を言っているのか分からない。
「踏み込む足に力を入れると、力をためる、蹴る力を入れる、体に力を伝える、と時間差が出来るでござる。」
その場で講釈が始まってしまったが何人かは興味を持ってしまい、そのまま説明が始まってしまった。
「横に素早く動くには、このように二本の足を開き、重心を真ん中に保つでござる。ラーク殿の動きはここから右に動く時に左足に力をいれているでござる。しかし、右足を上げると重心が崩れて右側に体が倒れて行くでござる。この崩れを利用して右に移動するでござる」
実践するムサシのサイドステップのスピードが異常に速く、他の冒険者達には消えたように見えた。
「なるほど、ムサシの初速はこう言う事か」
「この重心を動かす技術は抜重と言うでござるよ」
「あー前世で聞いた事はあるけど、その時はよく分からなかったなー」
と言いながらラークは抜重の練習をはじめる。
この異世界の生物は身体能力が高い。
当然、人類の身体能力も高く、鍛えればより強くなる。
そのせいでフィジカルを追う事に意識が向きがちになってしまい、体技の技術というものはあまり発展しない。
転生者3人以上に6人の冒険者とキャメルは初めて知る洗練された技術に魅了されていた。
「あのさ、取り敢えずお昼までのクエスト終わらせない?」
マルボ以外の皆が抜重の練習を始めてしまったので、マルボは声をかけた。
「そうだな。後で詳しく教えてくれ」
「そうでござるな。歩きながらでも修練は出来るでござるが、後程にするでござる」
「歩きながらか……」
ラークは呟きながら歩みはじめた。