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082 弐章 其の参拾伍 神との対話

「そうか…マティは助けられる可能性があるのか…」


 目を開けてラークが呟いた。


「あら?やっぱりマティさんの事、常に考えているんですね」


 ワカバが嬉しそうに言う。


「ち、違う!!マティは仲間だからな、当然だろう」

「半日程の付き合いだけどね~」


 マルボが茶化す。


「なっ…」

「いやぁ、あれだけの美女だし、勇者だよ。全てを受け入れてくれる愛を持つ勇者だよ。こんな幸せな相手はいないよね~」

「……」


 マルボの言葉に何も言えずにいるラークである。


 アマルテアの騒動が一旦落ち着く頃、最後に登頂してきたケント・ワカバと合流した。

 アマルテアは横で姿を消して寝ているようである。

 トリカランド共和国に戻る時にまた呼びにくる事を約束してご機嫌で眠りについた。


 神との会話はスペース的な問題で5人ずつしか話せない。

 最初にムサシ・キャメル・ラーク・ピアニス・セッターが会話をした。

 ピアニスとセッターは過去にも神との会話を経験済みなので、すぐに終わった。


 セッターはエスにキャメルを会わせるように促された。


 ピアニスは記念大会のドゥルジを誘き寄せる作戦自体は成功する確信を得た。

 ただし誘き寄せる作戦は理論的にあっているという確信であり、未来は分岐するものなので遠い先の事は分からない。


 ラークとピアニスとセッターの空いたスペースで誰か神との会話を始めればいいのだが、皆、躊躇してしまっている。


「じゃぁ、僕がやってみようかな」


 マルボがアシャの像の前で片膝をつき目を閉じる。


「しかし、凄いなムサシ君とキャメル。まだ会話を続けているみたいだ」


 神との会話は体感時間は数時間、人によっては数日間にも感じるが、現実では1~2分で終わる。

 ムサシとキャメルは既に10分近く目を閉じて座ったままである。

 いや、キャメルは浮かび上がり天井に引っかかって神との会話を続けているのだが。


「ベル兄、キャメちゃんの下が空いてるじゃん」

「アホか。いつ落ちてくるか分からないのに、集中できるわけないだろ」


 神の神殿へ特に目的もなく着いてきたベルモートと犬娘三姉妹は躊躇していた。


 ケントがアシャの像の前に座り込み目を閉じた。


 アシャとの会話のスペースは後一つ空いている。


 ベルモートが三姉妹に押されてアシャの像の前に座った。

 渋々目を閉じる。

 が、瞑想が苦手なベルモート、中々無心になれないようである。


 マルボは多くの疑問を常に抱えている。

 だが、考える事に思考を割く癖がついているのだろう。

 そのせいで神との疎通に時間が掛かっている。


 ケントはヘイトスキルを自身に使う。

 何気に感知スキルよりチートかもしれない。

 一旦自分自身に敵意を向け、それに集中したまま敵意を分散させていく。

 そして神との会話に集中する。


 ケントには迷いも疑問も無い。

 ただ大切な物を守りたいという気持ちしかない。


 だが、深層心理はそうではないらしい。

 無意識の領域では、本当に守るべきものは何かと迷いがあるのだ。


 なぜ、人は理不尽な死を避けられないのか?

 なぜ、人は生きる事を諦めなければならないのか?

 それが運命ならば守ることは間違っているのだろうか?

 そんな思いが心の奥底から沸き上がってくる。

 アシャの答えが返ってくる。


『その問いに答える事は出来ません。貴方が自分自身で見つけなければなりません。ただ、貴方の心は自由です。私達はその心を肯定します』


「神は最後まで選択を与えてくれると聞きました。私の心は決まっています。心が自由であるのなら、私は未来の子供達の笑顔を守りたいと思います。この世界の未来を、大いなる悪意から守りたいと思います。微力なれど私の出来る限りの事をしたいのです」


 アシャが微笑んだような気がした。

 そして、声が聞こえる。


『ありがとうございます。でも、いつでも心は変わってよいのです。貴方は貴方の心に従ってください。心のままに。その結果、私達と共に戦ってくれるのであれば、私達は嬉しいです』


 そしてケントの中にこの世界の神々の戦いの歴史が流れ込む。

 人々の記憶に残る出来事がまるで走馬灯のように流れていく。

 それは、この世界の人々が見た歴史だった。

 ピアニス達に聞いた話と同じであった。


◆◆◆◆


「まぁ、大体同じだよな」


 アシャとの会話を終えたケントはラークと神殿の外で話しをしている。


「ラークさんは、他にありましたか?」


 ピアニス達から聞いた神々の戦いについての話以外、何か情報があるかと尋ねる。


「まぁ、俺の場合、人間は何ですれ違うのか?ってのが常に思う事なのかな。気にしてないつもりなんだけどな。それはやっぱり自分自身で解決しないといけない問題なんだろ。教えられないって言われたよ」


「マティさんの事は良かったです」


 ニコリとケントは笑ってみせる。


「あ!ケントまで、あのなー!」

「私の個人的な意見ですよ」

「う……」


「でも、私はマティさんの事は聞けなかった。ラークさんが一番マティさんの事を考えているのは事実ですよ」

「……」


 難しい顔で考え込むラーク。


 暫くするとマルボが神殿から出てきた。


「う〜ん……」

「お、マルボ。どうだった?」

「情報量が多すぎて言語化できない……」

「あぁ…そうか…」

「ムサシさんとキャメルちゃんは?」

「まだ、会話中。たぶん最長記録だって。セッターが言ってた」


 頭を抱えながらマルボは言った。


「取り敢えず、僕達は善神と共に悪神達と戦う者だって事は共通?」

「あぁ」

「そうです」

「悪神達を止めないと、この世界だけでなく全ての世界が消滅するというのも共通事項?」

「あぁ、同じだ」

「はい」

「じゃあ、ちょっと思考を整理したいから一人になるね」


 そう言ってマルボは一人別の場所で紙の束を取り出し何かを書き込み始めた。


「ほんと、マルボはすげーやつだな」

「頭の中は現実ではないっていつも言ってましたね」


 マルボの前世からの習慣である。

 もちろん、その時の環境にもよるが、マルボは考え事をする時は書き込みながら思考を整理するように習慣づけている。

 それが、前世で培った技術なのだ。

 ブレインダンプ、ロジックツリー、マインドマップ等々、その方法も様々だが、マルボの場合は紙に書き出しながら思考の整理以上に思考を現実化させるという意味合いが強い。


「……」


 マルボのペンが止まった。


「あれ?そういう事?」


 マルボは呟き、また神殿の中に入って行った。


「どうしたんだ?あいつ?」


 ラークはマルボの行動を不思議に思った。


「どうしたの?」


 神との会話をしている者達を見守っているピアニスが戻ってきたマルボに声を掛けた。


「うん、僕はさ、瞑想って苦手だと思ってたんだよ。考えない事が苦手でね。でも、瞑想って一つの事に集中する事だから、書き込みに集中すれば瞑想と一緒なのかなって」

「……」

「アシャの像の前で思考の整理の書き込みをすれば、アシャとの疎通が深まるんじゃないかと思ったんだ」

「そ、そう…す、凄い事思いつくわね。マルボ……」


 無心になり神と会話をすると長年言い伝えられてきた固定概念をぶち壊すマルボの発言にピアニスも驚くしかなかったようだ。

 マルボはピアニスの返事が終わる前にアシャの像まで行った。


 まだ、躊躇しているワカバにもう一度自分がスペースを使っていいか尋ねる。


「は、はい、私キャメルが終わってからにしようと思って」


 ワカバの返事が終わる前にアシャの前に座り込み紙の束を広げ書き込みを始めた。


 マルボのペンのスピードは止まる事無く動いている。

 どうやらマルボの考えは的中したらしい。

 神との会話とは少し違うようだが、思考を書き込んでいく事で新たな閃きやアイデアが生まれるようである。


 ベルモートは中々無心になれず横目でマルボを見て思う。

 自分も何か別の事に集中すれば良いのではないかと。


 ベルモートはその場で腕立て伏せをはじめた。


「気が散るから辞めてくれる」


 マジ顔でマルボに怒られる。


「……ごめんなさい」


 ベルモートは、もうどうすればいいのか分からなかった。


 ワカバはベルモートを見て思う。


 この人、馬鹿なんだと……


 ちょっと素敵な人かもと思っていた淡い気持ちは冷めて消えた。


「ベル兄、神様とうまく会話出来ないみたいよ」

「じゃぁ、あちき達が出来なくても大丈夫じゃん」

「ウケるー!」


 ベルモートが上手くいかない事に安心したのか、ピース、ホープ、ラッキーはベルモートを後ろに引っ張り退場させる。

 そして自分達がアシャの像の前に座った。


 様子を見ていたピアニスはガクっと首を垂れる。


「なんか凄い良い気分じゃん」

「やっぱり、師匠に着いていくと良いみたいね」

「ウケるー」


 三姉妹の会話はすぐに終わった。


「あ…」


 キャメルが目を開けて床に降りて来る。

 キョトンとしている。


「キャメル?神様と何話したの?」


 ワカバが質問する。


「んーと…」

「……」

「忘れちゃった」


 キャメルの言葉に皆がずっこけた。

 ピアニスだけは「そうなんだー」と微笑み、キャメルの頭を撫でている。


(ひょっとして《魂橋の間》に行ってたのかしら……)


 空いたスペースにワカバとベルモートが座った。

 ベルモートはもう一度頑張ってみるようだ。

 ワカバは不安のようである。


 さて、ムサシはというと……

 心の深いところで神と向き合っていた。

 それは、会話ではなく対話というべきものであった。


「はて?拙者は神の神殿にいたはずでござる。ここは何処でござる?」

『光の子よ。私はこの世界の《絶対神》と呼ばれています』

「む?拙者は《美と正義・真実の神アシャ》と会話するはずでござるが?」

『私もいます。貴方の言う通り《アシャ》です』

「むぅ……」


 ムサシは混乱している。

 そして、この状況が夢ではない事に気付いている。


『貴方は何度も感じているはずです。全ては一つである事を』

「確かに、そう感じる時があるでござるが、絶対神とアシャは同じ存在なのでござるか?」

『全ての神も一つの存在です。全ての世界の神々も全て一つの存在でした』

「では、何故に別々の存在になったのでござるか?」

『個とは一つに集中する事です。それは貴方達人間が何事かに集中する事と変わりません。そして集中する事で人は大いなる力を生み出し、多くを学ぶのです。神も同じなのです。まず一つの世界を作りそれに集中します。世界を終えると今度は一つの事に集中するのです。アシャは美と正義・真実に集中したのです』


「ふむ、分かるような分からぬような、何とも言えないでござる」

『ふふ。完全に一人の人間になっているのですね。感じ取ってはいるのでしょう?』

「考えるより、感じろ!でござるな」


『人は考える事も大切です。 考えて考え抜いた結果、感じ取る事は大きな学びになります』

「人は学ぶのでござろうか? 人はただ生きているだけでござらんのか?」

『生きる事は学びであり、喜びでもあるのです。同じ物を食べ続けていると飽きて別の物を食べたくなります。別の味は学びになるのではありませんか?』

「なるほど……。勉学や修練だけが学びではないのでござるな」

『えぇ。人は生きているだけでも多くを学ぶのです。だから生きているだけで尊いのです。人だけではありません。生きとし生けるもの全てが学んでいるのです。この星も宇宙も……。貴方のいた世界も…この世界も…』

「拙者、この世界で命の尊さを深く学ばせてもらったでござる。しかし、拙者には分かりかねるでござる。神々は命の尊さを分かっており、一つである事も分かるのに、何故神々同士で争うのでござるか?」


『裂罅神は繋がりを完全に切り離し、自らを別の一つにしました』

「なんと!?」

『そして、全てを無にしようとしています。その企みを阻止しなければなりません』

「裂罅神は何を目的としているのでござるか?」


『どうでもよくなった』

「むっ?」


『裂罅神は全てがどうでもよくなったのです。無関心になってしまった。だから、世界を無に帰そうとしているのです』


「仲間と築き上げた物を、一人がどうでもよくなったから壊すという事でござるか?」

『はい。その通りです』

「……解せぬ!!」


『アンラ・マンユも我々と一つでした。学びの一つだったのです。しかし、裂罅神によって切り離されたのです。そして裂罅神と繋がった。もう、元には戻れません……。もう、仕方の無いことなのです。裂かれたものは元に戻らない。そして、アンラ・マンユの仲間達も繋がってしまった。もう、元に戻すことは不可能なのです』


「……裂罅神は自ら絆を断ち切り、新しく繋がりを作った……しかし、それでは裂罅神は繋がりを求めているのではござらんか?」

『!!!!』

「《どうでもいい》に集中しすぎて気付いていないのではござらんか?」

『……貴方は面白い人ですね。確かに、繋がりを欲しているかもしれません。でも、もう、どちらかが無にならなければ終わりません。しかし、無限に世界があるように、無限の神がいるように、人にも無限の選択肢と可能性があります。貴方の選択に委ねます』


「人には《行動する》か《行動しない》の選択しか無いでござろう」

『確かにそうですね。しかし、何の為に行動するのか、どのように行動するのか、それは無限にあるのです』


「ふむ……拙者、今世では剣と別の道を歩みたかったのでござるが……」

『もちろん、どの道を選ぶのも貴方次第です。ただ別の道を歩みたいのは、前世で剣の道の果てに辿り着き、その先にあるものまで見たからではないですか?この世界での剣の道には新たなる先が有るのですよ?』


「新たなる剣の道……」

『はい。私は貴方の行く末を見てみたい……。貴方の剣には邪悪を無に返す力が宿っています。その力を信じて下さい。さぁ、そろそろ時間です』


「もう終わりでござるか?」

『えぇ、残念ですが何者かが干渉してきています。これ以上は無理でしょう』

「左様でござるか…確かに何か悪しきものが近づいているようでござるな…」


 少しずつ遠ざかって行く絶対神とアシャの声。


 最後の言葉は、はっきりと聞き取れなかった。


『アフラ・マズダー。あなたは対であるアンラ・マンユに最後まで手を差し伸べるのですね。全てを許す愛と、闇を切り開く剣の2つを。ふふ、そういえば、あなたは日本では大日如来と名乗られていましたね。また会いましょう』

ブレインダンプ

BRAIN=脳 DUMP=投げ捨てる

頭の中が空になるまですべてを書き出す方法です。

漠然とした思考を言語化する事で、思考をはっきりさせることができます。


ロジックツリー

ある事柄に対して問題や原因など、その事柄を構成している要素を木の枝のように分岐させ書き出すことで、解決法を導き出すフレームワークです。

ロジカルシンキングの手法の1つであり、問題を可視化して分解することによって、複雑な事柄を捉えやすくなります。


マインドマップ (mind map)

イギリスの教育者トニー・ブザン氏が提唱した思考の表現方法のひとつで、中心となるキーワードから関連する言葉やイメージをつないでいった放射状の図のことを言います。

頭の中で考えていることを、そのまま近い形で書き出すことで、考えや記憶、アイデアの整理がしやすくなります。

ロジックツリーは、原因の追求や解決策を探すことを目的としていますが、マインドマップは思考の可視化や新しいイメージ構築を目的としています。

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