081 弐章 其の参拾肆 神の神殿
「ここは、あなたの家よ。いつでも帰ってらっしゃい」
「うん。おばあちゃんも元気でね」
朝になり、ワカバ達は馬車に乗り込んだ。
帰り道は席があるのでムサシも馬車に乗っていた。
ダイコーシの宿に戻ると、ピアニス達も宿におり、そのまま王都エビテの王城に向かった。
謁見の間にて国王と第一王子トニックと会う。
第一王子と後日また会う約束をした後、すぐに王城を出た。
そして、ラーク達はついに神の神殿の麓にたどり着いたのだ。
「聞いて無いじゃん……」
「え、ええ……」
神の神殿を見て、ホープとワカバが呟く。
いや、神の神殿は見えない。
神の神殿は山の上、1,500メートル以上の場所に建っていた。
しかもその神殿に続く階段は、10,000段以上あるらしい。
「ピアニス、これ登るの?」
マルボが階段を指差しピアニスに聞く。
「私の最高記録は15分よ!今日は記録更新するわ!」
ピアニスが元気よく答える。
「ふむ。良い鍛練になりそうでござるな」
「競争するか?」
「承知仕った」
ムサシとラークが話す。
「……」
マルボはもう何も言わない。
馬車を降りて全員階段の前までやって来た。
「ムサシ君、それで登るの?」
キャメルを肩車しているムサシにセッターが聞いた。
「うむ。拙者は鍛えている故、大丈夫でござる」
「負けた時の言い訳にするなよ」
「そうよ。負けは負けだからね」
「ガチ勢ヤバ……」
ムサシの答えにはなっていない答えに、ラークとピアニスが反応し、マルボが引いた。
「それじゃ、よーいドンだぞ!」
ラークはいきなり走り出した。
「ちょっと待ちなさいよ!フライングでしょ!?」
「お先~♪」
「ムキーッ!!」
そして、第1回神の神殿までダッシュ大会が始まったのだった。
ラークが先頭、ピアニスが続く。
出遅れたムサシがドドドドドドと音を立てて駆け上がって行く。
感知スキルでラークはムサシを警戒しながら五段飛ばしくらいで階段を上って行った。
「追いつかれてたまるか」
ピアニスがムサシに追い抜かれる。
「キーッ!」
ピアニスは悔しがりながらもペースを上げていく。
あっという間に見えなくなったキャメルを含めた4人を見て、一同は唖然としていた。
「行くか」
セッターが駆け上がっていく。
ベルモートが続き、犬娘三姉妹も駆け上がって行った。
溜息をしながらマルボが続く。
ケントとワカバが並んで歩く。
なお、ガラムとメビウスは来ていない。
ゴール直前でムサシがラークを抜き、そのまま一番乗りを果たした。
「ハァハァ……くそっ負けた」
「ふふ、拙者達の勝ちでござる」
「やったー」
肩車されていただけのキャメルが喜ぶ。
「ハァハァ……キャメルちゃんよ!…ハァハァ…キャメルちゃんを肩車してるからムサシが速かったのよ」
次に辿り着いたピアニスが論理破綻した文句を言った。
「これが神の神殿か」
息を整えたラークが神殿を見上げる。
「先に入ってる?中央にアシャの像があるから、像の前で目を閉じて無心になれば神と会話できるわよ」
「無心なのに会話が出来るのか?」
「だから、常に思ってる事しか聞けないの。無意識まで浸透している疑問しか神は教えてくれない」
「やってみればいいか」
ラークはそう言って中に入った。
「キャメルはどうするでござる?」
「行こう!ムサシ君も」
肩車から降りてキャメルは中央に進んでいった。
「うむ、参ろうか」
ムサシもキャメルに続いて中央に進んだ。
ピアニスは階段の下方を覗き込む。
「まだかかりそうね。セッターもいるし説明は大丈夫かな。私もアシャに会ってこようっと」
ラークはアシャの像の前で片膝をつき目を閉じた。
無心になるのは難しく、どうしても考えてしまう。
(神の声を聞くには無心にならなきゃいけないんだろ……)
『こんにちは』
「うぉわぁああ!?」
突然聞こえてきた声にラークは驚いて立ち上がった。
そして辺りをキョロキョロと見渡す。
(思ってたのと違う……もっと漠然とした感覚的なものだと思ってたが、はっきり聞こえたぞ……)
横を見るとすでにムサシとキャメルが正座して目を閉じていた。
「無心だ……無心になれ……」
ラークも二人に倣い座り直す。
再び頭の中に話しかけられた。
『こんにちは』
「うわあああ!」
また立ち上がり周りを見るが誰もいない。
感知スキルを使った。
「ん?」
『あ、バレた?』
神殿の中に何かが隠れているようである。
「こら!神獣だろお前」
「む?神獣?」
目を閉じていたムサシがラークの言葉に反応した。
「しんじゅーっ?」
キャメルが目を開ける。
「え、神獣なんているの?」
ピアニスが遅れて現れた。
神獣は観念したのか姿を現した。
「むっ?」
その姿を見てムサシは立ち上がる。
それは神々しく雄々しい、山羊の神獣アマルテアであった。
◆◆◆◆
「何でアマルテアがここに?」
『いやー、知りあいの気配を感じてねー。君から気配を感じるなー』
アマルテアはムサシに鼻を近づけ匂いを嗅ぐ仕草をする。
アマルテアはグリーンヴィルのアマルテアとは別個体のようである。
「母上の事でござるか?」
『母!?』
アマルテアは母と聞いて背中にガーンとでも擬音が出そうな程、物凄いショックを受けたようだ。
「ふむ、拙者アマルテアの母乳で育ったでござる」
『母乳!?!?』
母乳と聞いて更にショックだったようで背後の空間にヒビが入ったかのうようにアマルテアは固まってしまった。
キャメルの精霊達は精霊石から飛び出しガクガク震えている。
「これどういう状況?」
マルボとセッターがやって来た。
セッターの精霊達もアマルテアと遭遇するなりガクガク震え出した。
「随分早かったな」
「面倒になったから風魔法使って推進力上げて走ってきたよ」
「俺も新しいシルフの力使っちゃった」
「それ、ズルだろ!浪漫がねー」
「そうよ。私も使って無いんだから!」
「そんな事に浪漫は無い」
マジ顔で返すマルボに「すいません」とラークとピアニスが謝った。
「それより、何でここにアマルテアが?」
「何か、ムサシから知り合いの気配を感じて来たらしい」
「神獣って神の神殿の近くにいる事が多いから、いても不思議じゃないんだけど、私も初めて見たわ」
ラークはマルボに経緯を話した。
「なるほどね〜」
マルボは話を聞いて何か察したようだ。
そしてニヤリと笑う。
「何か分かったのか?」
ラークの問いにマルボはゴニョゴニョと小声で話す。
「そんな事あるか?」
ラークは半信半疑である。
「ねぇ、アマルテア、君の知り合いのアマルテアならトリカランド共和国のグリーンヴィルの森にいるよ」
『もういい、もういいのだ』
マルボの話に耳をかさず、アマルテアは地面に突っ伏してシクシク泣いていた。
「ムサシは拾った子供だよ」
『なんとーっ?』
アマルテアは立ち上がり元気に返事をした。
「神獣から人間は産まれないでしょ」
『そうか!そうだった!……し、しかし母乳を与えたと!』
アマルテアは地面をゴロンゴロンと駄々っ子のように転がる。
「いや、神獣なら母乳くらい頑張れば出せるんじゃない?」
『そうだ!そうである!』
アマルテアはピョンと起き上がり、うんうんと納得している。
「ムサシの事を本当の子供のように思ってるけど、他の雄に取られたとかいうわけじゃないよ」
『我が息子よーっ!』
アマルテアはムサシに頭を擦り付ける。
「これは…チョロいな…」
ラークはボソリと呟く。
「御主は拙者の親ではないでござるよ」
『いや、息子だ。息子になってくれー』
「え?何?これ?」
状況が理解できないピアニスが質問してきた。
「ん〜、ムサシを育てたアマルテアの事を、このアマルテアは好きなんだと思う」
「そんな事ある?」
セッターが首を傾げる。
「ねぇ、アマルテア、数日後に僕達はトリカランド共和国に戻らないといけないんだけど、良かったら案内してあげるよ」
『一生ついていきます!』
今度はマルボの顔をベロベロ舐めている。
「うわぁ、ちょ、ちょっと待って、ストップ、ストーップ!」
アマルテアが舐めるのをやめると、マルボは水魔法で顔を洗う。
「ふぅ、アマルテアって飛べるよね?僕達乗せてトリカランドまで行ける?」
『いいともっ!』
マルボはラークの方に振り向き「帰り道の超高速移動手段ゲットだぜ」と言わんばかりに親指を立ててドヤ顔する。
「チョロいな……」
再びラークはボソリと呟いた。




