080 弐章 其の参拾参 復讐という考え
ワカバは暫く震えたまま動けなかった。
チョパイ島で激戦を繰り広げた魔族。
突然現れ、マティの胸を貫き、ラーク、マルボ、ケント、キャメルと自分が戦い敗北しかけた相手。
ムサシが来なければ死んでいたかもしれない強敵。
その男の名前ガイオーが父の日記に書かれている。
信じられない。
同じ名前の人がたまたまいただけかもしれない。
だが、そんな偶然があるだろうか?
ワカバは日記を持ちリビングに走った。
「ガラムさん!!どうして!どうして教えてくれなかったんですかっ!」
突然飛び込んできたワカバに驚いたが、その様子にただ事では無いと察した。
「どうした?」
ラークが尋ねる。
「これを見て下さい!!」
ワカバは手に持っていたラークに日記を見せた。
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╋ 凄い仲間を見つけた。
╋ 冒険者の少年、魔族だが関係ない。
╋ 無口だが彼はいい奴だ。
╋ 謎のスキルも使えるし強い。
╋ それに鍛錬を怠らない。
╋ 鋭い目つきだが、それは自分を追い込んで鍛えているからだ。
╋ もう1人の仲間も凄い強さだ。
╋ このタイミングでこんなに凄い奴らと出会えるなんて奇跡に近い。
╋ そうそう、名前はインディーと、少年がガイオー君だ。
╋ 俺はこの出会いに感謝する。
╋ そして、彼らと共に神の神殿に赴き力を取り戻したいと思う。
╋ 彼等となら行けるはずだ。
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「てめーっ!何で先に言わなかった!」
ラークが怒鳴りガラムの胸ぐらを掴んだ。
「ラークさん、落ち着いてください」
ケントが慌ててラークを止めに入った。
ワカバはその場で跪き手で顔を覆い隠しながら泣いていた。
キャメルが異変を察しワカバを抱きしめる。
「どうしたのでござる。ラーク殿」
「すまない、俺も何の事か分からない。説明してもらえないか?」
ガラムも分かっていないようだ。
「今、ワカバの前で話すわけにいかない。ムサシ、ガラム、庭に来てくれ」
「待ってください!私も聞きます!」
ラークが外に出ようとすると、ワカバが涙を拭いながら立ち上がった。
「大丈夫なのか?」
「はい、ありがとうございます。聞かせてください。私はそれを知る権利があります。お願いします」
「分かった。この場で話そう。おばあちゃんはどうする?」
「私も聞くよ。ライトとレインさんとワカバに関わる事なんだろう?」
「ああ、そうだ」
ラークは座り直し、皆の顔を見た。
「俺はチョパイ島での戦いについて、話はしたよな?」
ガラムに聞いた。
「あぁ、魔族4人と魔神サルワを名乗る者を倒し、アジ・ダハーカと謎の少年が現れてエルフの勇者と強い魔族を連れ去って消えたという事は聞いている。それがどうかしたのか?」
「ああ、その強い魔族の名前は覚えているか?」
「すまない。覚えいない」
「ガイオーだ」
ラークの一言にガラムは目を丸くした。
「同じ人物か?」
「恐らくな」
「ガイオーがどうしたでござる?」
「ライトの日記の最後にガイオーの名前がある」
「む…」
ムサシも眉をひそめた。
ガラムはワカバに対して深く頭を下げて言った。
「すまない。ワカバ。繋がっていなかった。ガイオーの名は、俺の記憶には無かった。それに、日記に書いてあった名前も認識が甘かった。俺がもっと早く気付いていれば、君が苦しむ事も無かったかもしれない。本当にすまなかった!」
「もう大丈夫です。頭を上げてください。ガラムさん」
ガラムはゆっくりと顔を上げて、再び頭を下げる。
「許してくれとは言わない。だが、謝らせて欲しい。本当に申し訳無い」
「いいんです。もう。私はもう大丈夫ですから。それより、おばあちゃんに聞きたいことがあります」
「なんでも聞いておくれ。ワカバ」
ワカバを見て老婆は微笑んだ。
「この人形、分かりますか?」
老婆はワカバの持つ古びた人形を見て目を丸くする。
「ずっと持っていてくれたんだね。そう、それはライトがあなたの為に作った人形だよ。その人形を見せると、あなたは喜んでね。一度渡すと離さなかったんだよ」
ワカバは人形を見て微笑んだ。
「お父さんとお母さんの事はだいたい想像はついています。このインディーという人は?」
「そいつが魔神インドラの実体化した姿だった。セッター達と一緒に倒した」
ワカバは暫く日記帳と人形を見つめていた。
「この世界の事を日記を見てから教えると言われました。チョパイでの出来事は世界中の脅威の一部なのでしょうか?お父さんお母さん達が戦っていた魔神達と、チョパイでの魔神や魔族達は何か関係があるのですか?」
ラークとガラムは話した。
裂罅神が全ての世界を滅ぼそうとしている事。
この世界が善神と悪神の戦いの舞台になっている事。
悪神の中心は魔神アンラ・マンユである事。
ライトとレインが戦っていた魔神もアンラ・マンユの仲間である事。
ライトとレインは魔神インドラに殺された事。
タルウィ、ザリチュ、インドラの心臓で魔神ドゥルジを誘き寄せる作戦。
「ガイオーやアジ・ダハーカという魔神も、マティさんを連れ去ったあの崖の上の少年も、アンラ・マンユの仲間という事ですか?」
「あぁ……」
暫く会話をした後、皆で夕食を食べ、ラーク以外はこの家に一泊することにした。
マルボ達に連絡する必要があるので、ラークは一人ダイコーシの宿に戻る。
ワカバはキャメルとお祖母さんと一緒の部屋で寝ることにした。
部屋では両親の話をお祖母さんから沢山聞けた。
いつのまにか寝ていて、ふと目が覚めた。
喉の渇きをおぼえ水を飲みに庭の井戸まで行く。
すると庭でムサシが素振りをしていた。
時間は朝の4時頃であろうか。
ワカバは暫く縁側でムサシの素振りを眺めていた。
ムサシもワカバに気付いているが、黙々と木刀を振り続ける。
「ねぇ、私も毎日やれば、強くなれるかな?」
「ワカバは毎日鍛練しているでござろう」
「ムサシ程やってないから……ムサシくらい練習すれば、もっと強くなれるかなって……」
「本当に強くなりたいでござるか?強くなりたい動機はしっかりあるでござるか?」
「お父さんの日記にはね。世界を平和にしたいって書いてあった。魔神達を倒すって。でも、私にはそんな大きな志は持てないよ。ただ……強くなれたら、少しは世界の事とか考える資格が出来るのかなって……」
「世界を考えるのに資格は要らないでござる。強い弱いではなく、自分の意思が大切でござる」
「……」
「どのくらい強くなりたいのでござる?」
「私、ほら、アーサーヴィルが無いと、ただのE級冒険者だから……」
「ガイオーより強くなりたいでござるか?」
その一言は図星でありドキッとした。
相手はあのガイオー。
パーティで挑むならまだしも、ラーク、マルボ、ケントですら個人では敵わない相手。
自分などがガイオーより強くなるなどおこがましいと思いつつも、両親の仇を討ちたいという気持ちもある。
「あまり仇打ちという動機は関心しないでござる」
「うん。復讐は次の復讐を生むって言うもんね。それは分かってるんだけど……」
ワカバはそれ以上言葉が出てこなかった。
「いや、それもあるでござるが……」
ムサシは素振りをやめワカバの方を向いた。
「ご両親はワカバの幸せを一番に願っているはずでござる」
その言葉でワカバはハッとした。
自分が復讐にとらわれれば、両親が悲しむかもしれない。
きっと両親は自分の幸せを願ってくれるだろう。
両親の為にも、自分は幸せにならないといけないのだと。
「そっか……私の幸せを考えないといけないんだね……」
その後ムサシとワカバは暫く話、礼を言ってワカバは部屋に戻った。
「何故、隠れて出て来なかったのでござる?」
ケントが物影から出て来た。
ムサシと一緒にトレーニングをしていたのだが、少し離れていたので気づかれず、ケントも隠れてしまっていたのだ。
「いえ、何となくなのですが……」
「ふふ、左様でござるか」
ムサシは優しく微笑んだ。




