008 壱章 其の捌 ゴブリン集落に潜入せよ
待合室に入り椅子に座ると、すぐに受付の職員と共に支部長が入ってきた。
ラークが受付に持って行ったクエストカードは
【オーガ10体の討伐】
【ミノタウロス1体の討伐】
【場所指定:ガーゴイル2体の討伐】
【場所指定:人面樹20体の討伐】
【場所指定:ドライアドへの貢ぎ物】
の5枚だったが、1枚増えている。
【ヘカトンケイルの存在確認かつ討伐】
このクエストを受けてほしくて支部長が一緒に待合室まで来たのである。
なお、ムサシに関してはこの街の支部の規模では冒険者登録が出来ないので、代わりに紹介状を書いてくれるという。
大都市で速やかに登録できるので紹介状があると非常に助かる。
うまい交渉術でヘカトンケイルのクエストと交換条件としてきたのだ。
「そちも相当の悪よのう」
絶妙の発言をするムサシ。
「ブハッ」
マルボは吹き出す。
「マルボ、お前昨日ムサシに何を教えたんだ」
「酔い潰れたラークが悪いんだよー」
「拙者は嘘は言っていないでござるよ」
「ブーッ」
マルボは笑いをこらえるために俯き震えていた。
支部長は苦笑いをしながら様子を伺っている。
「すまない支部長さん。ムサシが変な言葉を色々覚えて使いたがっているだけで、悪気は無いんだ」
支部長も昨日ムサシが魔人を倒した事は知っているが、ムサシは10歳なのでラークの言葉に違和感はない。
「話を続けよう。ヘカトンケイル、いるのか?」
ヘカトンケイル、100の手を持つ魔神と言われている。
ギリシャ神話ではゼウスを守ったりする存在であるが、この世界では凶悪な魔神級モンスターである。
魔神とも呼ばれるヘカトンケイルの存在は過去の歴史でも2~3体が討伐された履歴が残っている程度。
実際にはどのような魔物なのか知る者はいない。
「七割八割いると思われます」
「魔物増加原因との関連性は?」
「いれば可能性は高いかと」
「むむ、少し会話が理解できぬでござる」
「うーんとね。ヘカトンケイルってのは強いモンスターで、森に出現したら近くで生息するモンスター達はヘカトンケイルから逃げる為に住むところを変えるんだ。森の奥地でヘカトンケイルが現れたせいでモンスター達が街の近くに住むようになった。それが魔物増加の原因かもしれないって事」
「なるほど、縄張り争いに負けたということでござるな」
「あのー……」
今度は受付職員の女性が話しかけて来た。
「このクエストの様子も見て来ていただけないでしょうか」
【場所指定:ゴブリン集落の殲滅】
受理印が捺されてある。
「これは?」
「今朝、貼り出されてすぐに6人組のパーティが申請して行ったのですが……」
「6人組なら問題無いと思うが?」
このクエストはE級冒険者のパーティでもクリア出来る程度のものである。
しかし、この職員は顔を曇らせている。
ラークが首を傾げながら問うと、 クエストを受理した受付嬢が説明を始めた。
このクエストを受理したパーティは、15歳で冒険者になりたての男女6人らしいのだ。
ゴブリン一体一体は子供でも難なく倒せるのだが、集団になると厄介な相手になる。
「ゴブリン相手に調子に乗って全滅、なりたての冒険者にはよくある話だな」
「それだけではなくて、その子達は全員孤児でして、今日5歳になった妹分がいて彼等は可愛がっているんです。5歳の誕生日だからお祝いを盛大にしてあげたいと意気込んで行ったのですが……」
「が?どうした?」
「その5歳の女の子を今朝解放の儀式を終えた後、見掛けていないんです」
「馬鹿野郎!先にそれを言えよ!とにかく全部引き受けた」
そう言い残しラークは瞬く間に待合室を飛び出て行った。
「お2人は正面突破をお願いするでござる」
続いてムサシがマルボとケントに告げてラークを追う。
「早いなー2人共」
「私達も行きましょう」
「いや、ちょっと待って。受付嬢さん、その5歳の女の子の特徴とか教えてくれる?」
マルボは情報を集めてから合流する事にした。
ゴブリンの集落ならラーク1人で十分であり、さらにムサシもいる。
過剰に戦力を投入するより、情報収集をすべきだと考えたのだ。
解放の儀式を終え、能力が解放された女の子は自分も役に立ちたいと思い6人を追いかけてしまった。
と考えラークはゴブリンの集落に向かう。
仮に街の中にまだいたとしても、ゴブリンの集落に行けば分かる。
ラークの考えはゴブリンの集落か街中の二択の考えではある。
ゴブリンの集落に向かう途中迷子になったり、全く関係ない所に行ってしまったかもしれない。
他の可能性も沢山あるだろう。
しかし、可能性が高く危険度も高いのはゴブリンの集落に向かった場合である。
ラークの判断は早く正しいと言える。
「ラーク殿、ゴブリンの集落にゴブリン以外の種族が住んでいるという事はあり得るでござるか?」
「普通ならありえないな」
「普通なら……でござるか。拙者が先行しよう。拙者が魔物に見つかった場合注目を集めるので、ラーク殿は女の子や冒険者達を頼むでござる。」
「二重潜伏か。了解だ」
ムサシは音を立てずに気配を殺し集落の入口に近づく。
そして、そのまま集落の中に入っていった。
ラークも別の位置から集落の中に入って行く。
女の子や新米冒険者達が捕まっていた場合、正面から突入すると女の子達に危険が及ぶ可能性がある。
また、ゴブリン以外の種族がいた場合も状況が激変する。
マルボとケントに正面突破をお願いしている。
撹乱の為だが、彼等が到着する前に女の子・新米冒険者達の位置だけでも確認しておきたい。
集落の中心辺りまで進むと、想像だにしなかった光景にムサシは驚く。
ラークも別の位置から現場を覗き驚きのあまり声が出てしまった。
「どういう事だよ?」
辺り一面に多くのゴブリンの屍が転がっている。
冒険者らしき少年少女が6人、戦闘不能のようだが命は無事のようだ。
中心にはミノタウロス。
しかも、ただのミノタウロスではない。
体躯は3メートルを超え筋肉隆々の肉体を持っている。
武器は身の丈程ある巨大な斧。
そして、一番驚くべき事は、ミノタウロスの対峙している相手。
身の丈に合わない剣を構えた小さな少女である。
ラークは咄嵯にその場から離れ、木陰に隠れ様子を観察する。
「なんなんだあの子は?」
ラークは呟く。
ミノタウロスと対等に渡り合う少女。
見た目は5歳位の銀髪の幼女である。
「あの娘は一体何者でござるか?」
いつの間にか隣に立っていたムサシが問う。
「俺にも分からない」
「とりあえず助けるでござるか?」
「そうしたいところだが、位置が悪い。新米冒険者達6人が足手纏いになってるな」
ミノタウロスは隙あらば冒険者達を攻撃しようとしている。
6人に致命傷を与え隙を作りこの場を逃げようという魂胆だろう。
魔物の基本知能は高くない。
だが、二足歩行型の魔物は知能が多少なりとも備わっている事がある。
ミノタウロスもそのタイプだと思われる。
隙あらば6人に攻撃する。それを察して少女は新米冒険者を守りながらミノタウロスと戦っている。
熟練者の大人でも難しい状況であろう。中々の使い手である。それが小さな少女なのだから驚いたのだ。
しかし、ムサシ達の立ち位置が悪く、出ていくと先に驚く方は少女である。
下手に出て行くと新米冒険者達が危ない。
「一撃で倒すか」
「拙者がやるのでラーク殿はフォローを」
「了解だ」
ミノタウロスが少女と間合いを取る為後ろに下がった。
「今でござる!」
ムサシはすかさずミノタウロスに攻撃を仕掛ける。
「二天円明流・流追線!」
「はぁ?」
ムサシは飛び上がりミノタウロスまで一気に間を詰め落下速度を利用して強烈な一撃を叩き込んだ。
ミノタウロスは一撃で見事に絶命。
どこかで見たような技と聞いた事のある技名の響きに思わずラークは突っ込みを入れる。
「なんだ、今のは?」
「うむ、昨夜マルボ殿に聞いた逆刃刀の剣士の技を自分なりに使ってみたでござる」
「……あの野郎、何教えたんだ……」
「どうでござろう?中々の威力でござろう」
「……そうだな…」
「では、この子達を介抱するでござる」
「……そうだな…」
ラークは考える事を止めた。