075 弐章 其の弐拾捌 ワカバとホープの舞台
ラーク達は海賊船に戻り被害にあった船の生存者の救助に向かわせた。
ムサシは海賊船に見張り役で残る。
「水竜倒したのこいつだし、あの船には強い奴沢山乗ってるから変な気を起こすなよ」
と海賊船の頭にラークが釘を刺す。
ラーク達は定期船に戻る。
船長に話し定期船も人命救助と海賊船の拿捕を行う事になった。
残念ながら海賊100人以上は見つけられる事は出来なかった。
海賊の頭の双子の弟も見つからなかった。
半日ほどロスしたがテプラン王国に向け再出発する。
「ムサシとキャメルが合体して空を飛ぶなんて……」
話を聞いたマルボは涙を流し、行かなかった事を悔やんでいた。
セッターからキャメルに一時的に宿主を変えていた精霊シルフは「セッター様、今までお世話になりました」とセッターに別れを告げてキャメルの精霊石に入ってしまった。
「え?マジで?」
セッターが呆然となる。
テプラン王国には精霊が沢山いるらしく別のシルフはすぐ見つかるだろうとの事だが、長年連れ添った精霊にあっさり去られて、セッターはしばらく落ち込んでいた。
レヴィアタンに破壊された船を含め海賊船内には数人の奴隷がいた。
解放するつもりだが、ここは海の上。
テプラン王国まで定期船に乗せる事になった。
奴隷の中に《占い師》のジョブを持つ女性がいた。
彼女の名前はアン。
とても美しく聡明そうな印象だ。
彼女はレヴィアタンが消えた後、自分の未来が見えなくなったと話し、ラーク達について行く事を希望した。
話は一旦保留にしてもらいテプラン王国に着いてから考える事にして、奴隷達は空いている部屋に泊まってもらうことにした。
マルボはアンに「《踊り子》のお姉さんはいますか?」と意味のわからない質問をしていた。
お姉さんはいないらしく弟や妹が沢山いるとの事だった。
折角なのでアンに占ってもらった。
全員は大変なので、取り敢えず一同まとめて。
「今、進んでいる道を早めると《凶》遅めると《吉》ですね。ただ、どちらに進むにせよ、途中で何かが起こるでしょう。それも悪い事が……」
アンの占いが終わった後、ラークはマルボに小声で言った。
「魔力回路で船の速度を上げれるか?」
「マゾなの?」
「マ……違う。凶が魔神との遭遇なら俺達には都合がいいだろう。それに早く着くのは良いことだろ」
◆◆◆◆
「ラーク、アンを感知スキルで調べた?」
マルボは部屋でラークに聞いた。
「あぁ、調べた限り普通の人間だ。だが頭が良さそうだから気をつけろよ」
「うん?話の意味が分からないんだけど」
セッターが首を傾げる。
「僕達はこれから《虚偽》のドゥルジと対決するんだ。これから知り合う人間は気をつけなきゃいけない」
「間諜に注意でござるな」
「間諜?」
「スパイの事だ。俺達の動きを監視しているかもしれない。嘘をついて近づいてくる。そういう可能性があるってことだ」
ラークが説明する。
「でも、普通に仲間になりたいのかもしれない。スパイの可能性の注意はしておこうって話」
マルボも補足する。
「なるほど」
セッター、ガラム、ベルモートは声を合わせて言った。
「大丈夫かなぁ……」
いくら脳筋の多いこの世界でも、スパイくらいいるだろうと思ったマルボだが、セッター達の反応を見て不安になった。
船は進み明後日にテプラン島に到着する。
◆◆◆◆
夕食を終えた後の事であった。
ピアニスは連日メビウスと特訓をしていた。
時間があれば特訓をしているので同部屋のワカバと犬娘三姉妹は気になり、こっそり覗き見に来たのである。
ワカバは犬娘達に強引に連れてこられたようだが。
キャメルは食堂でお絵描きに夢中でケントが見ている。
命懸けの特訓をしているピアニスの感度は鋭く、覗き見する4人を察知し声を掛けた。
「あいつに教えないなら見てていいよ」
あいつとはもちろんムサシの事である。
「あ、いえ!私達は別に!」
ワカバと犬娘3人は焦りながら答える。
「ラーク達から聞いてるでしょ?5年後の武闘大会の話。出るなら私達は味方でしょ?」
「あ、あちきら、師匠からテプランに着くまで考えろって言われただけじゃん」
「ま、まだ、決めてはいないわよ」
「ウ、ウケるーっ」
フゥっとため息をついて、ピアニスは考える。
ラーク達との話では、作戦の話は伏せておき武闘大会のみの話を伝えているはずだ。
特にワカバには両親の事もある。
ワカバには、テプラン王国が生まれ故郷であり、両親がテプランで暮らしていた事だけを話した。
二人の両親についてと作戦の話は、父親ライトの日記を見せてからにする事にした。
記念大会とはいえ、彼女達に大会に出場する動機は無い。
自分達やラーク達がアンラ・マンユや魔神達と戦うつもりでも、彼女達が戦いに参加する意思が無いのであれば強要するべきではない。
命に関わるのだから。
しかし、魔神達との戦いは誰かがやらなければ、この世界どころか全ての異世界が滅んでしまうのも事実である。
「ワカバさん以外とはお話しした事なかったね。少しお茶でもしながらゆっくり話さない?」
ピアニスは優しい笑顔で言った。
「は、はい!」
「は、はひっ!」
「ウ、ウケるー」
「わ、分かったわ」
4人の返事を聞き、ピアニスはメビウスに休憩する事を伝え、ワカバ達を連れてサロンルームに向かった。
サロンルームで椅子に座り、テーブルに飲み物を置く。
そして、ピアニスは話し始めた。
「私はピアニス、見た目は子供だけど転生者よ。でも気にしないで普通に話して欲しい。あなた達の名前は?」
「え、えと、ワカバです」
「ピ、ピースよ」
「あちきはホープじゃん」
「ラッキー……ウケるー」
「!?!?」
ピアニスとワカバが同時に驚いた。
ウケる以外喋れるんだ……。
ワカバはもちろん、犬娘三姉妹もピアニスの事は聞いている。
ムサシに次いで強く、お姫様であるピアニス、4人は緊張していた。
ワカバは以前から何度か一緒に食事をしているが、あまり直接会話をした事は無い。
犬娘三姉妹達は挨拶くらいである。
船での部屋は同部屋であるが、ピアニスは連日特訓で朝は4人より早く、夜は4人より遅いので食事以外で会う機会が無かった。
「あなた達は何で冒険者やハンターになったの?」
「私は、孤児でした。偶然同じ年の孤児が孤児院に5人いて、兄妹のように育ちました。冒険者向けのジョブが多かったので皆で冒険者になろうって」
犬娘三姉妹もワカバの境遇は初めて聞いたのだろう。
少し自分達に似た境遇を驚きながらも黙って聞いていた。
「キャメルは同じ孤児院の妹のような存在です。でも私達は勇者を解放したキャメルに助けられました。そしてキャメルがラークさん達と旅に出る事になりついて来たんです」
「大変だったんだね」
「そんな!私は助けられてばっかりで」
「妹みたいに思ってた子がいきなりいなくなったら寂しいし心配でしょ?その気持ちは分かるわ」
「はい……」
「あなた達3人は?」
「あちきらは子供の時、実の親に売られたじゃん」
「えっ……」
「解放の儀式で《狩人》が解放されて親はハンターギルドに売ろうとしたのよ。でもギルドで人を買うわけにはいかないからってフランバートって男に買い取られたのよ」
「ご飯くれないー虐待ウケるーっ」
「子供の時から働かされて、10歳でハンターにされて、稼ぎは全部フランバートの酒代になったわ」
「あちきら15になったら娼館に売られてたじゃん」
身の上話を始めて聞いたワカバは泣き出してしまった。
「ごめんなさい、辛い過去を聞いてしまって……」
ピアニスも悲痛な面持ちだ。
「別にいいわ。後1年経てば1人立ちできる。3人でハンターとして生きていけるわ」
「ウケるーっ」
犬娘三姉妹は14歳だったようだ。
「そのフランバートってやつは?」
「知らないじゃん。逮捕されてどっか行ったじゃん」
「そう……」
ピアニスも悲しい表情をしている。
「何か好きな事とか、将来やりたい事とかはあるの?」
「あちき歌が好きじゃん。踊りも好きじゃん」
「えっ?」
そんな素振りは全くなかったのに。
「美味しい物を食べるのが好きね」
ピースの食事はいつも肉中心だから納得できた。
「寝るのウケるーっ」
ラッキーはいつも寝ているイメージしかない。
「ワカバさんは?」
「私は……何も無いから……」
「え?」
「私は……何も持っていないから……」
「ワカバさん、自分を卑下してはダメ。それはあなたの幸せを願う人を不幸にするわ」
「……」
「お人形劇が得意って聞いたわよ。ねぇ、良かったら見せてくれない?」
部屋は狭いのでサロンルームで人形劇を行おうという事になった。
人形だけは常に持ち歩いたようだ。
食堂から空き箱等を貰ってきて簡単に舞台を作る。
時間か掛かるかと思っていたら、あっという間に出来上がった。手慣れたものである。
話を聞いた男性陣も椅子を並べていると、何か始まるのかと船内の人がぞろぞろと集まってきた。
そして、いつの間にか100人以上が集まっていた。
子連れの親子もいるので子供達を前列に座らせる。
グリーンヴィルでよく行っていたのでワカバに緊張は見られない。
久々に見るキャメルはとても嬉しそうだ。
ムサシも何度か見ているが久々なので楽しみにしている。
「じゃ、始めるわね」
ワカバは木箱の蓋を開け中にいる人形達と箱を繋げ、箱の中の糸を引っ張ると人形達が動き出した。
「「「おおぉ……」」」
100人以上の人達が感嘆の声をあげる。
主人公役の銀色の髪が特徴的な人形が歌いながら踊っている。
マニピュレーターであるワカバが操る人形は本物の人間のようだ。
動きも滑らかで全く違和感がない。
「凄い!」
「生きているみたい」
「こんなの初めて見た」
皆、口々に感動の言葉を口にしている。
そして、あっと言う間に時間が過ぎていく。
人形劇は大成功だった。
人形劇が終わると観客は拍手喝采で盛り上がった。
特に子供達は大喜びだ。
ワカバは幸せそうな顔をしている。
ワカバは戦う事より、こういう事をやる方が合っているのかもしれない。
そんな事をラークやムサシ、ピアニス達は思った。
「ねぇ、ホープ。折角人が集まってるんだから、踊って歌う?」
「む、無理じゃん!!!好きなだけで下手じゃん!それに恥ずかしいじゃん!」
「じゃあ、私が歌うから踊る?それならいいでしょ?」
「う、うん……。分かったじゃん」
ピアニスは強引にホープを連れて、ラークに手伝うように声を掛けた。
ラークなら感知スキルと持ち前の運動神経でバックダンサーくらい出来るだろう。
自分に声を掛けられなかったセッターとベルモートは酷く落ち込んだ。
セッターは頼りになるが、ポカミスが多い。
ベルモートはソードダンサーで踊りが得意なのだが、何となく頼りない。
というピアニスの人選であった。
そして、ピアニスの歌が始まる。
ピアニスの歌声に観客は聞き惚れていた。
歌が終わり、踊りのパートに入る。
「おい、あれ見ろよ。あの男、踊りながら歌ってるぞ……」
ラークは即興でラップを歌いながら踊っている。
それは見事なものだった。
「あいつ只者じゃないな……」
マルボは、あれは何か憑依しているに違いないとまで言い出した。
憑依と聞いたムサシが木刀を抜こうとしてケントが必死に止めた。
「あの女の子も可愛いなぁ……」
緊張が解けてきたのか、ホープのダンスが様になってきた。
独学ダンスではあるが、運動神経の良いホープである。
上手いものだ。
観客の目が釘付けになっている。
そして、曲が終わる頃には大きな歓声と拍手に包まれた。
「ありがとうございました!!」
3人は頭を下げる。
すると、また歓声が上がり、アンコールが聞こえてきた。
自分に向けられた歓声と笑顔、初めての経験にホープは戸惑ったが、同時にとても幸せな気持ちになった。
そして、もう一度3人で歌い踊り始める。
最後の大歓声にホープは涙を流した。
人に賞賛される嬉しさを初めて知ったのだ。
見ていたベルモートまでもが泣き出した。
ホープが人から賞賛されている姿を見て涙が出たのだ。
まだサロンルームには沢山の人が残っている。
ピアニスは懐から紙を取り出した。
その紙をムサシに投げつける。
挑戦状である。
「明日、この船上で決着を付けましょう。逃げるのは許さないわ」
「承知したでござる」




