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068 弐章 其の弐拾壱 船上のトレーニング

 ムサシの朝は早い。

 0時頃に寝て3時には起きる。

 ショートスリーパーかというとそうでもないらしい。

 日々の瞑想の効果である。


 瞑想による休息効果は睡眠の約2~5倍と言われ、脳神経細胞の活性化が科学的に証明されている。

 もちろんムサシがこんな科学的な根拠を知っているわけではなく、単にそういうものだと理解しているだけである。


 ムサシは起きるとまずストレッチを始める。

 ストレッチといってもヨガに近いものである。

 独自に開発したヨガのようなポーズとラークに教わったストレッチを組み合わせたものである。

 体の隅々まで、筋肉の一つ一つに意識を向ける事で、体の循環を促すだけでなく、この後行う瞑想効果を高める事も目的としている。


 ストレッチを終えると、瞑想を行う。

 ムサシの瞑想はその時によって様々だ。

 何かに意識を向けることであるのは間違い無い。


 目を瞑り、呼吸に意識を向ける。

 呼吸は意識と無意識の中間にある。

 呼吸だけが、無意識に動いているし、意識して動かす事も出来る機能だからだ。


 何も考えず呼吸だけに意識を向ける。

 一度雑念を消してから、自分自身を見つめる。

 時には無に近づく。

 無と言っても、何もかも無くなるわけではない。

 思考を止めて、五感を閉ざし、心を感じる事に集中する。

 集中すると世界と自分との境界が無くなっていく感覚がある。

 どこまでが自分でどこからが世界なのか分からないほどに溶け合う感覚。

 妄想や幻覚ではない。

 世界の全てが一つになるような感覚を味わう。

 それは孤独とは正反対のものである。


 瞑想が終わるとトレーニングを始める。

 素振りをしたり、体捌きをしたりしていた。


 していたというのは、この日々のルーティンに今朝からラーク、マルボ、ケントが加わり出したのである。


 トレーニングは各自別メニューと決めていたのだが、折角皆でやるのだから同じ事をやろうと全員で腕立て伏せをはじめる事になった。

 体育会のノリである。


 だが、全体的に身体能力が高いこの世界での腕立て伏せはおかしな事になる。

 凄まじいスピードであり得ない回数をこなせるのだ。


「セット制か?連続か?」

「セット制でインターバルは入れたいなぁ」


 マルボの希望で、30秒で1カウントとした。

 30秒全力で腕立てをして30秒休む。

 1セットを回数にすると個人差があるため各々のトレーニングにならないからだ。


「そんじゃ、はじめ!」


 ラークの掛け声で腕立てがはじまる。


 ムサシの姿が二つ見える。

 上の位置と下の位置で残像が見えるようだ。

 いったい一秒間に何回腕立てを行なうと分身できるのだろう。


 ラークは負けじと頑張るのだが、さすがにムサシには敵わないようだ。


 マルボは魔法使いなのだが、そこそこ速い。一秒間に5回は行っているようだ。


 100セットを終えて終了。


 あきらかにケントの腕と胸が大きくなっている。


 実は、マルボとケントは回復魔法を使っていた。

 ズルでは無い。

 筋トレはあくまで筋肉をつけるためのものである。


 筋肉はトレーニングを行い筋肉に傷を付ける。

 傷ついた筋肉をより強く修復する事で筋肉は強くなる。

 これを超回復というのだが、ケントは回復魔法で超回復をしていたのだ。


 マルボは1セット毎に回復魔法を使ったため、超回復の恩恵は少なかったが、ケントは限界まで追い込んでから使った事と、筋肉がつきやすい体質だった為、一日でトレーニングの効果が出てしまったのであった。


 だが、回復にもエネルギーを使うので、消費するエネルギーも凄まじく、無駄な肉が無くなり顔がげっそり青くなっていた。


「だ、大丈夫か、ケント」

「は、はい…、らいじょぶれす…」

(あれ?声高くなってない?)


「売店で果物でも買って来たいところだけど、まだ開いて無いよね…」

「食堂に砂糖があったはずだから、とりあえず砂糖水作ろう」


 ケントは危機を乗り切った。


 だが、暫くするとラークとマルボにも疲労の色が見えはじめた。

 瞑想に睡眠以上の休息効果があるとはいえ、それは瞑想に慣れてからの話であって、ラーク・マルボ・ケントは寝不足で激しいトレーニングをした事になる。


「初日からやり過ぎたでござるな。少し横になるといいでござる。横になっても瞑想はできるでござる」

「そうするか。ちょっと横にならせて貰おう」


 船上の海風は心地よく感じられたが、やはり眠気には勝てなかった。

 3人は朝食時間が来るまでの間、深い眠りについた。

 ムサシはそれを見て微笑みながら瞑想に勤しんだ。


◆◆◆◆


「え?ケントさん、痩せてません?」


 朝食で一緒になったワカバが驚きの声をあげた。


「そんな事ないですよ」


 ケントはボディビルのようなポーズをとり筋肉を見せる。

 確かによりムキムキになっているが、あきらかに顔が痩けている。

 ラークとマルボが理由を話した。


「そんな事やってたんですか…」

「その、トレーニング、私も一緒にしたいのですが」


 ワカバに続きベルモートが口を開いた。


「俺もやりたいけど、3時に起きれるかなー」


 セッターも続く。


「いや、今朝やってみたけど、色々無理があったみたい。ちょっとトレーニング方法とかも考えないとね」

「栄養補給も含め、この世界に合ったトレーニング方法を考えないとな」

 マルボとラークは既にこの世界の最適なトレーニング方法のイメージが頭の中にあるようだった。


 ラークは昨晩から意を決して、この世界でどのように強くなっていくかを真剣に考えていた。

 今までも鍛錬を怠っていないが、あくまで前世の延長という考え方だったのだ。

 それでも効果はあるが、より環境に合わせ自分が変わる事を選んだのである。


 この世界には魔力があり、魔法がある。

 魔力は肉体にも影響を与え、身体能力を上げる。

 ただ、それがどのような理論で成り立っているのかは誰もわかっていない。

 魔力について調べる事が必要だ。

 魔法のスペシャリストであるマルボと一緒に、この世界で最適な鍛錬方法を編み出そうということになったのである。


 ムサシが、

「魔力は感じる事が出来るので、瞑想して魔力に意識を集める事も大事でござる」

 と言うので今朝のトレーニングは始まった。


 ピアニスがやって来た。

 セルフサービスの朝食を持ってムサシと離れた席に座る。


「次は絶対負けないからね。私の方が強くなってやるんだから」


 と言い「ふんっ」と顔を背ける。


 いつものピアニスに戻っていた。


「拙者も負けじと精進するでござるよ」


 ムサシは爽やかな笑みを浮かべた。

 ムスーっとした顔を見せピアニスは食事をはじめる。


◆◆◆◆


 朝食後、セッターがキャメルに話しかけた。


「キャメル、ちょっといい?」

「うん」

「キャメルがシャイターンを宿してるって聞いたけど本当?」

「うん!いるよ。おーいシャイたーん。呼んでるよー」

「おはよう御座います。ご主人様」


 キャメルの腕輪からシャイターンが出て来た。


「俺はセッターだ。よろしくシャイターン」

「おお、勇者セッター様。おはよう御座います。どうぞシャイたんとお呼びください」

「あ、あぁ、よろしくシャイたん…」


 シャイターンとはイスラム教の悪霊でサタンに相当する悪魔である。

 シャイターンの軽いノリにセッターは少し引き気味である。


「シャイたん、君はまずサタンと同一体かい?分体かい?」


 シャイターンは暫く考えて答えた。


「私はサタンと同一体のようです」

「そう。実は俺はルシファーの力を借りたいんだけど、ルシファーとは話が出来るかな?」


 シャイターンはまた考えている。


「ねぇ、同一体とか分体って何かな?」

「俺に聞かれても分からんが、きっと理解し難い事だから気にしない方がいいだろう」


 マルボの呟きに、ラークが悟る。


 シャイターンが口を開いた。


「ルシファーとサタンはもう分体です。話は出来ません」

「そうか……」


 セッターは悲しそうな顔をしている。

 何を思うのだろうか。


 離れて見ていたピアニスは目を閉じ、ガラムは天を仰いだ。メビウスはこの場にいない。


「どうしたのかな?」

「後で教えてくれるだろ」


 マルボとラークは首を傾げている。


「でも、神の神殿なら会話できます」

「本当か!」

「はい」

「メビウス!メビウスはどこだっ!」


 話を聞いたガラムが椅子から立ち上がりメビウスを探しに食堂から出て行った。

 ピアニスは涙を浮かべ微笑んでいる。

 セッター達も色々と抱えて生きているのだろう。


 ガラムはメビウスを見つけ先程の話をした。


「まだ、何とも言えないが、希望は見えてきた」


 メビウスは涙を流し頷いていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回


第69部分 弐章 其の弐拾弐 善神と悪神の戦い

第70部分 弐章 其の弐拾参 バナビア


同時掲載いたします。


《第69部分 弐章 其の弐拾弐 善神と悪神の戦い》

が非常に長く(1万字越え)説明と会話だけですので


《第70部分 弐章 其の弐拾参 バナビア》

の前書き部分に大まかなあらすじを書きますので飛ばして読めるようにいたしました。


よろしくお願いいたします。

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