067 弐章 其の弐拾 ムサシvsピアニス
皆を食事に呼びに来たラークだが、デッキでボーっとキャメル達を眺めている。
キャメルがラークを見つけて駆け寄り抱きついて来た。
日を追うごとに勇者のパワーが強くなっているのか、抱きつきアタックも気を引き締めてないと、肋骨を持っていかれそうになる。
「ラーク兄ちゃんみーつけたっ!」
「ラーク殿は考え事をしているでござるよ」
ムサシがキャメルを後ろから肩車して、キャメルはキャッキャと嬉しそうだ。
「何か随分と大きな話になっちゃったね」
マルボが近いて来てラークに話しかけた。
「あぁ……。大きくなったのか、小さくなったのかも分からねぇ。正直、頭が爆発しそうだ」
「だよね。僕も混乱してる」
ラークとマルボは笑いながら話している。
これまで自分達には使命があると感じていた。
ただ、魔王を倒せとか世界を救えと使命を与えられた方が気が楽だったのかもしれない。
しかし、自分で判断しろというニュアンスである。
そして、相手は神々の掟を破った神だという。
「なんかなぁ、結局、前世も今世もたいして変わらないような気がしてきたよ。俺は」
「うん。わかる。その感じ」
「どんな世界でも、模索しながら道を探し続けるのは一緒でござるな」
ムサシもキャメルを肩車しながら話に加わってきた。
「ムサシは悩んだり迷ったりする事はあるのか?」
「沢山あるでござる」
「そうなの?! 想像できない」
マルボが驚いている。
「瞑想はしても迷走しないって言ってたぞ」
ラークが笑いながら突っ込んだ。
「そんな時は、取り敢えず前に進むでござる。だから迷走はしないでござる」
ムサシも一緒に笑っている。
「いい言葉だ。迷いに負けず前へ進め。か…」
「道に迷うというのは、どこに向かえばいいか分からず進めない事でござる。道に悩むというのは、どの方向に進んで良いかわからず動かない事でござる」
「なるほどな。取り敢えず信じて前に進むか。そういや前にも言われたな」
「それじゃ、前に進むために、食事にしようか」
「俺の前世はただのオッサンなんだけどな」
「引越し屋の社長だったんでしょ?」
「会社の社長もサラリーマンも宮本武蔵でも、裂罅神とかいう神の前では大差ないと思うぞ」
「同感でござる」
ムサシはキャメルを降ろして頭を撫でている。
ラークは他の皆に声を掛け食堂に入っていった。
◆◆◆◆
「甲板で鍛練するには、この時間は少し暗いでござるな」
皆で食事を終えた後、ベルモートがムサシに訓練を志願した。
「中にトレーニングルームもあるよ」
一緒に着いて来たセッターが言う。
この世界では魔物が多い為、戦いの術を生業にするものも多い。
そのため、戦闘用の施設は船内に用意されていて、ジムや道場の様なものが作られている。
「ふむ、先程見たがいっぱいでござった」
「あんたなら、この暗さでも問題無いでしょ。私と勝負しなさい」
「えぇっ?」
ピアニスがムサシに絡んできて、ベルモートが驚く。
折角ムサシに稽古を頼もうと思っていたのに、邪魔が入ったからだ。
「拙者、お主と勝負する理由が無いでござるよ」
「何言ってんの?あるでしょ!あんたは強い。そして、私も強い。だから手合わせをする。それだけの話じゃないの」
「正直、どちらが強いとか拙者はもうどうでも良いのでござる。ピアニス殿の方が強いという事で構わぬでござる。だから、ピアニス殿と戦う理由は無いでござるよ」
「ムカつくーっ!いいから相手しなさいよ!」
ピアニスは顔を赤くしながら、指先で自分の髪の毛をぐるぐる回し始める。
「何て不器用なんだムサシ……」
マルボは頭をポリポリ掻きながら、呆れている。
「あれは、俺でも分かるぞ。プライド高いから下手に負けても駄目でギリギリ負けるしか選択肢がないんだよ」
ラークはそう言いながらピアニスとムサシの成り行きを見守る。
「ムサシーっ。弟子達に戦いを見せてあげるってのは理由にならないのー?」
マルボが叫ぶ。
「見取り稽古でござるか。仕方ないでござる」
ムサシが承諾した事に皆が驚く。
「ちょっと待ってムサシ、練習用木剣持ってくるから」
まさかマルボもこんな理由で承諾するとは思っていなかったが、すぐに思考を切り替えた。
「ラーク、面白そうだから全員呼んできて」
「了解だ」
練習用木剣は打ち合いを目的とした軽くて柔らかい木でできている。
強い力で叩けばそれなりに痛いが、怪我しない程度の衝撃しかないので実戦を想定した稽古にも使える。
木剣と言ってもただの木の棒なのだが、需要はあるので売店に売っている。
食後またメビウスだけ見当たらないがメビウス以外全員デッキに集まった。
やっとガラムもお目覚めのようである。
「ピアニスの異世界魔法はどうする?」
「拙者は使ってもらっても構わぬでござる」
「使わなくても私が勝つわよ」
「それでは面白くないでござろう?」
「ムッカァ~ッ!!」
ピアニスの顔がまた真っ赤に染まっていく。
「念の為床に結界魔法を張っておくよ」
マルボが床に結界魔法を張った。
2人なら船を壊しかねない。
ピョンピョーンとその場で跳ねるピアニス。
準備運動をして体を温める。
ピアニスとムサシの間にピリピリとした空気が流れ始める。
ピアニスは、ゆっくりと深呼吸して精神を集中させる。
「いくわよ!」
「参られよ」
「はじめっ!」
ラークの掛け声で試合が始まった。
ムサシは青眼の構え。
ピアニスは右手の木剣を突き出しフェンシングのような構えである。
先に動いたのはピアニスだった。
一気に間合いを詰めて、右の突き、払い、左からの切り上げ。
ムサシはそれらの攻撃を丁寧に受け流している。
「まだまだーっ!」
今度は連続で攻撃を仕掛けていく。
右左右と攻撃を繰り返すピアニス。
しかし、どれも綺麗に受け流された。
「師匠が押されてるじゃん」
「受け流してるわよ。師匠は余裕だわ」
「ウケるーっ」
犬娘三姉妹も盛り上がっている。
ムサシがピアニスの木剣を受け流し、突きに転じた。
木剣とはいえズドン!と空気を切り裂く突きである。
その瞬間に、ピアニスが後ろに飛んで距離をとった。
「ふぅ。中々やるじゃない」
「あれを避けるんだ。ピアニスやるなぁ」
マルボも感心していた。
またピアニスの表情が変わる。
先程の準備運動のようにピョンピョーンと跳ねフットワークを刻む。
そのまま飛び込みながらの連続攻撃!
上下左右に素早い連続技を繰り出す。
ムサシに全て受け流されるが、一連の攻撃が終わると後ろに跳んで距離を取る。
ヒット&アウェイの戦法だ。
だが、ムサシには通用しない。
また連続攻撃を仕掛けるが同じようにいなされてしまう。
1分ほどの攻防が続くと、ピアニスの動きが変わった。
動きの速さが変わらないが、フェイントを入れてきたのだ。
上段、下段、横一文字とあらゆる角度での攻撃を行う。
だが、全ての攻撃を避けられる。
ムサシの動きも徐々に変化がついてくる。
ピアニスの攻撃に対し踊るように避けては木剣を振り下ろす。
そして流れるような足捌きで避ける。
「凄い。ムサシと互角なんて」
ワカバは、息を呑んでいた。
ワカバには互角に見えたようだ。
「あの動き…」
ベルモートが呟いた。
「まさか、ここまで実力差があるとは」
ガラムが呟いた。
「俺は普通にやっても、あのピアニスの攻撃捌き切る自身は無いよ」
「ねぇ、ラーク、セッター達何言ってるの?」
マルボがラークに聞いた。
「マルボさん、ムサシさんの動き見て分かりませんか?」
ラークが喋る前にケントが答えた。
「見取り稽古って言ったからな」
続けてラークが説明する。
「ベルモートさんの動き方に似てますよね。あれは」
「似てる?…えっ? うそ…」
「自分の戦い方でなく、自分がベルモートだったらこう戦うという見本を見せているんだ」
「それじゃ、舐めプ?出来るものなの?それ」
魔法職のマルボには、全く理解出来ない世界だった。
ラークとケントは黙ったまま見ていた。
ピアニスの表情がまたも変わる。
「舐めんな!」
ベルモートに見本を見せているムサシにピアニスがキレた。
「あ!」
セッターが思わず声を上げる。
「いや、止めないで見てみよう。私も見てみたい」
ガラムが言い終わる頃に、ピアニスは木剣を縦に構え左手を添える。
「千の刃に刻まれよ。サウザンドブレード!」
「む!」
ムサシは青眼の構えに戻す。
無数の刃が現れムサシを襲撃する。
「で、でたーっ!」
マルボとラークは叫ぶ。
初めて見た者達は「何あれ?」と目を開き驚嘆する。
ムサシは木剣を振る。
次々とムサシに襲いかかる刃を全て叩き落とす。
さらにピアニスは自分自身も攻撃を繰り出す。ムサシの死角になる位置から攻撃を仕掛た。
だが、ムサシは後方に避け、すぐ間合いを詰め、ピアニスの首元に突きつけた。
一瞬の静寂が訪れる。
寸止めされた。
勝敗はついた。
が、ピアニスは寸止めしているムサシの頭を木剣で叩く。
「あ…」
と皆、声を漏らす。
「それはズル…」
セッターが小声でつぶやく。
「ふんっ」と言ってピアニスは室内に入って行った。
「まさかここまでとはねぇー。ムサシ君凄いや」
「誰がピアニスのフォローするんだ?」
セッターの言葉の後にラークが問う。
「ピアニス初めて負けたからね。どうしよう」
「事実を受け入れる心の鍛錬はしている。今は悔しくて仕方ないはずだ。放っておいて良い」
と、ガラムは言う。
「ムサシに負けて悔しく思えるって凄いよね」
マルボが感心した様に言った。
「あぁ、本当に凄いことだよ……」
ラークは前世で長年格闘技を学んでいた。
学生時代はゆくゆくはプロの格闘家になりたいと思い続けていた。
ある格闘技の試合で天才と思われる対戦相手と戦った事がある。
どれだけ努力しても超えられないであろう壁との遭遇。
その差はあまりにも大きく絶望しかなかった。
そしてラークは悟った。自分の才能では無理なのだと…
今、ムサシに敗れたピアニスを見て思う。
これだけの差を見せつけられても悔しがる情熱。
自分の時のように絶望しなかった。
自分はあの時本当に限界だったのだろうか?
勝手に限界を決めつけただけではないだろうか?
「もう一度、本気でやってみるか……」
もちろん、前世に戻れるわけではない。
今世であの時以上の情熱を持って、自分を鍛えたいと思ったのだ。
「あれ?ムサシ結構傷だらけだね」
ムサシに近づいたマルボが気付いた。
所々にかすり傷で血が出ている。
夜間で暗いため気付かなかったようだ。
「全ては避けきれなかったでござる。ピアニス殿はまだまだ伸び代があるでござる。末恐ろしいでござるな」
そう言ってムサシは笑顔を見せた。
希望の未来とは言わず末恐ろしいと言ったのは、ムサシを超えるポテンシャルがあるという事なのだろうか。
その場でマルボは回復魔法を唱える。
ムサシの体についた細かい傷は消えた。
「かたじけないでござる」と、礼を言う。
「ありがとうございます。ムサシさん」
ベルモートが近寄りムサシに礼を言った。
言葉通りの見取り稽古をされた事が嬉しい様だ。
この隙をとばかりに犬娘三姉妹はコソコソこの場所から離れて行った。
熱くなったベルモートの特訓に付き合わされたく無かったからだ。
(今、部屋には入るなよ)と、思いラークは犬娘三姉妹の後を気付かれないように追った。
女子達は全員同じ部屋なのでピアニスと一緒の部屋である。
ピアニスは部屋に戻りベッドに座り枕を抱え顔を埋め泣いていた。
ピアニスは前世とその前の前世《前々世》の記憶を持つ。
前々世ではごく普通の日本の学生であった。
普通に高校大学と進学し、大学時代初めて男性と交際をはじめた。
その矢先に交通事故で命を落とすという悲惨な結末を迎えている。
前世ではこの異世界とは違う別の異世界で勇者として生まれた。
剣と魔法のファンタジーの異世界。
彼女は勇者として数々の敵を倒し、魔王を倒し、世界を救うという偉業を成し遂げた。
だが、強さが価値として認められる世界。
自分より強い女性を娶る男性はいなかった。
彼女は自分が強くなればなるほど男性から疎まれた。
やがて彼女にとって強さだけが自分の存在理由となる。強さを求めるだけの日々を過ごす事になった。
魔王を倒した後も、自分を高める事だけに全てを捧げ、未婚のまま生涯を終えた。
勇者の人生を終えたピアニスは《魂橋の間》にて絶対神と相談する。
今度はもっと強い敵と戦う世界に行きたい。せっかく得た力を役立てたい。さらに上を目指し続けたいと自ら進んでこの世界に転生してきたのである。
ピアニスの《魂橋の間》での記憶はそのような内容だったと思っている。
実は、ピアニス自身の認識と実際のやりとりには違いがある。
その事はまた別の機会に語るとしよう。
ピアニスにとっては最強である事が自分の価値でありプライドであった。
前世と合わせて初めての敗北。それも一方的な完敗だ。
ただ自分が一番だと思い込んでいたわけでは無い。
自分が一番になる為の情熱を持ち続け行動して来た。
「ぅぅ…悔しい…」
ピアニスは嗚咽を聞かれないように、流す涙を見られないように枕に顔を埋めていた。
他に誰もいない部屋であっても弱い所を見せたくはなかった。
何かに情熱を燃やし、つまずき、涙を流すほどの悔しさを経験をした者はいかほどいるのだろうか。
限界を悟り諦める者もいるであろう。
だが、つまずいても立ち上がり、前に進むと決意する者もいる。
流す涙はピアニスにとって大きな意味を持つ。
「うぅ…うっ…」
誰にも聞こえないはずの嗚咽。
だが、ドアの前で犬娘三姉妹達が聞いてしまった。
知覚力の強い犬娘三姉妹には聞こえてしまったのである。
さすがに、今、部屋に入るような無粋なことはしない。
後をつけてきたラークは犬娘三姉妹の振る舞いが以前と変わった事に少し驚いていた。
以前であれば、部屋に入らなかったとしても、負けたピアニスを馬鹿にして笑っていたはずだ。
それが、部屋の前まで来たら立ち止まって、壁にもたれかかっている。
何か思うところがあるのか。
犬娘達も少しは変わりつつあるのか?とラークは思いデッキに戻る事にした。
「犬娘達は?」
マルボの横にいくととマルボが聞く。
「部屋には入らずドアの前で壁にもたれかかってたよ。何か思う事でもあるんじゃないか」
マルボは「ふーん」と言っただけで興味はなさそうだった。
「あいつらも変わろうとしてるのかな?」
ラークがつぶやくとマルボは、
「あいつらが現実を受け入れられるとは思えないね」と答えた。
人が成長するためには段階を踏む必要がある。
客観的に自分を見ることで今まで気づかなかったことに気づく。
客観的に自分をみるためには、自分の失敗や恥辱といった負の面を直視しなければならない。
その負の面を直視できるだけの器が必要である。
その器を持つ事が人の成長に繋がるのである。
出来ない自分。
負けた自分。
弱い自分。
どうしても事実から目を背けたい。
しかし、事実は変わらない。
事実は事実。
心は心。
別々のものだ。
事実は事実だけで向き合えばいいのである。
しかし事実は心を惑わす。
負のエネルギーが心を支配する。
惑わされずに心を律するべきであるが、難しい事である。
しかし、人にはその困難に立ち向かう武器を与えられている。
ありのままの自分を受け入れる。
ありのままの命を受け入れる。
『愛』という武器を人は与えられているのだ。
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