066 弐章 其の拾玖 裂罅神
「何から聞けばいいかわかんねー」
「私達も何から話せばいいか分からないわ」
船内のサロンでラーク、マルボ、ムサシとピアニス、セッターが話していた。
ガラムは船に乗った後、酒の酔いと船酔いに負け、ぐったりベットの上。
キャメルと犬娘三姉妹は外のデッキで走り回りベルモートは三姉妹のお守り。
ケント、ワカバはそれを見ている。
メビウスは船内の何処かへ行ってしまった。
謎めいた女性である。
「ワカバの話もワカバ抜きで一度聞いておきたいね」
マルボが真剣な眼差しで言う。
ピアニスは紅茶を少し飲みながら話し出す。
「ワカバさんの話なら私達でも少しは出来るわ。でもガラムから詳しく聞いた方がいいのは確かね」
「まぁ、ワカバの件以外にも聞きたい事は山程あるが、昼飯の時にワカバに強くなる気はあるか?と聞いたのは、これから聞く話と関わっているのか?」
「少なからず、あるね」
ラークの問いにセッターが答える。
セッターはティーカップを置くと、真面目に話し始めた。
「この世界の異変にどう接するかは君たち次第だ。俺は話す事に迷いがある。神の神殿で聞きたい事の殆どを話してしまう事になる」
「それに何か問題が?」
「自分の人生は自分で決めるべき。だから自分で神の神殿で直接聞くべきではないかと思っている」
「拙者達はこの世界に転生された使命を知りたいでござる。それが世界を守ると言うものならば全力を尽くすでござる」
「使命なんて無いわよ」
ムサシの言葉にピアニスはキッパリと答えた。
セッターはピアニスを見るがピアニスは話を続けた。
「セッター、全部喋りましょう。その上で本当かどうか神の神殿で聞けばいいわ」
ピアニスの提案を了承すると、ピアニスは自分の話を始めた。
「私のジョブは《神の使徒》。でも神の使徒だからと言って神からの使命がある訳では無いわ。神は自分の人生は自由に過ごして欲しいと言っているの。そして私には、私が生きる意味を見出しなさいと言われた。これは神の神殿でも同じ事を言われるはずよ」
「そんな…」
マルボは呟く。
転生者は母親の胎内の時から意識がある。
胎内の中では考える事くらいしか出来ず、産まれても暫くの時間は考える事しか出来ない。
自分は何故この世界に転生してきたのか?使命があるのだろう。強くそう思い続けてきた。
使命なんて無い。その言葉は抱いてきた信念を覆す言葉である。
「更に言えば、この世界の人間、いや生物は全て転生者だよ。前世の記憶があるか無いかの違いがあるだけで」
「輪廻転生って事?」
「簡単に言えばそうね」
輪廻転生とは人が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わることを意味する。
輪廻は、車輪が回る様子、転生は生まれ変わることを意味している。
また、「輪廻」、「転生」のみでも輪廻転生と同じ意味の言葉として使われる。
日本では一般に、死は終わりではなく次の段階へ変化するための一つの状態であるとする考え方から生じた用語であると言われている。
「使命があるとすれば、自分で決めているのよ。前世と今世の間《魂橋の間》で神と相談して自分自身で決めているの。その事は忘れてしまうようになってるけど」
「この世界にいるのは自分の意思という事でござるか?」
「そう、あなたは分かってるんじゃないの?いつも瞑想してるんでしょ?」
少しは慣れたかと思っていたが、若干ツン対応されるムサシ。
「何でピアニスはそんな事知ってるの?」
マルボは疑問を投げかける。
ピアニスはマルボを見て言った。
「私は自分で前世と今世の間《魂橋の間》で神と相談した時の記憶があるの。これが神の使徒が他の転生者と違うところよ」
「自分の決めた使命は神の神殿では教えて貰えない。自分で気付く事が人生で一番大切な事なんだ」
「え?じゃあ神の神殿で本当に知りたい事を知れるって言い伝えは何なの?」
マルボは不思議そうに質問をする。
「それは嘘じゃないんだよ。神は、転生者に選択の自由を与えたんだ。自分が何をすべきかを選べるようにする為に」
「神は自分の選んだ答えを尊重するの。だから自分は自由なんだと分かる事が神の神殿で知る事。それは真理に近付いてるの」
ピアニスとセッターがマルボに教える。
「ただ、神の神殿に行こうとする転生者の多くは、神の神殿でもう一つ重要な事を知る事になるんだ」
「もう一つ?」
「この世界の異変を解決するためにこの世界に転生する事を選んでいる。異変を解決をする過程で使命を果たせるようにする為だ。異変を解決するのが、もう一つの使命みたいなものだね」
「転生してきたのは、この世界の異変を解決する事が目的で、目的を達成することで得られる結果が自分の決めた使命って事?」
「概ねそんな感じね。目的を達成しても必ず使命を知れるとは限らない。試行錯誤した過程で得られる事が多いけど」
「結局、今まで使命と思っていた事は本当の使命では無いが、俺達が使命と思っていた事は教えてくれるって事か」
「だが、これは真理でござる。使命は、使命として存在するものでは無く、自分にとって使命と感じられる事なのでござろう」
暫く各々が考え静寂が支配していた。
ラークが話し始める。
「なぁ、神の神殿が6つあるとか、この世界の異変とかも知りたいんだが」
「その話の前に色々前段階で言わなきゃいけない事があるんだ。君達が神の神殿に行きたいというのは、おそらく《魂橋の間》で自分自身がこの事を決めている。行くか行かないかの最後の選択を現実世界で決めるためなんだ」
「この世界の異変。この世界だけの問題じゃないの。全ての異世界の問題に通じるの」
ピアニスとセッターの言葉に皆は驚いた表情をした。
「まず、全ての異世界各々に絶対神という神が存在する。神は自分のやりたい事をする為に世界を創る。絶対神同士は他の世界に関与してはいけないという絶対神同士の掟が決められている」
「でも、その掟を破った絶対神が現れたの。自分の世界を消滅させて、他の世界に干渉しはじめた」
「その堕ちた絶対神が、神々の掟を破る神、裂罅神」
少しの静寂の後、ラークが口を開いた。
「で、俺達はその裂罅神を倒す事が使命なのか?」
「ん〜ちょっと違うかな。もうすぐアンラ・マンユが話しに出てくるよ」
「いきなり身近な話になるね」
「いや、身近ではないだろ」
「裂罅神の目的は全ての異世界を消滅させる事。その目的のためにアンラ・マンユを手懐けた。そしてアンラ・マンユの力で全ての神を引き込み、その神々の力で全ての異世界を消滅させようとしているの」
「んん?」
「まずは神々の話ね。ギリシャ神話に出てくる神々がいるでしょ。例えばゼウス。ゼウスは元々は一つの異世界の絶対神だったの。ゼウスは自分の世界でやりたかった事をやりきり、自分の世界を終わらせて絶対神を引退したの。そして各異世界の絶対神の依頼で手伝いをする神となったわけ」
「えーっと……よく分かんねぇな」
「会社の社長が会社畳んで、他の会社の手伝いしてるようなものかな」
マルボが少し考えてから言った。
「あぁ〜なんとなく分かるかも。要するに、絶対神をやめたけど、暇なので手伝う的な?」
「そういう感じかしらね」
「ゼウスは全て異世界で一つの存在なの。色々な異世界に現れたり現れなかったりするのは、その異世界の絶対神が出した依頼で動いているから。だから依頼された内容が違うと出てくる姿、形、時期が変わるって訳」
「なんか、その話聞いた事ある気がするぞ」
「シャイたんが言ってたでござる」
「シャイたんって?」
「悪魔精霊シャイターンの事だね」
「えぇっ?!」
セッターは驚いて、思わず声が出てしまった。
「シャイターンって、ひょっとしてサタン?」
ピアニスがセッターに聞く。
「たぶんそうだよ。シャイターンに聞いたって言ったから。シャイターンと話をしたって事でしょ?」
「キャメルの腕輪に入っているでござる」
「ウソーーっ!!」
セッターの声が大きいので皆耳を塞ぐ。
「いや、だってシャイターンだよ!シャイターンを宿すなんて」
「直接話せばいいんじゃない?」
「そうだ!そうしよう!さすがマルボ君」
「私もシャイターンの事は気になるけど、話が進まないから後にしましょう。分体の話もしないといけなくなるし」
「分体?」
「ごめん。その話も置いといて」
「あぁ、で、話の続きは?」
「うん。その元絶対神達を引き込みその力を使って全ての異世界を消滅させる。裂罅神はその元絶対神達を引き込むために、まずアンラ・マンユを仲間にしたわけ。」
「アンラ・マンユも元絶対神という事でござるか?」
「そう。アンラ・マンユには善神を悪神に堕とす力があるの。その力が欲しくて裂罅神は最初にアンラ・マンユを引き込んだ。かなりエネルギー使ったらしいけど」
「なるほど、確かにラスボスではないね。アンラ・マンユは」
「でも、アンラ・マンユを倒せば、神々の寝返りは止まるんだ。そうすると裂罅神の計画は頓挫する」
「そもそも神という存在を倒せるものなのか?」
「実体化をさせれば可能よ。実体化には各異世界に分散している意識体や精神体を全て呼び寄せ一つに集める必要があるの。一つに集まっているところを攻撃すれば神も倒すことが出来るの」
「なるほど」
「とにかく当面の敵はアンラ・マンユとその仲間達って事だな。よし、とりあえずそろそろ晩飯の時間だし皆集めて食堂に行こうぜ」
話を中断し、ラークは皆を呼びに部屋を出た。




