055 弐章 其の捌 魔神エリニュス
ムサシが魔神に追いつく。
ムサシの木刀の一太刀が魔神を襲う。
飛び込んで上段からの振り下ろし。
魔神は寸前のところで回避する。
障害物の多い森の中では逃げるのは難しい。
そう判断したのか、魔神は空へと舞い上がろうとしたが、飛び上がるのに力をためる隙をムサシが見逃すはずがない。
ムサシは一瞬で間合いを詰めて木刀を横薙ぎに振るう。
魔神はなんとか避けるが飛び上がる事も出来ない。
『恐ろしき程の力を持つ者よ。 我はお前の力が欲しい。 その力を我のために使え。 我が配下になるが良い』
頭に直接声が聞こえてくる。
ムサシは無視する。
『貴様はすでに囲まれている』
『いかにそれほどの力を持っていても、我々エリニュスには及ばない。 大人しく我々の仲間になれ』
ムサシは周囲を見渡す。
すると、頭に蛇の冠をかぶった女性、エリニュスと名乗る魔神が2体現れた。
ただ逃げているのではなく、仲間の下へ誘い込んだのだろうか。
魔神3体に囲まれている。
「ふむ、3体おったでござるか」
ムサシの声を聞いてエリニュス達はニヤリと笑う。
『無駄だ。 我らエリニュスには勝てない。 諦めて仲間となるがよい』
エリニュス達の言葉が再び頭の中に響く。
エリニュスとは、ギリシア神話に登場する復讐の女神たちである。
復讐と言っても裁きを与える神であり【善神】なのだが、この世界では魔神のようだ。
ヘカトンケイルもギリシャ神話でゼウスと共に戦う善なる巨人と言える。
善なる者が魔神となって出現するこの世界。何か関連性はあるのだろうか。
そんな事、ムサシは知りもしない。
ただ目の前の魔神を倒せばいいのである。
エリニュス達は頭の蛇を右手に取ると蛇が剣に姿を変える。
その剣は蛇行剣と呼ばれる物に似ている。
蛇行剣とは文字通り剣身が蛇のように曲がりうねった形状をしているため、名づけられている。
魔神というからには、何か人間とは違う能力を使いそうなものだが、剣を使った格闘戦を挑んでくるのだろうか。
剣での戦いならば、例え相手が3体いようが、魔神であろうが、ムサシの敵ではない。
エリニュス達はムサシに向かって駆け出す。
1体が上段から袈裟斬りに。
1体が下段から突き上げ。
1体が上から振り下ろす。
ムサシは袈裟斬を木刀で受け流す。
バランスを崩した1体は下段から突き上げた1体と相打ちしそうになった。
そして、そのままもつれ合うように倒れる。
もう1体の上から振り下ろしを軽くいなすとそのまま前に倒れかけ、もつれ倒れた2体に剣が刺さりそうになった。
直前でエリニュスの1体は剣を手放し2体の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
師匠が弟子達に稽古をつける如くの光景である。
相手は魔神である。
この実力差であれば、エリニュス達を瞬殺できるムサシのはずだ。
だが、ムサシはそれをしなかった。
ジン達の義両親を呪いから救うには、エリニュスを倒す必要があるかもしれない。
その事は重々承知しているが、敢えて行っていない。
ムサシはこの世界に転生し、命の尊さを知る事にる。
この世界の命は尊い。
それは回復魔法や浄化魔法、治癒魔法といった魔法がある為、病気等で命を落とす事が少ないからだ。
人間は当たり前を失った時に初めてその大切さに気付く。
当たり前の『命』を失った時にその『命』の尊さに気付く。
家族、友、仲間、恋人……
昨日まで一緒に居た当たり前の命。
失った時に気付くのであるから、普段は尊さを感じないようにも思える。
だが、それは歴史が教えてくれる。
繰り返す歴史は文化となり習慣となり、この世界での命は尊き存在として認知されているのである。
宮本武蔵としての前世では、時代の考え方や、真剣勝負という命を懸けたルールであったとはいえ、多くの人の命を絶っている。
当たり前のように命の奪い合いをする世界で生きて来た宮本武蔵にとって、命の重さは軽かったといえるのかもしれない。
この異世界に転生してムサシは命の尊さを知り、自分も変わっていこうと常に考えているのである。
魔神や魔物であっても、その命を絶ちたくないという考え方が芽生えつつある。
魔神であるエリニュス達の命も、出来れば絶ちたくはないという想いがあるのだ。
この考えは甘さとも捉えられる。
命のやり取りを行う場面でその甘さは自分の命を絶つ事になりかねない。
ムサシが常に言う『覚悟』が決まっていないように思える。
しかし、ムサシは覚悟を持ってこの場所にいる。
命を絶ちたくないのなら、相手を抑えて制するという『覚悟』を持てばいいだけ。
それは相手にただ勝つ事以上に高みの『覚悟』である。
力が不足していれば、ただの戯言だが、ムサシの日々の鍛錬はその覚悟を持つ資格がある。
自己に慢心も卑下もせず、自分の実力を客観的に見極める程、徹底的に自分と向き合った結果なのだ。
ムサシはエリニュス達に向かって青眼の構えを取る。
エリニュス達はムサシの気迫に押されている。
『何という力…』
『力だけでは無い。洗練された技…』
エリニュス達はムサシの強さを認めざるを得ない。
「お粗末でござるな。これでは黒い三連魔人の足元にも及ばぬでござる」
エリニュス達の心に動揺が広がる。
『何故だ?何故ここまでの開きがある』
『我々は神だぞ』
「お主達、心の声がダダ漏れでござるよ」
《剣に迷いが見える》
頭に直接声を響かせる事とは別に、ムサシはエリニュス達の動きで考えている事が分かるのである。
「戦いの最中に考えて動いているようではまだまだ未熟。自然に動けるように鍛練すべきでござる」
人間は理性の生き物でもなければ、本能の生き物でもない。
人間は習慣の生き物である。
人は習慣に基づいて生きる物であるという意味である。
日々の生活習慣はもちろん、考え方や感情も習慣化されたものである。
悪しき習慣から良い習慣に変えるには、日々意識して無意識に浸透するまで続けなければならない。
という話に繋ぐためによく使われる名言である。
ここでは身につけた習慣でしか現場では動けないという意味で使わせてもらおう。
いかに大きな力を持っていたとしても、素晴らしい才能を持っていても、習慣化されるまで鍛錬を積んでいなければ実戦では使えない。
魔神エリニュス達はパワーもスピードも人間の域をはるかに超えている。
しかし、いくらパワーやスピードがあろうとも、その使い方がなっていなければ意味が無い。
それは雑貨屋主人がリッチになり膨大な魔力を持ったにもかかわらず、使い方を知らぬが故、お粗末な戦い方をするのも同じ事であった。
しかし、雑貨屋主人なら分かるが、エリニュス達も同じなのであろうか。
魔神エリニュス達は戦い方を間違っているのである。
エリニュス達はもっと次元の高い神である。
彼女達は自分の存在が何であったかを忘れているのであった。
◆◆◆◆
時間は少し遡る。
宿屋でムサシとマルボが出掛ける際に目が覚めてしまったラークは窓から外を見ていた。
いつもより少し多く飲んだせいか、覚醒作用もあり、その後寝付けなく「俺もこっそりついていけば良かったかなぁ〜」なんて思っていた。
外を眺めていると警備保障ギルドのライセンサー達が慌ただしく動き回っている。
何かあったのだろうか? と思っているとギムレットを見つけた。
ギムレットはリゾット所属のライセンサーだが、警備保障ギルドは世界国際連盟の直属のギルドである。
事件があれば他国でも仕事をする。
「あいつ、後からマルボと合流して呪いの犯人捕まえる予定だよな?」
ラークはマルボから廃屋潜入計画の内容を聞いていた。
最後はギムレットが呪い魔法の術者を捕まえるという筋書きなのだが、何か忙しそうである。
2階の窓からピョーンと飛び降りギムレットに声をかけた。
「おい、ギムレット。お前マルボと約束してるよな」
ギムレットは急に声を掛けられてビクッと驚いた。
「急に声を掛けられるとビックリするウガ。殺人事件が起こったウガ。ちょっと遅れると伝えて欲しいウガ」
そう言ってギムレットは走って行ってしまった。
「殺人事件ってどういう事だ?」
走り去ったギムレットに、素早いラークはすぐ追いつきギムレットに質問する。
走り去ったつもりが追い付かれ並走された事で更に驚くギムレット。
「うわっ! びっくりしたウガ。 飲み屋の外で酔っ払いが喧嘩を起こして共倒れらしいウガ。 現場検証とか色々あって遅くなるかもしれないウガ」
ギムレットは言い終わると加速した。
「じゃあ、犯人が逃走してるとかで、一般人に危険は無いんだな?」
加速して今度こそ引き離したはずが並走しているので、またもや驚いていた。
「だから、なんで追い付いてるウガ! 1人は現場近くで逮捕されて3人死者が出たけど、事件はそれで終わったウガ!」
そう言ってギムレットは全力で走り去って行った。
「そうか、大変だな。 情報提供ありがとな」
全速力で走るギムレットに余裕で追い付いたラークが礼を言う。
軽く追い付かれたギムレットはギャグ漫画のように目を飛び出させていた。
「じゃぁなぁ〜、仕事頑張れよ」
そう言ってラークはUターンして全速力で宿屋に戻った。
ラークは一瞬でギムレットの視界から消え去った。
虎の魔人でもあるギムレット。
AAライセンサーのギムレット。
彼はかなり足が速いはずなのだが…
本気で警備保障ギルドを辞めようか悩んだ。
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お読みいただきありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.゜
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