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052 弐章 其の伍 フランバートの罪と罰

 現在ラーク達が滞在している港街アルファト。


 巨大な貿易都市であり、宿泊産業や外食産業も盛んである。


 ブラッサン帝国の領土である港街アルファトは、徹底された管理に基づき産業毎に地区を分けている。

 この産業毎に分けた地区の管理は治安維持を主な目的としている。

 地区毎に時間毎のパトロールの人員を増減する事で治安維持の人数調整を行っているのだ。

 これは帝国全土で行われており、ブラッサン帝国の各都市で行われている。


 飲食業地区では夜間の治安が悪くなる傾向が強く、夜になるとブラッサン帝国の警備隊や警備保障ギルドが夜間パトロールを行っている。

 現在ブラッサン帝国は魔族との問題の為各都市に派遣できる帝国警備隊の人員は少ない。

 そのため港街アルファトでは、主に世界国際連盟の直属のギルドである警備保障ギルドのライセンサーが夜間パトロールを行っている。

 だが、本日に限っては飲食業地区のパトロールが若干手薄になっている。

 これはマルボがギムレットにある依頼をした結果であった。

 夜間の商業地区のパトロール強化に人員を割いたためである。

 マルボとムサシが廃屋に下見に行った後の事であった。

 夕食前に警備保障ギルドに足を運びギムレットに深夜2時まで商業地区の巡回を強めてもらうよう依頼したのであった。


「前にも来た事があるが、今日は飲食業地区のパトロールが手薄だな。いつもはこんな事は無いはずだけどな」

「どっちにしろ、近日中にあいつらは旅立つんだ。やるなら今夜だろ」

「ぜってー許さねぇ、あいつら。しっかりとお仕置きしてやるぜ。ゲヘヘヘヘ」


 この不穏な会話をしている者達はリゾットから一緒の船に乗っていた冒険者3人組である。

 例のピースの尻を触った冒険者のパーティーが飲み屋のテーブルで会話をしていたのだ。


「あいつら、犬の特性か夜に散歩をする習慣があるらしい。数日船にいたから安全な街に来た今夜は必ず散歩するはずだ」

「ゲヘヘヘ、ちょっと幼いが顔も体もいいからな」

「あれでそこそこ強いが大丈夫か?」

「ヘヘッ。ちゃんとコレを用意してあるぜ」


 1人の冒険者から鞄から何かを取り出した。

 吸気で眠りを誘う薬のようだ。

 鼻のいい彼女達には絶大な効果があるらしい。


 彼らは船上での件で犬娘三姉妹に逆恨みをし、それを今夜晴らそうと計画を立てていたのである。

 ベルモート、ましてラークやムサシと一緒では歯が立たない。

 だが、今夜は絶好のチャンスであるようだ。


 随分と知恵が働く冒険者であるが、彼らもB級ライセンサーであり、チョパイ大型クエストに選ばれた精鋭であることには変わりない。


「なぁ、お前ら、その話って、リゾットの獣人犬族末裔三姉妹の事じゃねぇのか?」


 1人の男が3人の冒険者の話を聞き声を掛けてきた。


「なんだテメー?」


 不穏な話を聞かれたと思い、冒険者の1人がドスの利いた声で返事をした。


「まぁ、待ってくれよ。俺もその三姉妹に恨みがあるんだよ。ちょっと話を混ぜてくれないか?」


 先程まで近くのカウンターで、1人で酒を飲んでいた彼の名前はフランバートという。

 フランバートは犬娘三姉妹の育ての親である。

 しかし、フランバートは育てたというより犬娘三姉妹の才能を利用しクエスト達成の為に利用していただけの人間である。

 最終的に娼館に売り飛ばそうと考えていたとんでもない男なのだ。


「なぁ、俺も話に混ぜてくれよ。酒はおごらせてもらうぜ」


 フランバートは許可なく一緒のテーブル席に着いた。


 自己紹介をして犬娘三姉妹達との話を話す。


「ゲヘヘヘ、そりゃあ、オメーの方が悪いじゃねか」

「とんでもねぇ悪人だなオメー」


 自分達の事は棚に上げフランバートの悪口を言っている。


「そうだろ? 俺は奴らのせいで捕まっちまったんだ。育ててやったのに恩知らず共め」

「ゲヘヘ、だったら話は簡単だぜ。オメーも一緒に復讐しようぜ」


 リーダー格の冒険者がニヤッと笑う。


 フランバートは、ライセンスの偽造や同行義務の放棄等で逮捕され、懲役を終えこの港街アルファトで暮らしていたらしい。

 もう二度と会う事もないと思っていた犬娘三姉妹がこの街にいて、今犬娘三姉妹に復讐を実行しようと企てている者達と偶然にも出会えた。


 この機を逃す訳にはいかないとフランバートは言い、冒険者3人の仲間になった。

 時間を待ち、酒場を出て暗い路地に入ったところである。


 ドッスっという音と共に1人の冒険者が倒れた。

 心臓を一突きされ即死している。

 刺したのはフランバートであった。


「テメー何しやがる!」


 リーダー格の冒険者が短剣を抜きフランバートに切りかかっていった。


「あいつらは俺のもんだ!」


 その一言を言い放ちリーダー格の冒険者の心臓を一突きしたフランバート。

 このリーダー格の冒険者も即死であった。


 だが、フランバートも胸を刺され即死では無いものの致命傷である。


 今すぐにでも回復魔法を掛けなければ確実に死ぬ重傷だ。


 もう1人の冒険者はその場から逃げ出した。


「あいつらは…あいつらは俺のもんなんだ…」


 フランバートは何故こんな事をしたのか自分でもよくわかっていない。

 今さっきまでこの冒険者達の復讐に本心で手を貸すつもりであった。

 直前で、あいつらは自分のものだから、他の人間に手を出させないという思考が働き、このような結果になった。

 と、フランバート自身は自分の行動に理由をつけたのである。


 だが……


 薄れゆく意識の中、目を瞑ると犬娘三姉妹達と暮らした日々を思い出す。

 フランバートは更生したわけでは無い。

 今の今までフランバートは犬娘三姉妹達の才能を利用してきた事に対し何も罪の意識を感じていなかった。

 15歳を過ぎたら娼館に売り飛ばそうと考えていた事も。

 虐待もしたし、ろくに食事を与えもしなかった。


 武器や装備を買ってあげたのはクエストを達成するためである。

 服を買って上げたりするのも、全てフランバート自身が稼ぐための必要最低限の経費であった。


 だが、何かしらの時には犬娘三姉妹達も笑顔を見せる時はあったのである。

 そして、今、思い出すのは犬娘三姉妹達の時折見せる笑顔であった。

 数少ない思い出が走馬灯として甦るのである。


「なんだよ…ちくしょうが…」


 死の直前のフランバートの目に涙が流れた。

 今、死の直前で気付いたのである。

 フランバートが三姉妹を愛していた事に。


 もっと早く彼女達を愛している事に気が付けば、お互いもっと幸せな人生を送れたのかもしれない。

 それは、フランバートが自分自身を見つめなかった罰だったのだろう。

 金、酒、女、目先の快楽ばかり追い求め、身近な幸せに気付けなかった事が罪であろうか。


「ピース…ホープ…ラッキー…」


 最後の言葉を残しフランバートは死んだ。

 神は最後に愛を与えてくれたのであろうか。


 この事件を犬娘三姉妹達が知ることは先の事である。

 そして、彼女達はフランバートから愛されていた事を知る事は出来ない。

 例え知ったとしても、それを受け入れられるだけの器は無いであろう。いつか自分自身を見つめ受け入れられる程に成長してくれるのだろうか。


 この世界では、同族の殺人は大きな罪であると語り継がれている。

 道徳に背き、人間同士の戦争もありはするが、魔物達との戦いに追われ戦争も少ない。

 魔族の侵攻や魔神の驚異などもあるが、それでも人間の生活を脅かすほどではない。

 だが、今回の事件は種族間の戦いや戦争といった類の話では無い。

 ただの冒険者による、犬娘三姉妹への一方的な妬み嫉みの類である。

 これは大きな悪意であり、そしてより大きな悪意を呼ぶ歪みとしては十分なものであった。

 悪意の風が吹き始めた。

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