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051 弐章 其の肆 熊の手

 冒険者ギルドに紹介された飲食店に訪れているラーク達は席に着いて食事が運ばれてくるのを待っていた。


「ケント、凄い盾買ったねー」


 マルボの方が目が輝いてる。


「か、改良は籠手の解析が終わってからですよね」


 以前からマルボはケントの武器防具を魔改造したがっていたが、ケントは頑なに断り続けていた。

 ケントの戦闘スタイルは集中力を必要とする為、あまり多くの機能を増やしたくないという気持ちもあるが、何よりマルボの自由奔放な発想についていける自信が無かった。


 しかし、今回は魔族の籠手の機能を盾に取り込みたいと画策しているので断れないのである。


 魔族の籠手は衝撃をそのまま反発させる機能を持っている。

 対峙したムサシから聞くと、全て反発できるわけでなく、反発できる衝撃力には限界がある事と、機能にインターバルがある事が分かっている。


「だから二刀流の時間差攻撃で籠手を砕いたのか」話を聞きながらラークが言った。

「それを差し引いても凄い機能だよね」


 マルボの輝く目が眩しい。

 ケントは苦い顔をしながら目を逸らす。


「それにさ、これだけシンプルなら、あんな事やこんな事も!」


 マルボの妄想は止まらない。


「では、こういうのはどうでござろう」


 ムサシまでマルボの妄想に加わりだした。

 宮本武蔵もイノベーションを起こす側の人物である。

 ケントは頭を抱え、ラークは笑って見ていた。


「こちらの席へどうぞ」


 隣の席に4人組がやってきた。


「あ」

「あ」

「あ…」

「む」

「おぉ」


 隣の席に座ったのはピアニスのパーティーであった。

 ピアニス、ラーク、ケント、ムサシ、マルボが同時に声をあげる。

 マルボだけちょっと楽しそうである。

 ラーク、ケント、そしてムサシまで窓の方を見て目を逸らす。


「ラークもケントも知ってるの?」

「ちょっとな」

「私も少々…」

「なんてテンプレなんだー。いいぞー」


 マルボは小さく呟き喜んでいる。


「あの、他の席ありませんか?」


 ピアニスは店員にお願いするが、満席で空くのは少し時間がかかると言われた。

 キーッとピアニスは悔しそうな顔をする。


 通路を挟む6人席に4人が座り、ラーク達とピアニス達が通路を挟み隣の席となる。


「まさかあなた達が同じパーティだったなんてね」


 腕を組みながら横目でピアニスが見る。


「さっき、串焼きの時はごめんね」


 マルボがピアニスに誤った。


「串焼きはあなたじゃなくて、そっちの子でしょ」


 ピアニスはムサシをチラッと見て言う。


 普通ここで黙ってしまうのだがマルボは違う。


「まぁ、そうだけど、あの時僕の串焼きを君に上げれば良かったなって後から気付いてさ」


 さすがのマルボである。

 全く動じない。


「べ、別にいらないわよ。 私はあの子達に食べさせてあげたかっただけなんだから」

「ふーん、優しいんだね」


 マルボの一言に頬を赤らめるピアニス。


 ワカバはこいつやるな!と目を輝かせマルボを見ている。

 キャメルは内容と裏腹になんか楽しそうな感じを読み取り喜んでいる。

 ピアニスの仲間達はマルボの絶妙なピアニスの扱い方に笑いをこらえている。

 ムサシ、ケント、ラークは明後日の方向を見ている。


「まぁ、ほら、美味しい物を皆で食べるの楽しいじゃん」


 マルボは一緒に楽しもうというニュアンスで言っている。


「そうでござるな」


 空気に耐えられなくなりムサシが会話に入ってきた。


「あんたは黙ってなさいよ」


 ピアニスに一蹴された。


「あの娘、苦手でござる」


 ムサシはシュンとしてしまった。


 ラークは明後日の方向を見ながらちゃっかり感知スキルでピアニス達をサーチしていた。

 かなり高レベルの冒険者である事が分かる。

 他のパーティメンバーも自分達に匹敵するかもしれない。


「ねぇ、気持ちはわからなくもないけど、感知やめてくれる?」


 ビクッと反応してしまうラーク。


「俺に何か?」

「あんたがわたし達の事をサーチしてるのはバレてるわ」


 ラークの感知スキルは相手に悟られることはない。

 相手に悟られたら感知スキルの意味が無いのだ。

 あの魔族のガイオーですら気が付けない程、精度の高いものである。

 ピアニスはそれを見抜いているという事だ。


「ごめんねー、あのオッさんスケベだから」


 またもマルボの絶妙なフォローが入る。

 マルボ、恐るべし。


 ピアニスもマルボと下手に会話をすると手のひらで踊らされかねないと思ったようで口を閉ざした。

 謎の心理戦が繰り広げられていた。


「お待たせしました」


 店員が食事を持ってくる。

 熊の手のソテーである。

 臭みは全く無く、見た目は鶏肉のようだった。

 香草が練りこまれておりとても食欲を唆る匂いする。

 先に入店したラーク達の席に運ばれてきた。

 美味しそうな熊の手のソテーを横目にピアニスはゴクっ唾を飲み込んだ。

 ラーク達は早速いただきますと言い、食事を開始する。


「うまっ!」

「うまいでござるな」


 ラークとムサシが声を上げる。

 その様子を横目で見ているピアニスはソワソワし始める。


 ここでテンプレートのごとく事件が起こる。


 想像と美味しさのギャップが激しく、ケントが不意にヘイトスキルを発動させてしまった。

 相手を絞っていないヘイトスキルで店内の全員がケントに振り返る。


 そして…


 ガッシャーン!!


「バカヤローーっ!何やってやがるっ!」


 厨房の方から声が聞こえる。


 咄嗟にラークは感知スキルを拡げて状況確認をして天井を仰いだ。

 マルボはラークの動きに事態を察し「やっぱ、そうなるよね」と頭を抱えた。

 空気を読まないが、流れは読めるようになってきたムサシは更に小さくなる。

 ケントは青ざめた顔で震えている。


 そして店員がピアニス達の席に走ってやってきた。


「お客様、申し訳ございません。熊の手が調理中のミスでお出し出来なくなってしまいまして…」


 ケントのヘイトスキルに驚いた厨房の店員が、熊の手料理を駄目にしたようだ。


 熊の手料理は【森の中の熊の討伐・達成型】クエストの追加報酬である。

 農業ギルドと外食ギルドが共同で冒険者ギルドに依頼したキャンペーンクエストだ。

 農家は熊による蜂の巣箱の被害。

 飲食はそれによる野菜果物蜂蜜の高騰。

 どちらも熊に対して困っていた。

 そこで、共同で冒険者ギルドに話を持ちかけ熊を討伐、証明で熊の両手を持ち帰って来て貰う。

 それを調理して達成した冒険者に報酬の他に提供する事に決めたのだ。


 飲食店は熊の手を業者から仕入れているわけではないので、熊の手の在庫は無い。


 ピアニス達には提供出来なくなってしまった。


 他のパーティメンバーが別の物を頼んだが、ピアニスは俯いたまま震えている。

 怒っているというより悲しいのだろうか。

 目に涙が浮かんでいる気がする。

 そんなに熊の手が食べたかったのだろうか。


「どうするんですか?この状況?」


 小声でワカバが4人に聞くが、ラークは「俺知らねっ」と言わんばかり明後日の方向を向いている。


 あんたリーダーだろ!ワカバの心の声である。


 マルボは両手を上げてお手上げポーズをしている。


 一番頼れそうなお前がそれでどうするっ!ワカバの期待は裏切られた。


 ムサシは気配を消して存在感を薄くしている。


 お前は忍者かっ! 忍者という言葉はどこで覚えたのだろう。


 ケントは相変わらず怯えている。


 こいつ使えねぇー。 ワカバは心の中で叫んだ。


 こうなったら自分が何とかしないと!そう思っては見たものの良い考えが全く浮かんでこなかった。


「一緒に食べよ〜」


 気がつくとキャメルが熊の手料理の鉄板プレートを持ってピアニスの横に立っていた。


 ピアニスの前に鉄板プレートを置きピアニスの隣に座るキャメル。

 

 ピアニスは熊の手のソテーを一口食べると目を輝かせた。


「美味しい〜」


 ラーク達はホッとしたというより、キャメルの行動を見て微笑んでいる。


 ピアニスの仲間達も微笑んでいた。


 ピアニスの正面にいる男が徐に頭に巻いてあるターバンを解き始めた。


「ちょっとセッター」

「まぁ、いいだろ。ピアニス」


 セッターと呼ばれた男のターバンの隙間から髪の毛が現れ始めると、その髪の色にラーク達は驚愕した。


 銀髪だったのだ。


 この世界において、銀髪は勇者の証。

 キャメルと同じ勇者だ。


 年は20代半ばといったところであろう。

 身長は180センチほどで引き締まった身体をしている。


「トリカランド共和国のラークさんですね。俺はテプラン王国の冒険者セッターと言います」


 と言いながらギルドカードを見せた。


 この世界でギルドカードを見せて挨拶するのは名刺を渡すような挨拶であり、礼儀正しく挨拶されたので、ラーク、マルボ、ケントも咄嗟にギルドカードを見せて挨拶をした。

 ただ、ラークとマルボは、ムサシは出さないでくれよと願うのだが、そんな事はお構いなしにギルドカードを見せるムサシである。


「拙者ムサシでござる」

「「「クワッドAーーー?」」」


◆◆◆◆


 テプラン王国

 ラーク達が現在滞在しているブラッサン帝国の港街アルファトより南西にある島国である。

 テプラン島は神の島とも呼ばれ、その美しい景観や豊富な海産物で有名であるが、入国にはギルドカードの掲示が必要となる。

 ギルドカードは身分証明書の役割があるので提示を求められ、それを拒否することは出来ない。

 この世界では入国審査等の厳しくチェックをする国は少ない。

 ピアニス、セッター達はこの神の島テプランから来たというのだ。


 セッターはキャメルが熊の手をピアニスに分けてくれた事で、礼儀を重んじて正体を明かしてくれた。


 ラークの事は先程冒険者ギルドで噂を聞いたらしい。


 1パーティでチョパイ島の魔族達を撤退させたと既に噂になり始めているようである。


 ブラッサン帝国でガイオーはかなり有名なようである。


 そのガイオーの部隊を撤退させたというのだから、ブラッサン帝国の領地であるこの街アルファトでは、今朝着いた船の話なのに既に噂になっているのである。


 セッターは熊の討伐クエストでラークと出会った時に見た特長と、冒険者ギルドで聞いた話が一致した為、彼がラークだと分かったらしい。

 ムサシの情報は無かったが、すぐに知れ渡る事だろう。

 実際には、撤退どころかガイオーを倒したというのだから、ムサシはすぐに時の人となるに違いない。

 これはすぐにアルファトを旅立たないと大変な事になるとラーク達は思った。

 という話しを、男だけの席と女だけの席に席替えをして話し込んでいた。


 ラーク、マルボ、ケント、ムサシにセッターともう1人の中年男性ガラムの6人。

 ピアニス側はキャメルとワカバにもう1人の女性メビウスが座っている。

 ガラムのジョブは騎士王ロードナイトというレアなジョブだった。

 騎士王ロードナイトは数多くの剣技も使え攻撃力も高いのだが、盾役としての能力も高いらしく、仲間を守る為に敵の攻撃を一手に引き受けるタイプだという。

 攻撃一辺倒ではなく、防御も出来るタンクがガラムなのだ。

 つまり、ケントと同じ役割である。


 もう1人の女性のメビウスも魔法剣士という珍しいジョブだった。


 そしてピアニスであるが、彼女のジョブは理由があって明かせないとの事だが、パーティで最強らしい。

 勇者、騎士王、魔法剣士を抑えて最強とは一体何なのか? と普通なら考えるが、ラーク達にもムサシという規格外の存在がいるので、そういう事もあるのかと納得した。


 ピアニスはすっかりキャメルと仲良しさんになっている。

 流石、勇者キャメル。

 熊の手料理も一応食べれた事だし、後から運ばれて来た料理も美味しかった事でかなり機嫌が良くなったようだ。

 何しろ今日は昼から串揚げは食べれない、熊は取られる、欲しかった盾は買えないで散々な目に遭ったのである。

 その原因全てラークパーティだったので、ピアニスとしてはラークパーティに恨み骨髄なのかもしれない。


「すまない、いまさら言い訳になるが熊は譲ろうかどうか迷ったんだ」


 ラークはセッターに謝った。


「ラークさん、あなたなら言い争いをする前に先に熊を倒せましたよね? こちらに気を使って話し合いをしようと考えたんじゃないですか?」

「あぁ、まぁ…」

「ピアニスと話してみたらプライドが高いのに気が付いた。譲れば譲ったで文句言うタイプだ。って考えたのでしょ?」


 セッターの言葉にラークは苦笑いするしかなかった。


「ピアニスもその辺は分かってますから、気にしないでください」


 流石、セッターも勇者である。

 全てを受け入れる愛を持ち合わせている勇者セッターがピアニスをより輝かせているようだ。

 素晴らしいパーティであり話が弾んでしまい、だいぶ遅い時間になったので解散となった。


 最後にピアニスがキャメルにお礼として小さいクマさんのぬいぐるみを上げていた。

 熊を討伐し、熊の手料理を食べて、クマさん趣味とはピアニスもなかなかコアな女の子である。

 ピアニス達を見送ってからラーク達は宿に戻った。


 なお、ピアニスはキャメルにはデレデレになっていたが、最後までムサシ、ラーク、ケントに対して「ふんっ」とデレのないツンな態度を貫いていた。

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