050 弐章 其の参 ブラウンヘアの少女ピアニス
「ねぇ、あの熊わたし達に譲ってくれない?」
「いいや、駄目だ。俺が先に見つけた」
「先に見つけたのはわたし達よ!」
森の中でラークとブラウンヘアの少女ピアニスが言い争っている。
ラークは【森の中の熊の討伐・達成型】というクエスト条件を満たす熊と遭遇したのだが、ピアニスのパーティも熊討伐クエストの為この森に入っており鉢合わせしてしまった。
このクエストは、熊を討伐して熊の手を持ち帰ればクリアとなる。
報酬もそこそこ高額である。
追加報酬で熊の手料理が食べられるらしい。
最近、森の中の熊大量発生のため、農家のミツバチの巣箱に被害が出て討伐クエストが発注されている。
熊自体は、ただの動物なので、ランクが低くても討伐は出来る。
しかし、森の中の強い魔物との遭遇するリスクがある為、難易度は高い。
ただ、熊は危険な魔物が少ない地域にも出没するので達成型としてクエストが発行されている。
15歳未満がいるパーティでも可能なクエストだ。
そのためピアニスがいるパーティでも可能なクエストだった。
「あなた、こんなに小さい子がお願いしてるのに譲る気がないの?」
「いや、お前、絶対転生者だろ。今の年齢主張して恥ずかしくないのか?」
ラークは突っ込む。
「ふんっ」
ピアニスは無愛想な返事をするだけだ。
昼時にムサシと揉めて、今はラークと揉めるピアニス。
ラークパーティとかなりご縁が深そうである。
「あっ!」「えっ?」
ラークが声を上げるとピアニスが驚いた。
その隙に熊を倒してしまうラーク。
「ちょっと、何て卑怯なっ!」
「はい、倒したから手柄は俺の物」
「うぅ~っ」
熊が横たわる地面の上で睨み合う二人。
ピアニスは仲間に促されて仕方なく引き下がる。
「次あったら覚えときなさいよっ!」
「はいはいっ、またお会いしましょうね、可愛らしいお嬢さん」
手をひらひらさせて挑発するラークにピアニスは怒りを我慢しながらその場を去って行った。
「あのお嬢ちゃん、相当強いな…」
ラークはその背中を見ながら呟いた。
「さて、後のクエストは…」
クエスト用紙を確認する。
「おっ、いいね、これ」
ラークの目がキラリと光って次の獲物を探し始めた。
◆◆◆◆
「あ、ラーク兄ちゃんだっ!」
冒険者ギルドの待合室で紅茶を飲んでいたケント達。
ラークが帰って来たのを見つけてキャメルが駆けつけて抱きついた。
この、仲間を見つけると駆けつけて抱きつく5歳の女の子の必殺技には、普段クールなラークでも顔が緩むようだ。
「ラークさん、お帰りなさい」
「どうでしたか?クエストは?」
「ばっちり500万は稼いだぜ!」
そう言ってニヤリと笑う。
ラークは200万ゴールドを取り出しケントに渡した。
「じゃ。これで盾買ってきてくれ」
「え?私が見つけたのは50万ですよ」
「いい盾買ってくれよ。俺達の守りの要なんだから」
「はい、解りました」
「それと晩御飯は熊の手料理だ」
「熊の手?」
「美味しいらしいぞ」
そんな話をしてケントは盾を買いに防具屋に行った。
◆◆◆◆
そろそろ夕焼け空となってきた。
ムサシとマルボは例の廃屋まで来ていた。
かなりの大きな家で、以前は立派な屋敷であった事が伺える。
立ち入り禁止の立て札があるので人はいない。
「マルボ殿、何故ここまで隠れながら来たのでござるか?」
マルボの指示で人目につかないように移動してきた二人。
不思議に思い聞いてみる。
「まぁ、もう少し。この後面白い物が見られるからね。多分」
マルボは悪戯っ子のような笑顔を見せる。
「そうなのでござるか?…む?マルボ殿探知魔法を使っているでござるな?」
「あれ?バレちゃった?」
「杖を地面に付けているので探知魔法を使っていると推測できるでござる」
「さすがに目が良いねぇ」
「マルボ殿、先程雑貨店を回りながら店員の前で話をしてた事と関係あるでござるか?」
「それも、もうすぐ分かるよ」
マルボは雑貨店を回りながら、店員に聞こえるようにムサシと話をしていた。
廃屋に変な物があるから警備保障に声を掛けたという嘘の話である。
「街の外れにある廃屋あるだろ」
「ふむ、あの大きな家でござるな」
「ラークがあそこに入って変なもん見つけたんだって」
「フフフ」
嘘の話の友達役にラークを使うのでつい笑ってしまうムサシ。
「で、それを警備保障に言ったらしいんだよ」
「ふむふむ」
「そしたらラークは警備保障に怒られたって」
「フフフフ」
またも怒られ役にラークの名前を使うので笑ってしまうムサシ。
「廃屋に入っちゃいかんって!」
「当然でござる」
「でもさ、あの廃屋に入る秘密の入口って俺達子供は皆知ってるんだけどな」
「そうでござろうな。拙者達も遊び場にしておるでござるし」
雑貨屋に入り店の人間に話を聞こえるように繰り返し回っていた。
警備保障に知らせたという事と、抜け道は子供なら誰でも知っている。という2つを雑貨屋に聞かせたのである。
「マルボ殿、ジン達の親御さんの呪いと、この廃屋の紐付けは何でござる?」
廃屋と呪いが関連している。
マルボはそう予想しているとムサシは思っている。
しかし、何を根拠にこの結論に至ったのかは疑問だ。
「浄化魔法を掛けた時に近くにあったガラクタのカビが取れて無かったんだ」
「それがどうかしたのでござる?」
「カビも浄化魔法で消滅するんだ。例外は呪いの魔法。つまりガラクタにも呪いが掛かっている。そのガラクタはどこにあったのかな?」
「あの廃屋から持ってきたものでござろう」
「うん、正解。……話は一旦終了。来たみたいだ」
「誰でござる?」
廃屋の裏手に人がやってくる気配を感じた。
「あれは最後に入った雑貨屋の主人でござるな?」
「うん。挙動がおかしかったから目星をつけたんだけどビンゴだったね」
「どうするでござる?拙者達も突入するでござるか?」
「いや、今は探知で下調べだけだよ。もうすぐ晩御飯だし」
マルボとムサシは廃屋の様子をじっと見ている。
「!?」
「どうしたでござる?」
マルボの表情の変化を見てムサシが問いかける。
「いや、探知から反応が消えたんだけど多分2階か、もしくは地下か・・・」
マルボは平面探知から立体探知に切り替えた。
立体探知は胡坐をかいて探知魔法に集中する必要が有るので、マルボはその場に座り込んだ。
暫く沈黙が流れる。
「やっぱり、地下に居るね。ん?上下に動いている。隠し通路?洞窟に繋がってる?」
ムサシは地面に耳を押し付け、音を聞き始めた。
「えーっ!!忍者だよそれ!」声を出してはいけないのでマルボは心の声で突っ込む。
「……」
「すまぬでござる。周りの音が多すぎて聞き取れないでござる」
豪快にズッコケたマルボ。ムサシなら忍者やりかねないと思って期待していたのであった。
暫くすると反応が戻ってきたらしくマルボが話す。
「何か確認だけしに来たのかな。すぐに戻って来た。すぐに隠せない証拠があるのかな」
「待ち伏せして捕まえるでござるか?」
「いや、証拠不十分だし、そろそろラーク達と合流しないといけないし、ちょっと寄りたいところもあるから行こうか」
◆◆◆◆
「ちょっと、その盾はわたし達が買う予約をしてたはずよ」
「そんな事言われても、もう私が買わせていただいたので…」
「お客様、すいません。お取り置きのお時間が過ぎてしまいましたので…」
「そんなはずは!そのランプ時計狂ってない?」
と、言った直後、ゴーン、ゴーンと18時の鐘が街中に響き渡った。
「ほら、今鐘が鳴ったわよ!」
「申し訳ございません。そのランプ時計で18時のお約束でしたので…」
ケントが盾を買いにきたら、ピアニスと鉢合わせたのであった。
ピアニスはどうしてもケントが買った盾が欲しいらしく、店主とケントの間に割って入り所有権を主張していた。
18時までに買いに来るからと取置きをお願いしておいたのだが、少しだけ間に合わなかったのだ。
200万もの盾を売り逃したくは無い店主からすれば、来るか来ないか分からないピアニスより即金で買いに来たケントを優先させたのは当然の判断だ。
そして、ピアニスと店主が揉めている間にケントは逃げるように店を出ていった。
「あ!待て!!」
気が付いたピアニスが叫ぶが時すでに遅しである。
「ピアニス、もう別の盾でいいから」
仲間がそう言うと、しぶしぶ諦めてくれた。
「店主さん、他の盾にするけど、もちろん安くしてくれるわよね」
ピアニスは店主ににっこり微笑みながら交渉を始めた。
目は笑っていない。
10歳とは思えない迫力が店主を襲う。
「はい、も、もちろんでございます」
結果的にピアニスは300万の盾を200万にさせて購入したが、ケントが買った盾の方が欲しかったようだ。
ケントの盾は実用性を特化した高級盾で、ピアニスの買った盾は装飾に特化した盾である。
大都市アルファトの防具屋なだけあって品数は非常に豊富ではある。
とはいえ100万を超える商品は少なく、高級品は装飾にこだわった物が多い。
純粋に実用性を追求した高級な盾は少ないのであった。
ケントはシンプルなデザインの盾を求めていたので、必然的に選択肢が少なかった。
改良の余白を少しでも多くしておきたいためである。
チョパイ島で魔人ガイオーの砕けた籠手をマルボは回収しており、解析して盾に衝撃反発機能を付与できないかと考えている。
砕けた籠手で回収できたのは一部分だった為、解析は難航している。
どの程度の改良が必要か見通しは立っていないが、シンプルなほど改良しやすい。
なお、マルボは今回ケントの盾の魔改造を企んでおり、ケントは戦々恐々している。
「現金をもっと持ってくるべきだったわ!そもそも、さっきの熊、横取りされなきゃ間に会ったのに!」
昼過ぎ、熊の討伐クエストで、みつけた熊をラークに取られ、他の熊を探すのに時間がかかった為に間に合わなかったというのだが・・・
「もういいわ、晩御飯行きましょう。やっと熊の手が食べられるんだから」
どこまでもラーク達と縁が深いピアニスであった。




