005 壱章 其の伍 最強魔人の誕生
「俺達は3日後にグリーンヴィルを発つ。仲間になってくれるならそれまでに俺達のところに来てくれ」
「同じ世界から転生してきた者同士、共感できる事は沢山あると思う。待ってるよ」
「私はこの世界に力を持って転生してきたのは使命があるのだと考えています。ムサシさん、同じ仲間となって冒険してくれると嬉しいです」
グリーンヴィルとは3人がムサシと会った街の名前である。
ラーク達はその言葉を告げ街に帰った。
「日が暮れる前には街に帰れそうだね」
マルボが言うとラークは足を速めた。
「急ぐぞ」
「え?何故です?特別急ぐ理由もないと思いますが」
重い戦斧と盾を持つケントは長距離を走るのが辛いので慌てて聞いた。
「武器屋が閉まる前に街に帰るんだよ」
「えーっ?何を買うのっ?」
更に足を速め出したラークにマルボは叫んで聞いた。
「ムサシの武器を探すんだよっ」
ラークは嬉しそうに振り返りながら言う。
「まだ仲間になるって決まってないよ。仲間になってからでもいいじゃない」
「いや、絶対来る!ムサシは必ず俺達の仲間になる」
笑顔で言いながらついにラークは走り出してしまった。
「ちょっと!ラーク!本気で走ったら僕達が追い付けるわけないだろ」
マルボは少し涙目になりながら叫んだ。
ケントは既に諦めたのか顔から正気が抜けている。
滝の飛沫と暑い日差しで輝く虹を背にラーク達はグリーンヴィルに駆けていった。
◆◆◆◆
「はぁっはぁっ」
息を切らせながらもなんとかマルボとケントはグリーンヴィルに到着した。
すでにラークは武器屋にいるだろう。
マルボとケントは疲れ切った体を引きずり、やっとの思いで武器屋の扉を開ける。
ラークは武器屋の主人と話し合っている。
宮本武蔵の武器といえば日本刀を思い付くが、この世界に日本刀は無い。
無いなら作らせようという話しなのだが、叩き斬る事を目的としたこの世界の剣に対し、斬る事に特化した刀の概念が店主には理解出来なく難航している。
「木刀で妥協するしか無いようだ」
近づいてきたマルボにラークは残念そうな顔をして言った。
グリーンヴィルは森に囲まれた街なので木工職人も多く木材も多い。
頑丈な木材で木刀を作ってもらう方が現実的だとラークは考えたのだ。
マルボもケントも同意し、木刀を作る事になった。
木工職人を探し相談すると端材ですぐに作ってくれると言う。
「あれ?宮本武蔵の二刀流って太刀と脇差でいいんだっけ?」
マルボに聞くも、同郷のマルボでも詳しい分野ではないので分からなかった。
「まぁいいや、長いのと短いの2本作ってくれ」
ラークは細かい事を気にせず注文をした。
出来上がった2本の木刀を手に持ち、なかなかの出来栄えにラークは満足していた。
マルボはちょっと貸してとラークから木刀を受け取って眺めながら木工職人に細かい細工が得意な職人がいないか聞いてみた。
「模様でも彫ってもらうのか?」
「近いけど外れ。魔力回路を彫ってもらおうと思って。」
マルボが考案した魔力回路は前世の記憶による電子回路とこの世界の魔法陣を合わせた魔力を込めるだけで魔法が使える技術である。
「では、その上からコーティングしましょう」
更にケントが提案した。
こうしてまだ仲間になるか分からないムサシの為の最強の木刀が二本誕生してしまった。
日は沈みかけ、空は赤く染まりつつあった。
◆◆◆◆
ムサシは洞窟内で瞑想をしている。
本来瞑想は何も考えないことであるが、今は思考の整理に努めている。
あの冒険者達は何だったのだろうか。
ラーク達の事ではない。
一年前の冒険者達の事だ。
5人のパーティであった。
かなり手練れの冒険者達であったのだろう。
今日のラークの動きを見て思い出してみると、ラークと遜色ない実力者だった事が分かる。
アマルテアとムサシに遭遇した冒険者達は咄嗟に動いた。
1人はアマルテアとムサシの間に割って入り、1人はムサシを引き離そうとムサシを突き飛ばした。
残り3人はアマルテアに攻撃を仕掛ける。必死の気迫であった。
冒険者といえど全てがアマルテアの事を知っているわけではない。
人に害をなさない神獣とは知らず、魔物が子供を襲おうとしている現場と勘違いしたのかもしれない。
冒険者達はアマルテアを自分達の利益の為に倒そうとしたのではなく、近くにいた子供を救おうとしたのかもしれないのだ。
ムサシ自身がその瞬間逃げ出せば、アマルテアも怪我なくその場から逃げていただろう。
アマルテアの方も状況判断が遅れたため3人の攻撃を受けてしまい、全身を斬られ左後脚を失い瀕死となる。
同時にアマルテアより繰り出された雷魔法で5人は絶命。
自分の判断ミスで、自分を助けようとした冒険者達が死に、母親であるアマルテアは瀕死の状態になる。
冒険者達は素晴らしい志しを持った者達だったのかもしれない。
人々の為に活躍する冒険者だったのかもしれない。
それをこの一年考えなかったわけではないのだが、認めたくなかったのが本音だろう。
前世で多くの命を絶ってきた宮本武蔵である。
だが、この異世界でアマルテアの優しさに包まれた日々はムサシに命の尊さを教えることにもなった。
その尊さはそのまま冒険者達の命の重さに繋がる。
冒険者を野蛮で利己的な存在と決めつけることで、自分の責任から逃げていたのだろう。
ミスを認められない自分の未熟な心が、冒険者嫌いを作っていたのである。
ただし、冒険者達の命の重さを抱えられない、その重さから逃げていたという事は、ムサシの中で他人の命の尊さが芽生えた証でもある。
戦国時代の末期から江戸時代のはじめに生きた宮本武蔵において他人の命の概念はこの異世界よりも軽いのかもしれない。
そのことにムサシ自身が気付くのはもう少し後になってからである。
「まだまだ未熟」
呟きムサシは立ち上がった。
この世界を見て回ろう。
自分の力が人々の役に立つのであれば、それを行うのもいいかもしれない。
ラーク等から宮本武蔵が生きた時代の未来も聞きたい。
この異世界そのものの真理も知ってみたい。
その旅は自分自身をみつめる多くのきっかけを作ってくれるだろう。
アマルテアはそれを見て微笑んでいるように見える。
「旅に出るよ。今までありがとう。母さん」
ムサシは目を閉じて言うと、アマルテアはムサシの頭の中に直接語りかけた。
『ありがとうは私の方よ。あなたならきっと大丈夫。』
ムサシは目を開くと笑顔で答えた。
「行って参ります」
そしてムサシは洞窟を出た。
見送るアマルテアの眼は少し潤んでいるようにみえた。
◆◆◆◆
「なんか騒がしいな」
木刀を作り終え夕食をする為に飲み屋にやって来た3人は店内のざわつきに違和感を覚えながらも席に着こうとした。
「おい、ラーク達じゃねぇか?」
「ホントだ。おーい」
聞き慣れた声に振り向くとそこには知り合いの冒険者達がいた。
「よう。お前らもこの街にいたのか?」
「あぁ。明朝出るけどな」
ラークは隣のテーブルに座った。
「なぁ、このざわつきは何かあったのか?」
「あぁ、今日とあるパーティがオーガジェネラルを討伐したらいんだが・・・」
「へぇ、そりゃ凄いじゃないか」
「問題は立ち位置が悪く一人が飛び散った血を飲んでしまったらしい」
「何だって?」
驚きの声を上げたのはマルボだった。
「しかも、そいつはA級のタンクらしくてな。今、教会に運ばれてる」
「それって、まさか」
マルボは青ざめた顔で震えている。
「マルボの想像通りだろうな。おそらく最強魔人の誕生だ」
魔物の血を飲むと強靭な力を得る事ができるという。
魔物が強ければ強い程得られる力は大きい。
手っ取り早く強くなれそうだが、そう甘い話しではない。
強靭な力を得る代わりに精神が支配されてしまう。
強い魔物の血ほど精神支配力は強く人としての理性を失ってしまう。
まれに本人の精神力で抑える事もあるのだが、多くはそのまま魔物の精神に支配され魔人と化してしまうのだ。
「そのタンクが血を飲んでからどれくらい時間が経っているんだ?」
「3時間は経っているはずだ」
「そんな・・・間に合わない・・・」
「マルボでも浄化は無理か?」
「せいぜい30分が限界だよ」
「木刀作りに夢中になりすぎましたね」
「とにかく教会に行ってみよう」
「あぁ」
ラーク達が教会の扉を開けると、中は大勢の人でごったがえしていた。
教会の職員達は野次馬達に避難を促しているのだが、人々は面白がって帰ろうとしない。
奥では神父達と冒険者達が揉めているようだ。
もう助からないから魔人化する前に処刑するべきという意見と何とかしてほしいという仲間達の意見で別れていた。
「お願いします!仲間を助けてください!」
「なりません。彼は魔人となってしまうのです。人間に戻る方法はないのです」
「そこをなんとか!」
一人の冒険者が必死に食い下がっていた。
ラークは横たわっている冒険者に目をやる。
「駄目だ!肌色がもう変色している」
「皆さん避難してください!ここは危険です!」
大きな声でケントは野次馬達に叫ぶとともに
「ヴオオオオオッ!」
強烈な雄叫びが教会中に響いた。
その声に全員が耳を塞ぐ。
「これは……」
「なんてこった」
魔人はゆっくりと起き上がり、全身を震わせ始めた。