043 壱章 其の肆拾参 ワカバの甘え
エルフの里へ戻って来た。
里長にマティの事を話すのは心苦しかったが、事情を説明した。
エルフの里長も残念そうな顔をしていたが、仕方がないと言った様子である。
あなた達がいなければ、里が壊滅していたかも知れなかったと言う事で、お礼を言われた。
それに生きているのなら、元に戻れる可能性もあるかも知れないと付け加えた。
夜には宴会となり手厚いもてなしを受けた。
翌朝、港街に出発し昼前に到着した。
魔族討伐クエストのリーダーであるモヒートに報告し、これでクエストは完了となる。
魔神サルワの討伐に関しては亡骸が消滅してしまった為、証明できない。
そもそも魔神があれで本当に倒せたのか不明なのだが。
結果として魔族達は退散なのだが、この島チョパイの脅威は去った事になる。
モヒートとしては被害も無く終わってくれた事が有り難いのだろう。
明日の朝ブラッサン大陸に出発する事になった。
ブラッサン大陸には神の神殿がありラーク達の旅の目的地である。
大陸の多くの面積はブラッサン帝国の領地で、港街アルファトへ高速船で行って降ろしてもらう事になっている。
モヒートも今回の件でブラッサンに報告する必要があるので、元々この高速船はブラッサン大陸に行く予定だったのだ。
クエスト依頼時にはあたかも【あなた達がクエストに参加いただければ、あなた達のためにブラッサンまでお送りします】といったニュアンスで交渉してきたくせに、まったくしたたかである。
ブラッサン帝国は最近魔族と頻繁に争いが起こっている為軍事力強化に躍起らしい。
ラーク達が入国すれば、その存在は瞬く間に噂になるであろうから面倒事に巻き込まれる前に港街アルファトから出発した方がいいと促された。
クエスト報酬の遅延を狙っている気もするが・・・。
報酬が後日となると手形になるので、手形だけが増えて現金が手に入らない。
今回のクエストはほぼラーク達で達成したた為、4000万ゴールド支払われるとの事なのだが、内金で少し現金分けてくれないかなーなんてラークは思ってたりする。
そんなこんなで今夜宿に泊まり明朝出航となる。
ラークは昼食前に冒険者ギルドに赴き、手頃なクエストは無いか見てみたが、めぼしいものは無かった。
やはり現金貧乏の旅を強いられそうである。
◆◆◆◆
「ラーク殿、これからどうされる?」
ムサシは今後の旅路について尋ねた。
「あぁ、ブラッサン大陸に着いたらどうするかな。 帝都ブラッサンに寄るか、直線で神の神殿を目指すか」
「大まかな地図しか無いから、港街アルファトに着いたら地図を買わないとね」
ラーク達は食堂で昼食を待ちながら話し合いをしている。
「まぁ、船には数日乗るし、ゆっくり決めよう」
「お待たせしましたー!」
従業員の女性が料理を運んできた。
ラークは笑顔でお礼を言いつつ受け取った。
「ありがとう」
女性は頬を赤らめて微笑み、去っていった。
ワカバは女性をジト目で見送る。
「ラークさんってモテますよね」
少し機嫌が悪そうに見える。
そうか?とラークは言ってこの話は終わる。
食事をしながらも今後の方針等を話していた。
いつも通りの感じである。
「あの……」
ワカバが会話の途中で口を挟んだ。
「マティさんの事はどうするんですか?」
「うん? いや、俺達には何も出来ないだろ。出来るとすれば神の神殿で何か解ればとは思うが」
ラークは普通に答えたが、ワカバは納得いかないようだ。
「そうじゃなくて、何とも思わないんですか?」
朝からもう普通になっているラークに対して、イラつきを感じているのだろう。
「考えても、心配してもしょうがないだろ」
「冷たいんですねっ!」
ドンッ!とテーブルを叩きワカバは食堂を出て行ってしまった。
2人が喧嘩してしたのかと思いキャメルはオロオロしている。
ケントが大丈夫だよと、なだめていた。
マルボはラークの肩をポンと叩きワカバを追いかけて行った。
◆◆◆◆
ワカバは食堂の近くにあったベンチに腰掛け、ため息をついていた。
そこにマルボが近づいてきて横に座る。
ワカバは下を向いたまま「ごめんなさい」と小さな声で言った。
新米冒険者のワカバがラーク達に着いてくるのは緊張の連続であった。
昨日の戦いは命の危険を覚悟した程である。
そしてマティの安否は分からない。
半日程の付き合いだが、マティは良い子だった。
「ラークはさ…」
「分かってます」
ラークがマティの事を心配しない訳が無いのだ。
「僕もラークも転生者だろ」
「……」
「僕は独り身だったから、そこまでじゃないんだけど、それでも最初はしんどかった」
「……」
「ラークはさ、家族がいたんだ。 奥さんと16歳のお嬢さん。 ワカバと同じくらいだね」
ワカバは下を向いたまま聞いている。
「交通事故……って分からないか。 事故で息を引き取って、この世界に転生してきたらしい。 転生者って結構最初は辛いんだよ。 愛する人達全てを失うのと同じなんだ」
ワカバは無言で俯いているだけだ。
「いきなり気がついたら異世界にいる。 ちょっと前まで一緒だった家族、仲間達とは二度と会えない。 自分だけが生き残った感じと同じなんだよね。 そして、赤ん坊だから出来る事は泣く事と考える事だけなんだ」
マルボは遠くを見ながら話を続ける。
「人は失ってからはじめて、失った物の大きさに気付く。 大切な人、その人の居ない日常なんて考えられない。 当たり前の日々が、どれほど素晴らしいものだったかを思い知る。 なんて言われるんだけど……」
「でも……ラークは失う前から大事に思ってたけど、それでも、もっともっと大切にするべきだったって言うんだ」
ワカバの目には涙が浮かんでいた。
「事故にあう朝、お嬢さんと喧嘩したらしい。 それが最後の会話だったって」
「……」
少しの静寂を挟みマルボは続けた。
「不器用だから、うまく言えないけど、変わらなきゃいけないっていつも言ってるよ。 そして、もっと愛していると伝えるべきだった。 もっと日々の幸せを感じるべきだった。 後悔ばかりだって言ってたよ。 そんなラークがマティの事を気にしてない訳がない。 お嬢さんと被って見えてるはずだよ。 マティも……ワカバも……」
「……」
「もうちょっと、待ってあげてくれると嬉しい。 ラークも変わろうと日々頑張ってるんだ」
ワカバの目に大粒の涙が溜まっている。
「分かっているんです。 私が…自分の力不足が…許せなくて…でも、どこにぶつけていいか…甘えているんです…私が弱いから…」
「それを受け入れられるワカバは弱くないよ」
「うっ…ぐすっ…」
ワカバは泣き出してしまった。
人間にとってありのままの自分を見つめるという事は難しい事である。
そして、ありのままの現実を見ることも難しい事である。
つい、誰かのせいにしたり、環境のせいにして目を背けてしまう事もある。
その方が楽だからだ。
自分を変えたくないからだ。
しかし、ありのままを受け入れなければ、人は成長する事は出来ない。
現実は何も変わらない。
世界は自分を中心に回ってはくれない。
ふと食堂の入口を見るとケントと手を繋ながらキャメルが心配そうにこちらを見ている。
マルボはキャメルを手招きしワカバの元に来てもらった。
キャメルは小さな体でワカバを抱きしめた。
勇者の本来の力であろう。
ありのままの命を愛する優しい力がワカバを包んでいる。
強くても、弱くても、どちらでもなく、そのままの生命を愛して慈しむ。
キャメルに抱きしめられたまま暫くの間、ワカバは涙を流し続けていた。




