041 壱章 其の肆拾壱 魔人ガイオー
アーサーヴィルの熱線がサルワを貫く。
『グアアッ』
喚き声をあげるサルワ。
だが、サルワは倒れない。
もうどれだけの致命打を与えたであろう。
致命打を与える度にサルワは霧となり一度消えては、霧が集まり再生するのである。
ラークは何度もサルワを槍で貫き、マルボビームも数発直撃している。
ケントの戦斧の直撃も受けているし、攻撃に加わったマティの剣撃も相当なものだろう。
ダメージは受けていそうなのだが、倒れる気配はない。
傷口もすぐに回復してしまう。
サルワの弱点を探すため、攻撃をひたすら繰り返しているが一向に弱らない。
「マティ様私の力をお使いください」
マティのネックレスから声が聞こえてきた。
「ネックレスが喋っただ」
先程マティのネックレスに宿った土の精霊ノームである。
使ってなかったのかとラークはマティを見る。
ノームの力を使わずそこそこの攻撃を繰り出していたマティに突っ込みを入れたい気持ちと、希望がまだある事への期待の眼差しは複雑な視線となっていた。
そしてマティは、心配と期待の眼差しとして受け取った。
「そ、そんな目で見られたらオラ困っちまうだよ」
顔を赤らめてモジモジしながら言う。
「?」
突然のマティの挙動にラークは困惑する。
「わーかっただ。やってやるだ」
マティのネックレスが光出し土色の光がマティを包み込む。
輝きは眩いほどになり、マティの体は黄金に輝きはじめた。
「なんだべこれ?」
ノームが力を貸してマティへ強化魔法を掛けたのである。
「すげぇだ。力が溢れてくるだ」
サルワが異変を察してマティを見るが、サルワの変化を見逃さずケントはヘイトスキルを発動する。
ついケントのヘイトスキルに反応してしまうサルワである。
『忌々しいこのタンクめ。まずは貴様から殺してやろう』
サルワは、マティではなく、より脅威を感じるケントへと標的を定めた。
「今頃ケントの凄さに気付いたのかよ!」
隙を見逃さずラークは頭上からサルワを槍で突き刺した。
『グオオッ』
苦痛に悶えるサルワ。
サルワは霧になり姿を消した。
そして別の場所に霧が集まっていく。
「そこだべ!」
サルワに再生する前の霧にマティはミスリルソードを一閃する。
『ギィヤアァァッ』
今までと違う叫び声が脳内に響いた。
別の場所で霧が集まりサルワが再生する。
「ワカバ、今のみたかい?」
「はい、霧の状態での攻撃が一番ダメージを与えられていたみたいですね」
マルボの問いに答えるワカバ。
戦いを再開してからの序盤、マルボは攻撃魔法に専念していたが、何度致命打を与えても倒れないサルワに対し、観察して弱点を見出そうという作戦に代わっていた。
「キャメル、精霊さん達は強化魔法は使えるかい?」
マルボはキャメルに尋ねる。
キャメルは精霊達と会話して答えた。
「得意では無いけど全員使えるって」
「僕が魔法陣を出したら魔法陣に強化魔法を流して貰えるように頼んでくれる?」
「うん」
マルボがラークとケントに目で合図を送る。
付き合いの長い3人だから出来るアイコンタクト。
タイミングを合わせる為には即席パーティでは到底無理な技である。
「マティ!メイン攻撃を頼む!」
ラークがマティに指示を出す。
「分かっただ」
マティがサルワの前に飛び出す。
『小娘に何が出来ると言うのだ。身の程を知るが良い』
サルワが右手を伸ばすとマティに向けて禍々しい赤い爪が伸びる。
「遅いだよ!」
マティは難なく回避するが、その先にサルワの顔があった。
『愚かな小娘よ!』
マティに向け放たれていたと思われた右の爪が突如軌道を変えマティを襲う。
「ここだっ」
マルボが魔法陣を展開した。
精霊達が魔法陣に強化魔法を流し始める。
マティはサルワの攻撃を耐えるべく全身に力を込める。
ノームの防御結界で爪は弾かれた。
『!?』
サルワが戸惑っている一瞬。
「だぁぁっ!」とケントが雄叫びを上げヘイトスキルを発動する。
『ちぃっ!』
ヘイトスキルに反応するサルワにラークの槍が襲い掛かる。
サルワに致命打を与えまたもサルワは霧となって散りまた集まっていく。
「今だっ!サンダーーッ・ブレイクッッ!」
大声でシャウト効果を乗せたマルボの雷魔法が霧状態のサルワを襲う。
霧全体に雷は広がり感電させた。
『グアアアアアッ!!!』
サルワの絶叫が響く。
マルボの強力な雷撃を受け、霧となったサルワは集まって再生する前に消滅していった。
「やっただ。これでサルワも終わりだべさ」
マティの体から輝くオーラが消えた。
「あれ?元に戻っただ」
ラークがその場でしゃがみ込みながら「ノームの魔法が切れたんだろ」と呟く。
流石にラークも疲れた様子だ。
メンバー全員が座り込んでしまった。
魔神をムサシ抜きで倒せた事に安堵しているようだ。
気が抜けるのも仕方がない。
だが、その油断が最悪の悲劇を引き起こす事になる。
ドスンッ!
何か突き破るような音がし、皆が音の方を振り向いた。
マティの胸を手刀が突き破っている。
後ろに立って手刀を突き出しているのは先程ムサシの前に現れた魔族のガイオーであった。
「グフッ」と血を吐くマティ。
ガイオーは腕を引き抜いた。
支えを失ったマティは崩れ落ち地面に伏した。
ガイオーは左手に持っていた何かを右手に持ち替え、マティの空いた胸に埋め込む。
何が起こっていて、何をしているのか誰も理解出来ない。
ただ、マティが倒れた事だけは分かった。
「何やってんだ!てめー!」
ラークが槍を構え飛び掛かる。
ガイオーがラークに向けて左手をかざすと衝撃波が発生したのか、ラークは吹き飛ばされてしまった。
直情型ではあるが普段のラークなら突然飛び込んだりはしないはずである。
冷静さを欠いてしまった。
そして、ガイオーは何故かマティに回復魔法を掛け始める。
一連の動作に意味が分からず思考が追い付かない。
「うわぁぁっっ!」
キャメルが空中に浮かび精霊による攻撃を繰り出す。
マルボはハッとなり状況判断をする。
ラークは、今の一撃で気絶。
ケントはキャメルの攻撃の余波がラークに当たらないように庇っていた。
ワカバは口を手で抑え涙を流している。
「ワカバ、動いて」
だが、ワカバに声は届かない。
「ワカバッ!」
ハッとしたワカバがアーサーヴィルを動かしはじめた。
「よくも、よくもお姉ちゃんを!」
キャメルは完全にキレている。
銀色の髪の毛が逆立ち、いつもの可愛らしさは影を潜めていた。
怒りの感情に呼応するのか、精霊シャイターンの攻撃が凄まじいが、ガイオーは難なく交わしている。
マルボは思考を回転させる。
この魔族は何をしたのか?
マティは?
生きているのか?
先程この魔族が持っていた物は?
禍々しい色の……心臓?
心臓を入れ替えて回復魔法を掛けた?
新しい心臓を定着させるための回復魔法?
サルワが言った言葉を思い出す。
『目的のモノは見つかった。』
魔族、魔神サルワの目的はエルフの勇者マティ?
マティの美しい白の肌が褐色へと変化していく。
「目覚めよ、魔神タローマティよ」
ガイオーがそう告げると、マティの体がビクンと動いた。
「くそっ!そういうことかっ!」
マルボは気付いた。
魔族達の目的はエルフの勇者マティを魔神にする事だった。
魔物や魔神の血を飲むと魔人化するように、血液と直接関わる臓器、心臓を取り換える事に何か法則があるのかもしれない。
おそらく魔神の心臓をマティに埋め込んだのだろう。
「まだ少し時間が掛かるようだな」
ガイオーはキャメルの攻撃を防ぎながら言う。
(冷静になるんだ。この状況を打破する為に)
マルボは自分に言い聞かせる。
今出来る事で最優先にすべきことは……
ラークの回復?
マティを一か八かで浄化?
残りの戦力でこの魔族を倒す?
「ワカバ、攪乱を頼める?」
一瞬目を大きく開いた後、コクっと大きく一回だけ肯くワカバ。
その言葉は気絶しているラークの代わりをして欲しいとの意味だ。
いかにマルボの叡智が注ぎ込まれたアーサーヴィルを使えるとしても、目の前に現れた魔族は先程まで戦っていたサルワ以上の脅威を感じる。
戦闘で人が死ぬ。
ワカバにとってはどこか他人事のように思っていた。
仲間が強すぎて実感できなかったのである。
今目の前で仲間のマティとラークが倒れた。
初めて死の恐怖を実感する。
この状況でラークの代わりをしろという言葉。
自分に出来る訳が無い。
しかしやらなければ確実に死ぬ。
一瞬葛藤があったが、意を決して肯いたのだ。
「ありがとう」
そう言うとマルボはアーサーヴィルから飛び降りラークに向かって走る。
「させん!」
両手を使いキャメルの攻撃を防いでいるガイオーはマルボを睨む。
一瞬ガイオーの目が光り、マルボは岩場まで吹き飛ばされた。
「ぐっ!……うっ……」
岩に背中を打ち付けたマルボは息が出来なくなった。
「な、何が……」
マルボの頭には疑問しか浮かんでこない。
何故?
どうして?
何が起きた?
急に吹っ飛ばされた?
魔力は一切感じなかった。魔法じゃないのか?
呼吸が落ち着いてきた。
「大丈夫ですか!?」
ケントの声が聞こえた。
マルボは痛みを堪えつつ立ち上がる。
「あぁ、なんとかね」
何とかラークの近くまで来る事が出来たマルボはラークの傍に座り込む。
ここまで来れればケントが守ってくれる。
だが、キャメルの攻撃が止まってしまった。
「ハァハァハァッ」
キャメルが息切れしている。
精霊の力を使っているとはいえ、キャメル本人の魔力・体力も多少は使うのだろうか。
ガイオーはその期を逃さず左手をキャメルに向ける。
正体不明の衝撃波。
すかさずドライアドとウンディーネが防御結界を張るが衝撃でかなり上空に飛ばされてしまった。
今度はブロードソードを抜きケントに向かってくる。
「ラーク!起きて!ラーク!」
マルボはラークに声を掛けながら回復魔法を掛ける。
ケントは盾を構えガイオーを待ち構える。
ケントは正面から受け止めるのではなく、衝撃の瞬間盾をずらして受け流すつもりだった。
上段に振りかぶったガイオーは袈裟斬りを仕掛けてくる瞬間、目が光る。
「なっ?」
ケントの体が硬直し、ガイオーの剣と盾が正面衝突した。
バーンッ!という音とともにケントの盾が砕け散ってしまう。
またも上段に構えたガイオーに対し、戦斧で応対するケント。
そこにガイオーに向かって熱線が飛んできた。
アーサーヴィルの砲身から放たれた熱線である。
「ちぃっ!」
ガイオーが両手で受け止める構えをすると、熱線はガイオーの30センチ程前で止まる。
ケントが戦斧でガイオーに切りかかるが、またもガイオーの目が光り熱線が消えた。
ガイオーは地面に突き刺したブロードソードを抜きケントの攻撃を受け止める。
後方に先程消えた熱線が出現し、後ろの木を燃やした。
マルボはラークに回復魔法を掛けながらガイオーから目を離さない。
既に思考は切り替わっている。
ガイオーの能力がどのような原理であるかは分からない。
だが、原理を追求している暇はない。
ただ、目の前に起こっている現実を受け入れて対策を練るしかないのだ。
「目が光ると何かが起こる。目を光らせるのにインターバルがありそうだ……」
ラークに回復魔法を掛けながら、マルボは呟く。
「熱線を手前で止めた技は正体不明の衝撃波と同じ技か……目の光とは関係ない……」
「避けたって事は熱線は直撃すればダメージはあるはず……」
ラークの回復は終わった。後は目が覚めてくれれば……。




