037 壱章 其の参拾漆 マティのツンデレ初体験
「ベル兄ご機嫌だね」
「大剣貰って浮かれてるじゃーん」
「ウケる~」
港町に向かうムサシ達、ずっとニヤニヤしているベルモートの姿を見て犬娘三姉妹がコソコソと話をしている。
なんだかんだ言っても、三姉妹も悪人ではないので、一応お世話になっているベルモートが嬉しそうな顔をしているのは嬉しいのだろう。
ムサシは少し先行してベルモート達が走りやすい道筋に誘導し、魔物が出たら瞬殺し離れすぎると待つという走りを行っていた。
ムサシは魔力を抑えながら走るという訓練も兼ねているため、そこそこ魔物が発生してしまうのだが、移動速度に影響は出ていないようである。
若干、魔物を引寄せてしまい、その命を絶つのであるから多少罪悪感があるのだが、魔物は人間に意味なく敵対心を持ち食物連鎖に影響しないから気にしないようにマルボからは言われている。
森で暮らしていた頃のムサシはあまり魔物に遭遇しなかった。
解放の儀式をする前なので魔力が無かったはずなのに。
母であるアマルテアのおかげだったのだろうか?と考えるムサシである。
といっても、ムサシの感覚なのでそれなりには魔物に遭遇して瞬殺されていたのだが……
「少し急いでも大丈夫でござるか?何か胸騒ぎがするでござる」
「大丈夫です。私もこいつらもまだ着いて行けます」
「えーっ!」
「マジー?」
「ウケるー?」
「かたじけないでござる」
三姉妹の反応は無視されスピードを上げる二人である。
◆◆◆◆
「3匹全部いるな」
「3匹一緒はやっかいだね」
「声出しちゃ駄目よ。キャメル」
キャメルはワカバに言われ口を抑えている。
ラーク達は山頂近くのキオンジーがいるという場所の近くにいた。
周りは岩が多く少し平地がある。緑は少ない。
奥の方に洞窟がある。キオンジーの住処なのだろうか。
ラークの感知スキルで3匹が同じ場所にいる事を確認し作戦を考えている。
「私が引き付けますか?」
「3匹相手はちょっと危険度高いな」
ケントの進言をラークが却下した。
「よし、ここはワカバと僕に任せてもらおう」
マルボはアーサーヴィルのところに行きワカバに説明をしている。
「じゃ、カイザーモードに変形したらサポートシートを開いて。僕も乗り込むから。あ、叫んじゃダメだよ」
「はい」
小声でキオンジーに聞こえないように会話をするマルボとワカバ。
何かが起こるのかと思いエルフの勇者マティはアーサーヴィルをじっと見つめている。
「目覚めよ、英雄王アーサーカイザー」
小声で呟きボタンを押すワカバ。
シャウト効果も無いであろうこの声掛けは必要なのだろうか?
アーサーヴィルは人型へと変形した。
「な、なんだべーーっ!」
マティが声を上げてしまい咄嗟に全員で「しーっ」と合図をした。
「気付かれてない?」
マルボが引き出されたサポートシートに乗り込みながらラークに聞く。
「大丈夫そうだ」
ラークは感知スキルで確認して答えた。
「この距離ならギリギリ射程範囲内のはずだ。照準に2匹入る?」
「はい!2匹は照準に合っています」
「僕の攻撃に合わせて2発撃って」
「はい!」
言い終えるとマルボは魔法を唱え始めた。
上空に超高熱領域を作り出した。
「俺は久々に見るな」
ラークが呟く。
「シャウト効果も乗せてみるよ」
「マルボ……」
「ビィィィームッ!」
「発射!!」
超高熱領域から放たれた熱線と同時にアーサーヴィルの砲身から2本の熱線が放たれた。
なお続けて言ったワカバの「発射!!」にはシャウト効果は掛からない。ノリである。
3本の熱線は瞬時にキオンジーの胴体を貫き、キオンジー3匹は絶命した。
アーサーヴィルが放った熱線もマルボビームと同じ原理のようである。
「あ、あんたら本当に何もんだべ……」
マティは驚いている。
ラークはマルボの方を振り向いて言った。
「だせぇ」
マルボはその場でうなだれた。
◆◆◆◆
ラークはまだ周辺を警戒している。
山頂に近い付近の洞窟、格好の隠れ家でもある。
ただの洞窟か。
キオンジーの住処なのか。
魔族が拠点にしているか。
ラークは洞窟に目を向ける。
「感知スキルはどうなの?」
マルボは洞窟が気になっているラーク聞いた。
「手前に魔力を持つものはいないな。マルボはどうなんだ?」
「僕の探知魔法ではこの洞窟の中の状態は分かり辛いかな。上下の高低差が結構あるみたいだし」
「入ってみますか?魔族が拠点にしてるなら何か痕跡があるかもしれません」
「魔族の痕跡があれば、罠を仕掛けて戻ってきた時に酸欠とか毒霧とか洞窟ごとドカーンとか色々出来るよね」
「……」
マルボの発言は正論ではあるが、ラークの倫理観にそぐわない為か沈黙していた。
「まぁ、流石にね。僕ら魔族と共存主義だからせめて正面から戦いたいよね」
それはそれで甘すぎる気もするラークであった。
「この大きさだとアーサーヴィルは入れないね。 さらに戦力分散するのも危険度が増す。 僕はここで撤退を進言するよ」
「私もマルボさんの意見に賛成です」
マルボに続いてケントも答えた。
「俺だけ少し入ってみるのはどうだ?」
「言うと思ったよ」
ラークと付き合いが長い分、考えている事は大体分かるマルボである。
「いいよ。 でも無茶しないでよ。 ラークの感知スキルなら危険にはすぐに対応が出来るだろうけどさ。 後、すぐに戻ってこれる位置までだよ」
「あぁ、わかってる」
「あのぉ、オラも一緒に行っていいべか?」
マティが聞いてきた。
「ん?なんで?」
「いや、オラ達エルフはあんたらに世話になりっぱなしだべ。 洞窟の探索くらいなら手伝えるだよ」
「この洞窟に入ったことは?」
「こんなに山頂の方まで来たことはねぇから入った事はねぇ」
マティの身のこなしは昨日も見ている。 ここまでの移動も申し分なかった。 足手まといにはならないだろう。
とラークはマティを見ながら考えていた。
「へ、変な事はしねーべ?」
ラークの視線に気づき半身に身構えながら言った。
「ブッ」と吹き出すマルボと苦笑いのケントにラークは呆れていた。
「じゃ、2人でデートしてきなよ」
マルボが茶化しそれにワカバが超反応をする。
「着いてきたかったら後から着いてきな」
ラークは先に洞窟に入っていった。
「キャーー!これがツンデレですか??」ワカバが大興奮している。
どこでツンデレを覚えたのだろうか。
マティがどうしたらいいかキョロキョロしているとマルボ達は行っておいでと手を振っていた。
少し笑顔でマティは洞窟の中に入っていった。
「さてと、それでは……」
見送ったマルボは洞窟前の広場になっているような平地に手書きで地面に魔法陣を書き始めた。
「何をしてるんですか?」
ワカバが不思議に思って聞く。
「こういう時はね、強い敵が出てくるって事がよくあるんだよ。 だからトラップ魔法を仕込んでおく。 敵がこの上に乗ったら僕が発動させる罠かな」
一通り魔法陣を書き終わるとマルボは胡坐をかいて座り込み魔法陣を展開させた。
マルボの探知魔法である。
マルボはこの探知魔法を傾け、そして回転させはじめたのだ。
これにより時間差はあるが立体的に探知が出来ることになる。
「凄い人だわ……」ワカバは感心していた。
今朝、ムサシと早朝から練習していた魔法であった。
ワカバはマルボの事を出会った時点ですでに世界最高峰の魔法使いだと認識している。
だが、世界最高峰にもかかわらず日々精進する事を怠らず、新しい魔法を作ったりしている。
ケントもしっかり周りを警戒しているようだ。
ラークは小走りで洞窟の中を進んで行った。
感知スキルで状況をみながら後から着いてくるマティも気にしている。
時折、この辺りは濡れているから滑らないようにとか、段差があるから気をつけろと声を掛けるのである。
このラークという男、天然のツンデレである。
ラークに自覚は無いのだが、このように普段クールだが時折優しさを見せるツンデレはギャップ効果で『本当は優しい人なんだ』と思わせてしまうことがある。
そして、エルフは基本正直者なので里にツンデレはいない。
他の事は喋らないくせに時折優しく気を配ってくれる初めて見るツンデレにマティは気になりだしていた。
本当は優しい人なのだろうか? 優しい人ならばとちょっと試してみたくなる。
マティはラークに話しかけてみた。
「なぁ、あんたら何であんなに強いんだ?」
「……」
答えてくれない事に少し肩を落とした。やっぱり優しいわけではないのかと……
「俺達は転生者だ」
はぁ!やっぱり優しいんだべ!と顔を上げるマティ。
その間がいけないという事が分からないのだろうか。 天然ツンデレどころではない。 この男は天然ジゴロである。 本人に自覚はない。
「転生者!聞いた事あるべ!他の世界から来たって!」
もう、マティにとってラークは優しい人にしか見えない。
「羨ましいべ……」
「……」
「……」
再び会話は途切れてしまった。
しかし、泥沼(幸運?)にハマっているラークは間をおいて喋る。
「何が羨ましく感じるんだ?」
一番聞いてはいけない(聞くべき?)事を聞いてしまうラークである。
それを聞いてはもう後戻りが出来ないであろう。
「ん、前の世界でも色々な所を見てんだべ? 旅をしてるから今の世界でも沢山の景色を見てるんだべ? それが羨ましいだ」
「どういう事だ?」
「オラ、生まれてからこの山を下りた事がねぇ。本当は色々な所を見てみてえんだ」
マルボがいたらテンプレだなぁと呟くであろう。
「いつか外にでれたらいいな」
ちょっと期待と違う答えに少し肩を落とすマティ。
しかし天然ジゴロのラークはここで終わらない。
「その時は一緒に冒険するか?」
笑顔でマティを見ながら言ってしまうラークである。これはマズイやつである。
「ほ、本当か!?オ、オラ、本当はもうすぐ外に出てもいいって言われてたんだ」
エルフの里では、ある程度の強さがあれば外に出てもいいと言われているそうだ。
試験があり山に生息するアースドラゴンを倒すと外に出る資格が得られるそうである。
そんなのがいるのか……とラークは思い、やはりベルモート達にムサシを同行させて良かったと思いつつ、マティが一生懸命話ているので話を遮らずに聞き続けた。
そのアースドラゴンを先日倒したのだが、山にキオンジーが出現したため保留になってしまった。
勇者である事も懸念されるが、世界の人々に愛を与えるのも勇者の使命である。
里のエルフ達もいずれはマティは旅に出なければいけないと考えているのである。
キオンジーを倒したからもう外に出られるかもしれないという話をしたところであった。
何かを察しラークが止まれと手で制した。
しかし、その仕草が「俺がお前を守る」仕草に見えてしまったのでマティの脳内は大変なことになっている。
洞窟内に光が差し込んでいる箇所を見つけ、そこに進むと岩壁に開いた穴を発見した。
穴から何かが現れた。
小さなおじさんであった。
「あ、ノームか」
ラークが言ったノームとは土の精霊である。
勇者が近くに来たので出て来たようだ。
土魔法を操るノームは是が非でもキャメルの精霊石に宿したいとラークは考えていた。
防御魔法や結界魔法が強力で、強化魔法も土魔法である。
今回はマティに譲るしかないかとラークは諦めた。
「勇者様、どうか私と契約して貴方様の精霊石に宿らせてください」
「え、はい」
状況が分からず声を出してしまったマティ。
土の精霊ノームは霧状になってC.Aのネックレスに宿った。
何故か精霊との契約は最初だけらしい。 キャメルの精霊石には勝手に精霊が増えている。
「なんだったんだ。今の?」
「あぁ、お前の精霊石にノームが宿ったんだ。これでノームが力を貸してくれるぜ」
「そっだらことあるべか???」
マティは勇者が精霊の力を使える事を知らなかったようだ。
「良かったな」と笑顔を見せるラーク。
この瞬間、マティは恋に落ちるという経験をしてしまった。




