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033 壱章 其の参拾参 達成の為の覚悟

 山を駆け上がるラークが並走するムサシに声を掛けた。


「しっかり着いてきてるな」

「あの巨体で拙者達に着いて来れるとは、やはりマルボ殿は天才でござる」

「操縦しているワカバも大したもんだ」


 ラークとムサシを追いかけるワカバが操縦するアーサーヴィルはかなりの速度を出している。

 本来、ラークとムサシは直線距離を駆け上がればもっと早く進めるはずである。

 しかし、木々や大岩などの障害物を巨体のアーサーヴィルでは避ける事が出来ない。

 故にラークとムサシは瞬時に判断して迂回をしながらアーサーヴィルを誘導して進むという、効率の悪い進み方をしている。


 直線距離を走るだけならラーク・ムサシの方が速いであろう。

 だが比較対象が人外なだけでアーサーヴィルのスピードは充分過ぎる程である。

 このスピードにキャメルはジェットコースターに乗るかのように「キャーキャー」喜んでいる。

 操縦しながら「楽しいねー」と相槌を打つワカバはやはり大物なのだろうか。


「あの木だな」


 この山林のドライアドと会う目的地である、巨大な樹が見えてきたのである。


「む?拙者は近寄ってはならぬでござるか?」

「いや、精霊がムサシを見ると怯えるからここで俺と待機な」


 精霊は何故かムサシを恐れる。

 人間が嫌いな精霊ではあるが、ただ嫌いなだけで普通の人間を恐れはしないのだが、なぜかムサシが近くに来ると震え出すのだ。


 その事をラークがムサシに話すと、いままで気付いていなかったらしい……


「拙者、何度かグリーンヴィルの森でドライアドと会っているのでござるが……」


 言い伝えでは精霊は人間を嫌い特に強い者を嫌うと聞いた。

 だが、ラークとマルボの見解は《強い魔力を持つ者》が嫌いだと判断した。


 マルボはおそらく普段無意識に出している魔力の波長によるものではないかと考察している。

 今後その研究もしていくと言っていたが、ムサシに教えるには難しいので簡単に言う。


「解放の儀式すると勇者以外は嫌いになるっぽいぞ」

「なるほど、そういう事でござったか」


 納得した……


 ラークは自分の魔力もドライアドは嫌がると思いキャメルとワカバに質問するメモを渡して2人に頼んだ。

 2人がドライアドに聞いてくれた内容は以下の通りであった。


 まず森には確かに強すぎる魔族が存在し、3人はいるとの事だ。

 どの程度の強さかどんな容姿かは分からないとの事。

 強すぎる魔力で近づきたくないから見ていないらしい。


 強すぎる魔族以外に仲間はいるかどうかは別に2つほどの反応を感じたとの事。

 ここでどうやってドライアドが察知したかをラークなら聞くのだが、メモにはそこまで書かなかったので期待していなかった。


 だがワカバはしっかり聞いていてドライアドは魔力を感知したそうだ。

 魔力を放出していない生物はこの世界に少ない。

 例外は解放の儀式を受けていない人間と魔物ではない動物だけである。

 動物も解放の儀式を受ければ魔力を放出するらしい。

 どちらにせよ、魔力が無い者であれば脅威ではない。

 解放の儀式を受ける前のムサシの強さでも脅威の存在だが、流石にそんなのはいないだろうと考える。


 つまり警戒すべきは3人と得体のしれない2つの存在。


 その魔族は何を目的としているかという疑問に関しては分からない。

 ただ、ずっと動き回っているので何かを探しているのではないかとドライアドの考えらしい。

 その魔族は魔神の血は飲んでいるか?という問いには時折魔神と同じ波長を感じる。

 血を飲んでいるかどうかは分からないが可能性は高いと。


 この森に魔神はいるか?に関しては『いない』であった……

 グリーンヴィルの森のドライアドは魔神ヘカトンケイルが近づいていても分からなかったのに、何故ここのドライアドは分かるのか。


 『いない』と答えたら質問するようにラークは言っていたのでワカバが聞いたところ、この森には勇者がいるので力を授かることが出来るとのこと。


 確かにヘカトンケイルの時に見せたキャメルのドライアドは凄かったので納得できなくもない。


 次にエルフに関して

 里はある。

 エルフの勇者はいる。

 先の、森に勇者がいるというのは、このエルフの勇者である。

 エルフの里はここから近い。

 やっかいな魔物が森に現れエルフの里は魔法で見えないようにしている。


 自分達はエルフの里に行けるかという質問は、ドライアドがエルフに話を通してくれるので里の場所に行けば大丈夫だと。

 ただし、必ずキャメルを連れて行くように念を押されたらしい。

 エルフ側にはキャメル以外に用事は無いのだと。

 エルフの里にしばらく泊めてくれないだろうかと聞くと、キャメルがいればおそらく喜んで泊めるだろう。 ただし仲間は10人程度が限界だろうとのことである。


 ドライアドが宿れる神樹が里にもあるので、そこでもドライアドが出現できるから是非またキャメルと会いたいという。


 最後に魔族はエルフの里を探していないか? という質問には可能性はあるとの事、ただし現在は魔族達はかなり離れた地点にいるので遭遇はしないだろうと。


「これで圧倒的な地の利と、魔族の動向が今後も分かるな」


 ラークはそう言ってマルボ達をこの場所に呼びに1人でマルボ達の元へと向かった。

 ムサシとワカバとキャメルはこの場所で待機していることになった。


 ムサシ達がいる神樹付近は森が途切れ、平地に近い斜面が草原帯のようになっている。

 花も多く花に囲まれた神樹は一際美しく見える。


「キャメルーっ、遠くにいっちゃダメよーっ」


 花畑のようになっている草原帯で遊んでいるキャメルにワカバは声を掛けた。


「で?ムサシの相談って何?」

「ふむ、ワカバは操作が得意でござるから、魔力の操作もできるのであれば教えて欲しいでござる」

「え?あぁそういう事ね!」


 ムサシの恋の悩みかと思ったが違ったようだ。


「でも、私、そもそもの魔力量が少ないから魔力強くしても差が分からないのよね。」

「いや、強くするのではなく、弱くしたいのでござる。理想は消したいでござる」

「え?そんな事してどうするの?」

「拙者、解放の儀式を行なってから精霊に嫌われるようになったでござる。儀式の前後で違いがあるのは魔力があるかないかの差だと思うのでござる」

「え?精霊の誰かが好きなの?ドライアド?ウンディーネ?」

「む?」


 ラークがいれば突っ込んでくれたであろう噛み合わない会話は暫く続いた。


 その後ワカバは自分で魔力の操作が出来るか試してみた。

 強弱は出来ているか分からないが消す事は出来た、が他人に説明するのが難しい……


「イメージ的には、汗を止めるって感じかな……汗止めれないけどね」

「それなら出来るでござる。やってみるでござるよ」

「へ?」


 ムサシは目を閉じて魔力を下げる練習をはじめた。


 すぐ出来た。出来てしまった。


「ふむ、出来たでござる」

「へ?」


 ムサシから魔力が完全に消えた。


 すぐに出来たからといって才能があったわけではない。

 ムサシは毎日のように瞑想を数時間行なっている。

 瞑想も鍛練である。

 日々の努力は身を結びムサシの瞑想は《無》に近付きつつあった。

 この瞑想の技術と同じ要領だったからすぐに出来たのであり、決して簡単にできることではない。


「ふむ、だが長く行うには鍛練が必要でござるな」


 そのまま目を瞑り魔力を消す鍛練を続ける。


 ワカバはムサシを見て思うのである。

 おそらくムサシはこの世界で人類最強である。

 しかし、毎日のように何か鍛練している。

 最強に溺れる事なく日々の鍛練を怠らない。

 いまだに毎日素振りをするし、体捌きの為の型の練習もすれば、瞑想もする。


 自分は今までこれほどの訓練をしてきただろうか。

 思えば幼馴染6人と冒険者になると決めてから、人一倍訓練はしてきた。

 してきたつもりだった。


 ムサシの1/10も訓練していない。

 ムサシだけでなく、ラーク、マルボ、ケントも日々の鍛練を怠っていない。


 自分より遥か高みにいる人が、自分以上に鍛練をしているのだ。

 自分は何もしていないに等しい。

 マルボから力を授かっただけである。


 ワカバは唇を噛み締めていた。

 今までの自分が甘かった事に気付いての事だった。


「覚悟でござるよ」


 何かを察してムサシの口から自然に出た言葉である。


 実際はワカバは日々鍛練をしている。


 だが、ワカバの動機は誰かに認めて欲しい。

 いい子に見られたい。

 頑張ってるねって思われたい。

 そういった他人からどう見られたいかが原動力となっていた。


 ムサシの一言、「覚悟でござるよ」それは絶対に何かを成し遂げる為の覚悟。


 必ず強くなる。

 絶対に成長する。

 確固たる意思の強さを持てという意味である。


 これに気付けたワカバは素晴らしいのである。

 それは、出来ない自分を認める事ができた結果なのだ。

 ありのままの自分を受け入れる事が出来た結果なのだ。


 ワカバは立ち上がりその場で体捌きの訓練を始めた。


(ラークさんに武道の型というのを教えて貰おう。 もっと頑張らなきゃは駄目なんだ。 もっと強くなるが正しいんだ。 型をしながら魔力のコントロールをしたりも出来る。 出来る事を考えなきゃ。 マルボさんはいつも工夫をしてる。 練習方法だって効率よく考えなきゃ。 私は、強くなるんだ。 冒険者として生きていくって決めたんだから)


 ワカバの中で何かが変わった瞬間であった。

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