003 壱章 其の参 宮本武蔵を追いかけろ
人気の無い街の外れでラークはムサシに追いついた。
「やっと捕まえたぜ」
ラークが声をかける。
「……」
ムサシは無言のまま立ち止まった。
いつの間にかどこで拾ったのか、木の棒を持っている。
「なぁ、話を聞いてくれないか。俺に敵意は無いし怪しいもんじゃないって」
「目はそう言ってない」
ラークに敵意は無い。
怪しい者でもない。
はずだった。
ムサシの戦いを見て、そして道中の動きを見て、ラークは確信した。
この少年は間違いなく宮本武蔵だと。
悪い奴でもなさそうだ。
出来れば仲間にしたい。
それと同時にどれほど強いのか、自分とどちらが強いのか知りたい気持ちがはやってしかたなかった。
ニヤリと笑みを浮かべながらラークは喋る。
「あぁ、さっきの見たら目的とは別に気持ちのスイッチは入っちまう」
「冒険者は嫌いだ。用事は無い。」
向かい合う二人に緊張が走る。
ラークは昨晩寝る前に考えていた。
ムサシがいい奴だったら仲間に勧誘しよう。
ラーク達の旅の目的には一人でも強い冒険者がいた方がいい。
それに時代は違っても同じ日本の転生者は気が合うものだ。
だが、悪人であれば場合によっては戦う事になるかもしれない。
宮本武蔵と戦う。
前世では到底敵わないであろう。
しかし異世界で冒険者として鍛えたラークの戦闘力は前世の比ではない。
生涯真剣勝負60戦無敗とも言われる宮本武蔵の伝説。
400年の時を経て、異世界にて無敗の伝説を塗り替えるのが自分かもしれない。
そう考えるだけでラークの血が熱くなる。
どうやって戦うか、シミュレーションを長々と繰り返していた。
いざ、対峙したらスイッチが入ってしまうのは仕方ないことかもしれない。
向かい合う二人は戦いの構えへと変わっていく。
ムサシは木の棒を両手で握り右脚を前に出す。
剣道でいう正眼の構えだ。
対してラークはやや前傾気味に構える。
右手には短剣を抜いている。
猫のように身を低くしていつでも飛び出せる姿勢だ。
ムサシはラークを見て只者ではない事を悟る。
「なぁ、達人は剣を交えると理解しあえるって言うよな。俺の事を知ってもらうには戦ってみるのがいいのか?」
笑みを浮かべながらラークは問いかけた。
「……」
ムサシは何も答えない。
「怪我をさせるつもりはねぇ。お前の強さを知りたいだけだ」
同時にラークは地を蹴った。
一瞬で間合いに入り短剣を振るう。
ムサシの木の棒とラークの短剣がぶつかり合った。
かに思えた。
ラークの攻撃はムサシの木の棒にいなされたのだ。
体勢を崩されたラークはとっさに後ろに跳び間合いをとる。
ムサシの返し刀が前髪を掠める。
「嘘だろ…」
傷一つついていないムサシの木の棒を見て驚きの声をあげる。
ラークの持つ短剣は良質のもので切れ味が鋭い。
ラークのスピードと技術があれば木の棒など軽く切り落とせるはず。
傷一つついていないという事は短剣の刃の角度まで見極めていなしたのだ。
「……」
ムサシは木の棒を構え直し、ラークを見据えている。
「こりゃ次元が違う」
ラークは両手を上げて降参のポーズをとった。
ムサシは転生者でチート持ちなのは間違いない。
だが、それだけではない。
宮本武蔵として積み上げてきた鍛錬の賜物だろう。
「ちょっと、何してんの?ラーク!」
後から追いかけて来たマルボが叫ぶ。
「こいつ、めちゃくちゃ強いぜ」
「えぇー!?そういう事じゃないでしょ!」
「おい、ムサシ、お前、宮本武蔵だろ?」
ラークの発言に流石のムサシも目を丸めた。
「……なぜ、その名を知っている?」
「やっぱりそうなんだな!」
ラークは嬉しそうに笑う。
「俺もお前と同じ転生者だよ。ま、お前が生きてた時代よりずっと未来から来てるけどな」
「俺の名前はラーク。こっちがケントで、こいつがマルボだ」
「……」
「因みにこの二人も転生者だ」
ラークはムサシに自分達の素性を明かした。
「……それで?」
ムサシは警戒を解かない。
「俺はお前を仲間にしたいんだ」
「断る」
即答だった。
「いや、ちょっとは話聞けよ」
「断る」
「日本人同士の話も盛り上がるぜ」
「断る。冒険者は嫌いだ」
「なんでだ?」
「冒険者とは名ばかり、力に任せ他人を傷つける」
「確かに、冒険者は荒くれ者が多い。でも、そんな奴らばっかりじゃないぜ」
「……」
ムサシは無言のままラークを見る。
「俺は、俺たちは違う。困っている人を助けたいし魔物も倒す。それに、悪い奴を捕まえたりもする」
「今生では剣と違う道を歩む」
「……」
今度は三人が黙ってしまった。
「でも、ムサシ、お前、晩年には絵画とか工芸品とか囲碁とかもやってるよな?」
「それは……」
「前世も剣の道だけじゃなかったんだろ?」
「……」
「別に前世と同じようにしろって言ってるわけじゃねぇよ。ただ一緒に旅したり戦ったりしないかって話だ」
ムサシはしばらく黙考する。
「無理だ……」
「何か他に理由があるのですか?」
ケントが尋ねる。
無言であらぬ方向を見つめ、三人に視線を向けるや、背を向け歩みはじめた。
「おい、ムサシ!!」
ラークが呼び止めるがムサシは振り向かず立ち止まることもなかった。
「今のって、ついて来いって事かな?」
マルボが呟いた。
「追うぞ!」
ラークがムサシの後を追い歩き始めた。
「はい!」
「うん!」
2人もラークに続いてムサシの後を追った。
◆◆◆◆
「マジで速いなあいつ」
「追いつけない……」
「なんて脚力なんだ……」
街を出て森の中を駆けるムサシを追いかけながら話をする3人。
この世界ではジョブという適性ステータスが存在する。
何故人々の適性ステータスがジョブ=仕事と呼ばれるのか?
ジョブには戦士だ魔法使いだといったものがある。
冒険者が仕事なら分かる。
戦士や魔法使いは冒険者の役割なら分かるがジョブではないのではないか?
ケントは不思議に思うのだが、マルボは「テンプレ、テンプレ」と喜びラークもそれに頷くのである。
ジョブは生まれながらにして決まるものらしい。
解放の儀式を行うことでジョブが発現する。
どこの家でも子供が5歳になると解放の儀式を行いジョブが発現する。
5歳にして何をすれば成功しやすいか、その才能が分かってしまう。
自分が進みたい道を選んでこその人生。
流れに任せるのも人生。
人生の道がある程度決まってしまうこの世界のシステムは幸せなのか不幸なのか、異なる世界の記憶を持つ3人には分からない。
しかし、この世界の住人にとっては普通の事なのだ。
ラークのジョブはトレジャーハンター。
感知能力や俊敏性に長けていて宝探しや山を駆け巡る能力に秀でている。
戦闘能力も高くまさに冒険者向きと言える。
マルボは大魔法使い。
魔力が高く魔法の威力が高い。
回復魔法も使えるためヒーラーとしての役割も果たせる。
通常、魔法使いは身体能力は優れてはいないが、転生者であるマルボは基礎ステータスが高くそこそこの身体能力も併せ持っている。
ケントはタンク型戦士。
防御力に優れ盾役をこなす。
武器は戦斧。
普通両手で扱う大きな斧だが、ケントはそれを片手で扱える程の腕力を持つ。
そして空いた左手には大きな盾を持つのである。
普段はその戦斧と盾を背負っている。
『タンク』が何故『盾役』なのかとケントが疑問に思うといつも「テンプレ」とマルボは笑うやりとりがよく行われる。
森の中を駆けるムサシを追う3人。
ラークはともかくケントとマルボはかなり息が上がっている。
「ハァ…もう…ダメ…」
マルボはへたり込んでしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「私も…長距離は…苦手です…」
「仕方ねぇなぁ…」
ラークは立ち止まりムサシを視線で追いかけていた。
「どうやらちょうど終点のようだぜ」
ムサシが洞窟の中に入って行くところだった。
「よし、俺達も行こう」
「はい……」
「無理!ちょっと休ませてぇ!」
「じゃあ、ちょっと休んでろ。俺は洞窟の様子を見てくる」
ラークはそう言い残すと一人で洞窟の中に入っていった。