029 壱章 其の弐拾玖 夜間探索を決行せよ
チョパイ
トリカランド共和国に属する孤島で、港街リゾットの北西に大海を跨いで位置する。
ラーク達を乗せた船はチョパイの港に寄港した。
ゲーム後の犬娘三姉妹は、マルボの口車により、少し真面目に訓練に向き合った。
マルボの口車は自分達がこれだけ動けるのは、ムサシの『二天円明流・奥義 抜重』を会得したからだ。
資質のある君達ならすぐに会得できるだろう。と『ゲーミフィケーション』を利用したのである。
ゲーミフィケーション
プロジェクトにカッコいいネーミングをつけたり、ミッションを冒険やクエストに見立てたりすることで、参加者にとって魅力的で面白い要素を追加し、取り組みをより楽しく、やる気を引き出させる手法である。
ただ訓練を行うより『二天円明流・奥義 抜重』を伝授されると言われれば、やる気も起きるものである。
今後も真摯に向き合ってくれればいいのだが…
チョパイは孤島と言っても周囲450キロメートル程ある島で、東西南北を角にした四角形に近い形をしている。
島の中心には標高500メートル程の山があり、その山を中心に東西南北に港街があるという作りになっているようだ。
山を中心に広く美しい森林に覆われており奥地は未開という事なので、山頂に辿り着いた者はいないだろう。
「なるほど、奥地には行けないはずだ」
船から一番最初に降りたラークが港で地図を見ながら山を見上げ納得していた。
「平面で考えても中心地まで約80キロメートル。奥の方ほど魔物が多そうだから一般の人は1日で行って帰ってこれない。野宿も危険だから奥地は未開ってことだね」
マルボも納得して山を見ている。
「そうでござるか?」
ムサシなら1日で、いや半日で、いやすぐ行って帰ってこれそうだが(いや、ムサシ基準で考えないでくれ…)
と、苦笑いしつつ心の中で突っ込んだラークである。
ガガガガ
高速船の馬車デッキが開き中からアーサーヴィルが出て来た。
連結された荷台を改造したキャビンはデッキに置いてきたようだ。
「すいません。相談なく荷台は外してきましたが良かったですか?」
「探索には使えないからグッジョブだよ、ワカバ~」
「あぁ、言い忘れてたな。気が利くなワカバ」
マルボとラークに褒められて頬を赤らめるワカバである。
アーサーヴィル初めて見た乗員達は異質な乗り物を見て騒いでいたが、それも無視するようにして港町に入って行った。
到着は朝の予定だったが航路を予想以上速く進み予定日の前日の夜に到着した。
実は、マルボが船内探索をした際、至る所にインクで魔力回路を書き込み船のスピードを上げたのである。
船は大きな魔石から出される魔力をエネルギーにしているので、魔石周りに魔力回路を書き込むと性能が上がるのである。
夕食は船内で取っているので宿屋に行くだけだ。
明日の朝ラーク達一行が島内探索に入り、その翌日から本隊がクエストを開始する予定である。
ベルモートと犬娘三姉妹は明朝合流する事になり、ベルモート達は今晩船でもう一泊する事になった。
◆◆◆◆
「いや、それは駄目だ」
「そうでござるか」
宿屋にて、ラークとムサシが会話をしていた。
ムサシが今から奥地の探索に行かせてくれないか申し出たのだが、却下されたのである。
ムサシ一人で探索をするのに危険の心配はない。
魔族が先にムサシを見つけた場合警戒されてしまう事をラークは懸念したのであった。
「魔族に探知スキル持ちがいたら確実に警戒されるからな。明朝数人で探索した方が確実だ」
「ふむ、いや仕方ないでござるな」
渋々ではあるが理解を示したムサシであったが「納得行ってないようだね」とマルボが苦笑いしながら言う。
「明日からの探索、少しでも危険を減らしたいんですよね」
ケントが続けてフォローを入れる。
「うむ。拙者魔族との接触は考えていないでござる。立地と魔物、その他に危険なモノの有無が知りたいだけでござるよ」
「ラーク、僕から提案があるけどどうかな?」
「ん?なんだ?」
「僕の探知魔法にラークの強化魔法を乗せればかなりの範囲で探知できると思うんだよね」
「ムサシの探索に俺とマルボがフォローで着いて行くって事か?」
「そう。多分数キロ先まで範囲が拡がると思う。精度は落ちるけどこの連携は明日以降も役に立つから実験も兼ねて試してみたいんだけどどうだい?」
「ほぉ。悪くないが、それなら逆にムサシ抜きで俺とマルボだけの方が効率良くなっちまうぞ」
「それは僕の危険度が上がっちゃうんで勘弁して貰えるとありがたいかな」
「ハハッ、その強化探知魔法ここでも出来るから今どのくらい範囲が拡がるか試してみるか」
マルボは床に手を置き魔法陣を発生させた。
魔法陣が一瞬で拡がっていく。
「よし、じゃあラーク、強化魔法を流して」
「了解だ」
ラークが魔法陣に手を置き強化魔法を流す。さらに魔法陣が拡大して行った。
「くっ!」
マルボが辛そうな表情を浮かべた。
「大丈夫か?マルボ?」
「うん、情報量が多すぎただけ。知覚対象を絞ったから大丈夫だよ」
マルボは知覚する対象の音や熱をシャットダウンさせ魔力のみに絞ってみたようである。
「凄いな。半径5キロメートルくらいに拡がってるよ」
「凄いでござるな。拙者にも何か手伝えないでござろうか」
「ムサシはまだ魔法使えないからね。強化魔法は比較的簡単な魔法だから……あっそうか!」
マルボはまた何か閃いたようである。
「ムサシ、木刀を介せば強化魔法を流せるよ」
「おお!左様でござるか!」
ムサシはマルボに聞きながら木刀を魔法陣に近づけ、魔力を木刀に流した。
「そう、そのまま剣先から魔力を押し出すイメージで」
「押し出す……こんな感じでござるか」
ドンッ!
「うわっ」
「どうしたマルボ?大丈夫かっ?」
急に驚いて尻餅をついたマルボにラークが声をかける。
「マルボ殿、面目ないでござる。拙者何か間違ったでござるか?」
「いや、違うんだ。探知範囲が拡がりすぎて驚いただけなんだ」
「そうでござったか。安心致した」
「ふぅ~、びっくりしたよ。20キロメートルくらい拡大したからさ」
「20キローっ??」
驚くラークに苦笑いのケントである。
「でも、これなら今からの探索もありだね」
こうしてムサシ、ラーク、マルボによる夜間探索が決定したのであった。
◆◆◆◆
探索は準備してから出発する事になった。
隠密行動である。
キャメルにバレたら自分も行くと言いかねないのでこっそり出かける。
また、船内の連中にはバレないだろうが、飲みに街に出ている者もいるであろうし、犬娘三姉妹達は夜の散歩が好きらしいので、極力目立たないようにする事も大事であった。
バレても面倒くさいだけで問題は無いのだが、念のためである。
ムサシがマルボに何か罠を作れないかと聞いてみたところ、基本的な落とし穴でいいのではないかと言う。
「しかし、落とし穴をどのように作るのでござる?音を出すわけにはいかぬでござろう?」
爆発魔法で穴をドーンでは大音響だし、火炎魔法で火を焚けば同じだろう。
「土魔法で直接土を動かせるよ」
「それは、また便利なものでござるなぁ」
「ただ、害の無い生物とか、万が一山の近辺に妖精類とかいて間違って発動すると危ないからなぁ」
「そうでござるな。拙者、他の者達の配慮が足りなかったでござる」
「魔族だけに発動する落とし穴とか出来るかもしれないけど、ちょっと今は理論が構築できないかな。何か思いついたら用意しておくけど、期待しないでね」
◆◆◆◆
「よし、ここで強化探知を使うぞ」
「あいあいさーっ!」
街の出入り口を少し過ぎた所で3人の強化探知魔法が発動する。
通常、魔法陣は光ってしまうのだが、マルボはコントロールして光らせない技術を身に着けていた。
「都合良すぎじゃねーか?」
「探知魔法を目立たせない工夫をしないわけないでしょ」
ニヤリとするマルボ。
「もう一度言うが俺が先頭、ムサシが中列、マルボが後列、この隊列はマルボに異変が無い限り絶対崩さないように頼むぞ」
ラークが真剣な眼差しで注意をする。
「承知仕った」
「了解」
「そして何度も再確認で悪いが、俺達の存在が魔族に認識されるのは絶対タブーだ。 魔族の数も戦力も一切不明な上に目的も分からない。 俺達のミスは最悪クエスト参加連中の全滅を招く可能性がある。 そのつもりでいてくれ」
警備保障ギルド・ハンターギルド・冒険者ギルドの3ギルドの見解は、ブラッサン帝国に出現した強すぎる魔族が劣勢時にこのチョパイに逃げ込み潜伏しているというもの。
だが、ラーク達はそこまで強い魔族ならばわざわざ海を渡ってチョパイに潜伏する必要はないと考えている。
大国であるブラッサンは大陸にあり潜伏する場所などいくらでもあるのだ。
ブラッサンの強すぎる魔族ならば、何か別の目的があるはず。
拠点の建設等も考えられる。
チョパイは天然の要塞と化すので島自体を魔族の拠点にするつもりとも考えられる。
その場合はかなりの数の魔族が島内にいるであろうし、今後も増えて行くであろう。
憶測を含めない情報は、この孤島チョパイに強すぎる魔族がいるというだけなのだ。




