028 壱章 其の弐拾捌 犬娘三姉妹
「背中タッチゲーム?」
「あちきら余裕じゃーん」
「ウケるー」
「……」
船上訓練を始めるにあたりマルボの提案で4対4のゲームをしようというのだ。
内容は、決められた範囲の中で相手チーム側の者に背中を触られたらアウト。
4人全員アウトになったチームが負けという鬼ごっこをスポーツにしたようなゲームである。
背中を触ればアウトなので正面から抱き着いて背中を触ってもアウトである。
ただし危険な技として打撃、投げ技、相手を怪我させた場合は反則でアウトとなる。
相手を崩すだけなら良しとするが投げ技と見極めが難しいのでその場合は審判がしっかりと判断するという。
なお、魔法はもちろん禁止である。
チームはベルモートと犬娘三姉妹のハンターチームに対してマルボ、ケント、ワカバ、キャメルの4人である。
ムサシとラークは審判役として参加。
このゲームに2人が参加してしまうと強すぎるので不参加とした。
身体能力の高い犬娘三姉妹は
キャメル、お子ちゃま。
ワカバ、子守の姉ちゃん。
ケント、タンクだから鈍重。
マルボ、魔法使いだから貧弱。
と完全に舐め切っている。
キャメルは大喜びでピョンピョン飛び跳ねている。
あまり高く飛ぶと空高く舞い上がってしまいそうなのでケントが抑えている。
「私で大丈夫でしょうか……」
ワカバは心配そうな顔だ。
「さっきムサシが言ってたでしょ。ギリギリまで見極めて動くようにって」
マルボ組にあまりアドバイスをするとフェアではないのでムサシとラークはそれだけ言い伝えその場から離れたようだ。
「作戦とか決めなくていいんですか?」
「それやっちゃうと圧勝しちゃうからね。まぁ4人アウトにならなければいいんだから、ワカバは気軽にやってみればいいんじゃない?」
「はい、頑張ります」
「あ~、キャメル!空を飛ぶのは反則だからな~!」
ラークが大きな声でキャメルに言うと「はーい!」とキャメルは返事をした。
空を飛ぶ???とベルモートはその言葉に理解が及ばず戸惑っていたが、犬娘三姉妹は自分達の会話に盛り上がっていて聞いていなかったようだ。
キャメルは子供とはいえ勇者であった。油断してはならないとベルモートは気を引き締める。
ムサシのインパクトが強すぎて皆すぐにその事を忘れてしまう。
ムサシの行動は自然とキャメルが勇者である事の隠れ蓑になるのだ。
4人チームがお互いに向き合って構えを取る。
「それでは、はじめでござるっ!!」
ムサシが試合開始の合図を出す。
「キーーーーン!!」
最初に動いたのはキャメルであった。
両手を水平線に向かって上げ、高速で相手チームの後ろにまで駆け抜けて行った。
どこかで見たようなポーズとどこかで聞いたようなセリフにラークはマルボの方を見るがマルボは違う違うと手を振って否定した。
「速いっ!!」
ベルモートは突然の事で驚き、後ろを振り返ろうとするが一瞬早く背後を取られてしまう。
キャメルに背中を触られそうな瞬間、ベルモートは前方に跳んで前転して回避した。
アウトにはならなかったが前転後にバランスを崩しているベルモートを見てムサシは
「むぅ、受け身が出来ておらんでござる」と嘆く。
「早々に弟子に厳しいなぁ…」ラークは呟いた。
ベルモートが立ち上がった後、ハンターチームは散り散りになり各々移動を始めた。
「一応勇者じゃん。一番弱そうなのから狙うじゃーん」
犬娘三姉妹の1人ホープがワカバに狙いを定めて突進していく。
それを察したもう1人の犬娘ラッキーもワカバに向かっていった。
じゃーんがホープでラッキーはウケるーの子である。
「む?連携はできるでござるか?」
「犬の本能じゃね?」
このゲームは特性上チームで動いた方が圧倒的に有利である。
その事に気が付いて連携をはじめたのだとムサシは思ったのだが、ラークは群れで動く犬の本能じゃないかと呟いた。
「直前まで、直前まで引き付ける」
ホープが先に走り、その後にラッキーが続く。
「ここ!!」
ワカバがホープと接触しようかという直前に体をスッと動かしホープをかわす。続いてきたラッキーの方向に身体を傾けるがワカバはそのままクルッと身体を回転させてラッキーを避ける。
ホープとラッキーがぶつかりそうになり、勢いを止めようとホープ、ラッキーは地面に片足を付けてブレーキをかけるが、体勢が崩れる。
そのチャンスを見逃さずワカバはポンッポンッと二人の背中を軽く叩いた。
「ホープッ!ラッキーッ!アウトッ!」
審判役のラークの声が響き渡る。
「えーっ?今の何?ズルじゃーん!」
「ウケるー」
ウケるの?
ごねる2人をギャラリーの中に紛れていた上司であるカンパーリが首根っこを掴んでコートの外に連れ出した。
ベルモートはキャメルに追いかけられながら時折ケントに前方を塞がれ必死の状態である。
何故ソードダンサーの自分がタンク型の戦士を抜くことに苦戦するのだろうか。
右にフェイントを掛けて左に抜けようとしても、ケントの左右の動きの方が速い。
ジョブが逆ならば分かるが鈍重であるはずのケントの方が自分より速く動ける理由が分からない。
身体をクルッと回しギリギリでケントをかわして逃げるのだが、手を伸ばせばベルモートの背中はケントに触られるだろう。
なお、ケントはキャメルに捕まえさせてあげたいので手を抜いているのである。
しかし、この逃げも長くは続かない。
「お兄ちゃん捕まえ~たっ!」
キャメルがベルモートに抱き着く。
「ベルモート!アウトでござるっ!」
ハンターチームの残りは犬娘三姉妹のピースだけである。
「さぁ掛かってきなさい」と言わんばかりの挑発をするマルボに、ピースは頭に血が上ったのか顔が真っ赤になっていく。
全身に力を入れて飛びかかる準備をしている。
「あいつら、あの性格が無きゃ可愛い顔してるんだけどな~」
ギャラリーの1人のハンターが呟いた。
獣人犬族の末裔三姉妹、三姉妹は三つ子である。
犬の血が混ざっているためか三つ子は珍しくないらしい。
ピース、ホープ、ラッキーは売られた子供である。
子供が増えすぎてしまい家計が苦しくなると才能のある子を売ってしまうという文化がリゾットではあったそうだ。
5歳の解放の儀式で『狩人』だった3人はハンターギルドに話を持ち掛けられる。
ギルドが子供を買い取るわけにはいかないのだが、狩人ジョブを持ち犬族の血を引く三つ子は喉から手が出るほど欲しい存在であったようだ。
リゾットでは奴隷制度は無く養子として引き取るしか無いのだが、当時の支部長にそこまでの余裕も無く悩んでいたところフランバートという男に声を掛けられる。
彼はA級ハンターだと言い自分が買い取る代わりに10歳になったら偽造して三つ子をライセンサーにするように話を持ち掛けてきたのだ。
当時の支部長は自分の成績のために快諾し、三姉妹はフランバートの手に渡った。
5年後10歳になった三姉妹を偽造してハンターにしてしまう。
狩人のジョブと犬族の血により10歳にしてハンターとして目覚ましい活躍をしていき、支部長の思惑通りの働きをする。
5年待ったかいがあったというものである。
もちろんハンターギルドでも10歳の年少者がライセンスを取るにはA級が常時同行する必要がある。
だが、フランバートは自身がクエストに参加していなかった。
フランバートは三姉妹に働かせるだけ働かせて稼いでいたのだ。
さらに三姉妹は容姿もいいので、15歳を過ぎたら娼館に売り飛ばそうと考えていたのである。
5歳から10歳までの間も様々な仕事をさせ稼いでいた。
さらに虐待はするは、食事もろくに与えられない。
彼女達は夜フランバートが酒を飲んで寝る頃、野山に食材を取りに行く生活をしていた。
そんな生活を強いられていても、三姉妹はフランバートの下を離れなかった。
犬族の血は主人に従順という特徴があるのだが、それが理由で言う事を聞いていたわけではない。
飼い犬に手を嚙まれるというように、犬でも理不尽な主人には歯向かうし、飼い犬が脱走するように彼女達には他の道を歩む事はできる。
彼女達は変わりたくなかったのだ。
ムサシが言うように変わる為の覚悟を持てなかったのだ。
陰でフランバートやハンターギルドの文句を言いながらも、自分達はフランバートに依存し続け生きていたのである。
この状況で幼い彼女達に自立を求めるのは酷であろうか。
否、どんな状況でもどんな時であっても自分の人生を切り開くのは自分だけである。
依存し続けていれば、依存の相手を変えるだけで同じことを繰り返す事になるからだ。
その時に出来なかったとしても、切っ掛けを見逃さずどこかで変わらなければいけないのだ。
何の実績も無くライセンサーになった三姉妹。
最初に不信に思ったのは頭角を現しはじめたベルモートであった。
当時リゾットでは人口拡大の為、街の拡張工事が盛んに行われていた。
ハンターの討伐依頼も多く、ギルドも忙しい為不正の申請が通りやすかったのもあったのだろう。
ある日クエストに向かうフランバートと三姉妹の後をベルモートは追っていく事にした。
ギルドを出てしばらく歩いているとフランバートが突然別行動を起こし三姉妹だけが目的地に向かって行った。
ベルモートは隠れながら三姉妹を尾行していくと、最後までフランバートは現れず三姉妹のみでクエストを達成する。
たまたまかと思い何度か同じ事を繰り返すのだが、結果は同じであった。
ベルモートはカンパーリに相談し内部告発を行う事を決めたのである。
結果、支部長は隠蔽工作により処分を受け、フランバートもライセンスの偽造や同行義務の放棄等の罪で逮捕となった。
そして三姉妹はフランバートから解放されたのである。
だが、三姉妹はベルモートに恩は感じていない。
実は鼻が効く三姉妹はベルモートの尾行にも気づいていたし、その事を事前に対処してフランバートを守る事もしなかった。
依存して生きる事が習慣になっている三姉妹は、最後まで自分達で道を開く行動を起こさずたまたま解放されただけである。
ただし、ベルモートには頭が上がらないのは確かで、ストイックで自分自身で道を切り開くという性格も苦手であった。
◆◆◆◆
「力をため過ぎでござる。動きが見え見えでござるよ」
審判のムサシは隣のラークに声を掛けた。
「あぁ、どれだけ身体能力が高くても動きが見えたら対処できるからな」
何故かケントも隣でウンウンとうなずいている。
「って何でケントここにいるんだよ」
ゲーム中のケントがムサシとラークの隣にいるのだ。
ケントは悲しそうにベルモートに指をさす。
キャメルがそのままベルモートにおんぶされて喜んでいるのだ。
「あ~ジェラシーで寂しくて俺達のところに来たのか……ってゲームしろよ」
「いや、マルボさん1人に負ける方が効果的ですよね?」
「まぁな……」
そうなのである。このゲームは三姉妹の天狗の鼻を折る事が第一目的なのだ。
実力の違いを見せつける為に、4人で囲むより1人で相手をするほうが効果的だ。
ワカバもキャメルと一緒にベルモートのところではしゃいている。
ナイスガイのベルモートを前に若干女の顔になっているような気もするがラークは突っ込まなかった。
「なめやがって……」
「舐めるのは犬の専売特許でしょ」
マルボの煽りで完全に頭に血が登ったピース。
マルボに対して突進して行った。
あっさり避けられ背中をポンッと叩かれるピース。
その勢いで数歩前に進んだ。
「ピース、アウト!ゲーム終了!」
ラークが終了を宣言した。
だが、収まりのつかないピースはまたもマルボに襲い掛かった。
マルボはまたもあっさり避けて背中を叩かれる。
数回それを繰り返されてピースから殺気が出てきた。
殺気を感じ取ったムサシとラークが動こうとした時、マルボが手を突き出しそれを制止する。
そのままピースに手招きして挑発した。
完全に殺気を込めた攻撃となったピースの突進をまたもスッと避けられ背中を押され、今度は勢いに足がもつれて顔から転んだ。
またも立ち上がりマルボに対して構えたピース。
「ピーース!!そこまでにしろっ!!!」
ベルモートが叫んだ。
するとベルモートに怒られたピースが泣き崩れた。
「まぁちょっとは根性あるのかな」
マルボは少し笑ってムサシ達に言った。
◆◆◆◆
これほどまでに『完敗』という言葉が当てはまるものはない程の惨敗であった。
大都市リゾットの最強の一角と言われるベルモートと、それなりに名を馳せた三姉妹のチームが、ゲームとはいえ、5歳のおこちゃまとE級冒険者の子守役と鈍重なタンクと貧弱な魔法使いに、完膚なきまでに敗れたのだ。
ギャラリー達も手練れのライセンサーなので誰も笑っていないし何も言わなかった。
正直ベルモートの動きに着いていける者は少ないし犬娘三姉妹の動きも速い。
マルボ達の初動が速すぎるのだ。
これは彼らがムサシから教わった抜重の動き方のおかげである。
数日とはいえ常に鍛錬する事を怠らなかった結果であった。
更にラークの速さは群を抜いていて、ムサシに関しては遠くから見てても見えないレベルである。
「あのマルボって小僧、あれで魔法使いなんだよな」
ギャラリーの誰かが呟いた言葉が他の者にも耳に届いたが、それを聞いた誰もが同時に戦慄した。
「ねぇ、ウガーの虎さん何してるの?」
キャメルが何故か跪いているギムレットを指差してマルボに聞いた。
向き合っているモヒートが腕を組んで首を振っているのを見て、おそらくギムレットもムサシの師事を仰ぎたいと直属の上司であるモヒートに相談したが、駄目だと言われ跪いているのだろうとマルボは解釈した。
「ウガーの虎さんはね。海で泳ぎたいって言ったけど駄目だった怒られたんだよ」
キャメルはニコニコしながら答える。
「人魚さんに会いたいのかな~?」
「うん、ウガーの虎さんはね、人魚さんに恋をしちゃったんだよ」
その言葉を聞いてワカバは「まぁっ」と口を両手で抑えた。
ムサシは「いや、鯉は海では泳がないでござる」コイ違いの話をする。
「人の恋路に口をだしてはいけないんですよ」ケントがマジ顔でキャメルに言う。
ベルモートは「ムサシさん、男同士の悩みは聞いてあげるべきではないでしょうか」1人増えた。
ラークにごめん助けてと目で訴えるマルボだが、ラークは「フッ」っと鼻で笑い悟りをひらいたかのような笑顔で返すだけだった。
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