027 壱章 其の弐拾漆 やれば出来る系
「結局何も分からなかったに等しいな」
ラーク達はミーティングルームに戻り話し合いを再開した。
ラーク達同士の話し合いでミーティングの打ち合わせの内容とは別の話であるのだが。
「だが、最悪の事態に際限が無いというのは分かったでござる」
「そうだね、魔神が全員集合とかあり得るって事だね」
マルボがうんざりした顔をしている。
「まぁ、やれる範囲内で考えるしかないな」
「うん、チョパイに着いたら魔神だよ!全員集合〜なんてなってたら全人類集結しても対応出来ないしね」
「カラスの勝手でしょーってアホか!」
「その2人だけが分かるやり取りやめてください」
犬娘三姉妹が隙を見て逃げ出した為、ミーティングルームに来たケントに久々に注意されるラークとマルボであった。
◆◆◆◆
ラーク達は現地に着き最初に出発させてもらう事を条件としてクエストに参加することに決めたのだが問題は犬娘三姉妹。
足手纏いなのだが、カンパーリがどうしても連れていくように懇願しラークが断り続ける平行線が続いている。
結局、犬娘三姉妹のお目付役としてベルモートというハンターライセンサーが同行する事になった。
このベルモートという男、なんというかカッコいい。
短い茶髪で180センチメートル程の身長。
両手で扱う大剣を常に背中に背負っており、無駄の無い筋肉。サラシで腹を巻き、ベストのような服を羽織っている。
19歳にしてギムレットと並びリゾット最強の一角との噂もあるそうだ。
研究熱心で努力家でもあり、視野も広い。
船に乗ってからムサシやラークの事をずっと観察していた。
ムサシやラークの動きが他の者とは根本的に違う事を見抜いて、その技術を吸収しようと試みていたようだ。
ジョブはソードダンサー。
剣術と舞踏術が個々でも得意だが、踊るような剣舞が得意である。
通常ソードダンサーは片手剣を使うのだが、このベルモートは身の丈を超える大剣を踊るように使いこなすというのだから驚きである。
その剣舞を見てみたいとのことで、昼食の後ラーク達はデッキに集まった。
「あのお兄ちゃんカッコいいー!」
「!!!!!」
キャメルの一言が、ケント、ワカバ、ドライアド、シャイターン、ウンディーネを激しく動揺させる事になった。
「いや、何ジェラシー感じてんだよ」
ラークは呟いた。
大剣の舞は床を傷つけてしまうと言うのでマルボが床に結界魔法を張りベルモートの剣舞が始まった。
大剣の重さと遠心力を使い、体を回転させながらの舞うように切りつけ、時に飛び上がり体重を乗せた斬撃を加える。
力強い動きなのだが美しいと思える。
自身を軸に大剣を回すと思えば、大剣を軸に体を回すといった芸当も見せている。
「脳筋の世界では珍しい動き方するね」
マルボの素直な感想である。
「ムサシさん、稽古をつけていただけませんか」
演舞を終えたベルモートに頼まれてムサシとベルモートはデッキ上で組み合う事になった。
ムサシは練習用の木刀を用意してもらうが、ベルモートはそのまま自分の大剣を使う事になった。
流石に危ないのではとベルモートは言うのだが、その大剣の重量を利用してこその動きなのでそのまま使ってほしいとムサシが言ったためだ。
多くのギャラリーが集まって2人を見ている。
犬娘三姉妹はベルモートが苦手らしく大人しく近くで黙って見学している。
ムサシは基本の正眼の構えを取り集中していく。
「はじめっ」
マルボの声が響くと同時、ベルモートが動いた。
横薙ぎの払い斬りが襲う。それをムサシは上半身だけ反らし紙一重で避けると体を起こす反動を利用して前に出て面打ちを寸止めした。
一瞬で勝負ありとなった。
ギャラリーはどよめく。
船上のライセンサー達は先日のギムレットの試合や午前の海賊船討伐を目撃しているのでムサシの実力は知っているものの、ベルモートでも全く相手にならないレベルなのだと認識を新たにしているようだ。
「流石ですね。正直俺が弟子にしていただきたいです」
その一言に
「そうしよう!それがいい!犬娘の代わりそうしよう!」
ベルモートの事を気に入ったラークが勝手に盛り上がる。
「何言ってんだよ、クソ親父!」
「勝手言うなじゃーん!」
「ウケるー!」
犬娘達はブーイングを浴びせるが、ラークには全然堪えない様子で楽しげである。
ムサシとベルモートは少し話をする。
どうやらベルモートも自分を高める事に夢中であり、強さとはどこまで行けば良いのか悩み続けていたようで、目の前にいる人物が目指すべき到達点であると感じたようである。
「チョパイの港に着くまで後1日半程あります。その間だけでもよろしくお願いします」
こうして船上での残りの時間はムサシによるベルモートや犬娘三姉妹達への特別訓練が行われる事が決まった。
◆◆◆◆
船内のサロンルームにて、ムサシが考え事をしていた。
瞑想は時間があれば行っているが、椅子に座って考えている姿は珍しく、気になってラークとマルボが声を掛けてきたのだ。
「ムサシが考え事なんて珍しいね」
「おぉ、ラーク殿マルボ殿」
「どうしたんだ?」
「うむ、実は犬娘三姉妹の事だが、覚悟が感じられんのでござる」
「「覚悟?」」
ベルモートと練習試合を行った後、ベルモートと犬娘三姉妹を相手に今後の師事や考え方についての座学をはじめた。
ベルモートは真剣に聞いているのだが、犬娘三姉妹からは真摯さが感じられないというのである。
訓練の前に一度休憩を挟む事にしてサロンルームでその事について考えていたのだと。
「何かを成し遂げるためには、必ず達成するという覚悟が必要でござる。犬娘三姉妹からは出来ない理由ばかり並べて覚悟が感じられないでござる」
「ふーん、なるほどねぇ。言い訳ばかりは達成する気がないって事だね…」
「達成する覚悟を決めて、どのように達成するかを逆算するのが正解ってことか。確かにあの三姉妹はそんな感じだな」
「自分達で弟子にして欲しいって懇願してきたくせに…一番不快なタイプだね…」
マルボの不快そうな顔は珍しい。
「マルボ、君に不快感という感情があったのかい?いつもふざけているのに」
ラークの言葉にブスーっとふくれっ面をするマルボ。
「ラークだってしょっちゅう悩んでたりフリーズするじゃないか」
マルボの反論に図星だったようで口をモゴモゴさせている。
「ははは、ラーク殿の悩みはリーダーならではの悩みでござろう。マルボ殿は場を盛り上げる為の行為であろう。二人とも常に筋を通しているでござる。拙者は素晴らしい仲間に巡り合えたでござる」
突然恥ずかしげもなく褒められた二人は照れたような顔をして黙り込んでしまった。
「あの三姉妹は才能は素晴らしいものを持っているでござる。だが、才能に溺れ自分を磨かなかった者の末路は大概決まっているでござる」
ムサシは前世でも多くの事例があった事を話し始めた。
あまり才能は無いが真面目に日々鍛錬を続けた事で優秀になれた者がいた。
それに対して才能が豊かで、あまり訓練をしなくてもそれなりに出来てしまう者もいた。
前者に対して後者は「あいつはずっと訓練しているから出来て当然なんだ。俺が本気で訓練すればあいつなど俺には歯が立たない」と言うのだ。
『やれば出来る系』である。
また、こういう輩は時を経て、名を上げて成功した者を見て「あんなやつ、昔はたいしたことがなかった。俺の方が数段強かったんだ」とその者を見下し、自分の方がもっと成功することも出来た、と言うのだ。
『やれば出来たんだ系』である。
実際『やれば出来る』『やれば出来た』はあり得ない。
日々の訓練を怠らなかったということは、たとえば遊びに興じたり、酒を飲んだりという、目先の快楽を求めようとする自分自身に打ち克つことである。
名を上げた者でも同じように遊びたい気持ちを抑えて一生懸命訓練に励んだに違いないのだ。
自分自身に打ち克つには、大変な『覚悟』を必要とする。
人間の能力を考える時、その者の意思の強さつまり覚悟をも考慮すべきである。
実際、自分自身と闘うことを止めて、『やれば出来る』と思い続け安易な道を選ぶような人の能力は劣っていくのである。
人生という長い旅路で成功するための能力とは、才能だけではないというのだ。
この世界において、犬娘三姉妹にも当てはまる事だろうとムサシは考えている。
「だからと言ってカンパーリの旦那に今更やっぱり一緒に行動できませんって言えないしな……」
「命が掛かるクエストである以上、中途半端で同行されたくないでござる。犬娘三人を鍛えるしかないのでござるが……」
「しょうがないな~」
「何か案がござるか?」
「僕は本当にああいうタイプは不快だから最後までやる覚悟は無いよ!それでもいい?」
「構わぬ。もし犬娘三姉妹が変わらなければそれまででござる。マルボ殿頼めるだろうか」
「ちょっと話が一度外れるけど、ムサシが技を使うとき『二天円明流』って言うじゃない。あれ何?」
宮本武蔵が作った兵法『二天一流』それ以前に名乗っていた『円明流』を合わせただけの名称らしい。
この世界では根本的に身体能力が前世と違うので、それに合わせた技が出来る事から新しい兵法が誕生するため新しい名称として名付けたという話であった。
「じゃぁ、まずムサシの技は全て『二天円明流』の奥義としよう。抜重とか縮地もね」
「抜重、縮地は体捌きの基本でござるよ。おこがましいでござらんか?」
「いいの、いいの、この世界で使える人はいないんだから。全てに箔が付くからね」
「それで?」
ラークが口を挟む。
「それで僕達も全員訓練に参加しようか。楽しくやって興味を持たせる。それがいいんじゃないかな」
「楽しく事を成す。マルボ殿の真骨頂でござるな。それは感謝致すでござる」
こうして船上訓練が始まった。




