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024 壱章 其の弐拾肆 悪魔精霊シャイターン

「わーっ!お魚さんが飛んでるよーっ!」

「あれはね、飛魚って言うんだよ」


 いや、この世界の飛魚は飛魚でいいのだろうか? 一瞬疑問が過るが調べても分からなそうだしマルボは気にしないことにした。


 早朝、クエスト出発に向け孤島に向かう高速船に乗ったラーク達。

 冒険者、ハンター、警備保障等かなりの数のライセンサーが乗っているようだ。


 昨日ムサシが試合をしたギムレットや犬娘三姉妹も同行するのか乗っている。

 他の連中に関わると面倒なのと、高速船は揺れるので危ないからデッキにキャメルを連れていくなとラークは言うのだが、


「キャメル飛べるから大丈夫じゃない?」


 と反論できない一言をマルボに言われ渋々全員でデッキに居たのである。


「海が青いーーっ!」


 キャメルが騒いでいる。


「あ!人魚さんだーー!!」

「え?えぇぇぇぇ???」


 なんと高速船に平行して人魚達が泳いでいるのである。まるでイルカの並走のようである。

 ラークが驚きながらも目を凝らし見てみると確かに下半身が魚の尾ビレで上半身は人間の女性であるようだ。


 この世界で人魚は妖精の部類になる。

 妖精とは精霊に近しい存在でエルフやドワーフも妖精族と言われている。

 妖精も精霊と同じで人間が嫌いなので人間の前に現れる事は殆どない。


 そして、精霊と同じで勇者を愛する者達である。

 一体の人魚がキャメルに近づき貝殻を渡し海に戻った。

 一瞬の事であったのと悪意が無いのは分かっていたので警戒もしていなかったが、ラーク達には事の展開に思考が追い付いていなかった。


「わ~っ!綺麗な宝石が入ってる!」


 貝殻の中には虹色に輝く真珠が入っていた。人魚達はキャメルにプレゼントをする為に出てきてくれたようだ。


「キャメル、ちゃんとお礼を言いなさい」

「うん!ありがとーーっ人魚さん達ーーっ!」


 大きな声で遠くに離れていく人魚達に手を振るキャメル。


 いや、動揺なく冷静に礼儀を教えるワカバに、やはりこの娘大物なのかとラークはワカバを見るが目がマジだったので安心をする。


「人魚…はじめて見たぞ…」

「なんなんだ?あの子供は…」

「なんでも勇者らしいぞ…」

「勇者だって?」

「まさか!そんなバカな」


 ざわめく他のライセンサー達。


 船に乗り1時間足らずで目立ってしまった事にラークは頭を抱えた。

 なお、ムサシに関しては「この揺れは鍛錬になるでござる」と言い片手で逆立ちして空中で胡坐をかき瞑想をはじめるというはたから見ると変な人と化しているので触れないでいた。


「勇者って言ったってあちきらよりガキじゃーん」

「おこちゃまの面倒を見るパーティーなんて大変ね」

「キャハハ、ウケるーっ」


 犬娘三姉妹が後ろから絡んできた。


「昨日一瞬で負けたモブキャラが出張ってくんなよ」


 と言おうかと思ったが、面倒くさいのでラークは聞こえない振りをしていた。


「いかさま野郎のパーティーらしいじゃん。おこちゃまを勇者だなんて嘘ついて」

「おじょうちゃん、早く帰ってママのおっぱい飲んでなよ」

「ウケるーっ」


 無視をしていたラークであるが流石に今の言葉には反応した。

 孤児であるキャメルに母親はいない。


「ママ…いない…」


 うっすらとキャメルの目に涙が浮かぶのを見て、ラークとマルボとワカバはキレそうになるのだっが、ケントが見たことも無い怒りのオーラに包まれていることに3人は恐怖した。


 普段優しいケントが額に血管を浮かせ、眼力だけで人を殺せそうな表情をしているのだ。


 そうこうしているうちにキャメルの精霊石が2つ光だした。

 ネックレスからドライアドが出現し、さらに腕輪から何かが出現したのだ。


「キャメル様を愚弄するとは、貴様たち死にたいらしいな」


 ドライアドが本来の姿で出現しているのでその姿は美しい若い女性であるのだが逆にそれが恐ろしい。


 更に問題は腕輪から出現したもう一方の精霊である。

 出現と同時に快晴であった空は雲に覆われ薄暗くなっていた。

 ゴロゴロという音がする度に稲光が辺りを照らす。

 現れた存在はこの世のものとは思えない禍々し姿をしており悪魔が現れたとしか思えないような姿だった。


 その正体は悪魔精霊シャイターン。

 シャイターンとは悪魔王サタンに相当するイスラム教の悪魔である。

 この世界では精霊なのだが、その力は絶大で世界を崩壊させる力を持つと言われている程の存在だ。


 そんな悪魔精霊がいつの間にかキャメルの腕輪に宿っていたのだから、ラーク達は何が起きているのか理解が追いつかないのである。

 何度も目を擦りながら え?何コレ? とシャイターンを見ていた。


「我が名はシャイターン。我が主人に無礼を働くものは何者であろうと生かしては置かん。その命ですら償えない程の代償を払うことになることを己の魂を持って知るがいい」


 あまりの展開にラークはフリーズしている。


「突っ込みの出番だよラーク」とマルボはチラッ見るがフリーズしているラークを見て「だよねー」と考えるのが精一杯である。


 ケントはまだキレているのでドライアドとシャイターンと一緒に鬼の顔をしている。むしろ怒りのオーラはドライアドとシャイターンを上回っている。


 ワカバはこの状況でキャメルを慰めている。

 やはり大物なのだろうか。


 犬娘三姉妹は腰を抜かし震えて言葉も出ない。

 恐怖で気絶寸前である。


「おや、お主達は犬娘三姉妹ではござらんか」


 このタイミングでムサシが声をかけ寄ってきた。


「「「ギャッ!!!」」」


 ムサシの登場でトラウマが甦ったのかそのまま三姉妹は気絶してしまった。


 スッとドライアドとシャイターンは精霊石に戻る。

 ドライアド、シャイターンでもムサシと揉めたり争うのは嫌らしく、既に三姉妹は気絶しているので面倒になる前に精霊石に戻ったのである。


 最後の問題は、ケントが三姉妹を海に放り投げようとしていたので、それはラークが全力で止めた。


◆◆◆◆


 先程の事件から1時間ほど経っているのだがラークはデッキで海を眺め続けている。

 いまだに思考が整理出来ていないらしい。

 目は点になったまま口は開いたまま埴輪顔のまま呆然と海を眺めているのである。


 キャメルは新しいお友達が出来たと大喜びである。

『シャイターン』を『シャイたん』と呼び始め精霊石から小さなシャイターンを出し喜んでいる。

 ラークが機能していないので「流石にシャイたんは無いでしょ!」と突っ込みを入れようと思ったマルボだが、突っ込みに切れが無い事を悟り改めてラークの偉大さに気が付くのであった。


 高速船といっても大きさはかなりの船でデッキでは訓練をしているライセンサーもいる。

 目的地の孤島までは3日間程かかる予定なので、大型クエストの割りに空気はまだ穏やかではある。

 先程の事件は別であるが……。


 ラークがこのままでは色々と都合が悪いのでマルボはキャメルに作戦を言い渡す事にした。


「キャメル、ラークにもシャイたんを紹介して上げて」

「はーい」


 キャメルはラークに駆け寄っていく。


「ねぇねぇラーク兄ちゃん。見て見て!シャイたんだよ!」


 キャメルが腕輪から小さなシャイターンを出現させラークに見せるがシャイターンは精霊で人間が嫌いなのでラークに顔を背けている。


「……」


 しばらく静寂が流れた後


「いや!悪魔の王が顔を背けてシャイたんってシャイ(内気)かよっ!!」

「おおおお」


 切れ切れの突っ込みに一同が拍手した。


◆◆◆◆


「まぁ、なにがどうなってるのか考えたって無駄だし、害も無さそうだし、前向きに考えようよ」


 船内のサロンでラーク・マルボ・ケント・ムサシは紅茶を飲みながら会話をしている。

 キャメルはお昼寝タイムということでワカバと部屋に戻っていた。


「それで…なんなんだ?あれは…」


 まだ顔がこわばったままのラークが質問する。


「シャイターン。 悪魔王サタンに相当するイスラム教の悪魔だったかな。 本来なら魔神クラスの化け物なんだろうけど、この世界では精霊みたいだよ。 世界を崩壊させる力を持つなんて図書館の精霊辞典には書いてあったけど誇張だと思う。 流石にそこまでの力は無いと思うよ。」


 と、マルボは紅茶を一飲みしながら答えた。


「悪魔精霊は人間と対立はしないのでしょうか?」


 ケントがマルボに聞く。ケントとしてはキャメルの事が心配である。


「うん。基本は人間と敵対したりする事は少ないね。そもそも精霊は人間が嫌いだから関わる事自体少ないんだ」


 ラークはいまだにモヤっと感が抜けないようである。


「ラーク殿よかったら一緒に汗を流さぬでござるか?」


 ムサシなりの機転を利かせ話に入って来る。


「あーー。そうするか…」


 考えることを諦めたようで気分転換にデッキでムサシとのトレーニングを開始する。

 マルボ、ケントもそれに続いていく。

 その後は特に何もなく船上での一日目が終わったのである。

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