023 壱章 其の弐拾参 大型クエスト依頼
ラーク達一向は冒険者ギルドの応接室で食事をしていた。
試合で大分時間をとってしまったので支部長の提案でギルドが賄ってくれる事になった。
「お肉おいしいねー」
そう言ってモリモリ食べているのはキャメルである。
「実はねーキャメル、このお肉はさっきの虎さんなんだよ」
と、大嘘を言ってキャメルを驚かせようとしたマルボだが
「えぇ〜っ、そうなんだー、美味しいねー」と返されて言葉が出ない上に、
ムサシはステーキを食べながら
「この肉がギムレット殿でござると?」と目を見開いて呟き
カラカラーンと音を立ててナイフとフォークを落としたワカバは震えている。
「ごめん…ラークなんとかして……」
「自分の言葉には責任を持つんだ」
マルボは崩れ落ちた。
結局この話はケントがフォローして誤解を解いた。
食後、ムサシの冒険者ギルドカードと試合のファイトマネーを渡すからとそのまま応接室で一向は待っていた。
キャメルはケントの膝枕でソファーで寝てしまっている。
ラークとマルボは珍しく真剣な顔で話しあっている。
「試合といっても10分無かったぞ。待機時間込めても30分程度だし急遽だから1,000ゴールドがいいとこじゃないか?」
「いや、僕がスピーチした時に聞いたから間違い無いんだ。3,000ゴールドとってるんだよ」
「エグイな。じゃあ、1,000人の観客で300万の興行収入か」
「いや、探知魔法で調べたけど立見もぎっしり入って1,200人いたよ」
「流石!抜け目ないな!360万か。酒は売ってたよな?」
「うん、食べ物は用意が間に合わなかったみたいだけど。もちろんグッズ販売も無理だと思う」
ファイトマネーが低かった時に交渉する為に収支計算をしていたのである。
ムサシは2人の会話に関心していた。
最初は2人にこの世界の為に戦うのではなかったのか? それは自分達の利益の為ではないか? という疑問を抱えて聞いたのだが、世界の為とは別に慈善事業ではない、人々を喜ばせた結果収入を得る事はそれも人々の世界に貢献している。と完全に論破された。
ムサシも思考は柔軟なのでその辺の考えはすぐに理解できたし納得も出来た。
しかし、側から見ていると悪徳商人の会話に見えてしまうのは何故だろうと不思議に思う。
コンコン
「ん?」
ふと、部屋の扉を誰かノックした。
冒険者ギルドの女性職員と支部長が入ってきた。
それに続き2人の男性が入ってきた。
警備保障ギルドとハンターギルドの支部長である。
まずムサシの冒険者ライセンスカードが渡された。
AAAA、おそらく現在最高ランクのライセンスのはずである。
続いてファイトマネーが渡された。
100万ゴールドであった。
10パーセントが妥当な線だと思っていたので36万以下だったら文句を言うつもりだったが予想以上に太っ腹であった。
◆◆◆◆
「「「ゆ、勇者様ーーーっ???」」」
3人の支部長達は驚きの声を上げた。
警備保障ギルド、ハンターギルドの両支部長が付いてきた理由は、ラーク達パーティに大型クエストへの参加を依頼しに来たのである。
ラーク達は神の神殿を目指す為、大陸へ向かう明後日出航の船に乗らなければならないので一度断ったのだが、クエストの目的地は大陸の港と中間地点の孤島にあり、クエスト終了後に大陸の港まで送るという条件を出してきたのである。
ただし、その子供を大型クエストに連れて行くのはいささか問題がある事を1人の支部長が言ったところに、「まぁ、キャメルは勇者だから問題無いだろぅ」と言ったところで3人の支部長が驚いたのであった。
「しかし、そうしますと、ますます無関係ではない話しです。実はこのクエスト内容は島にいる魔族の討伐なんです」
「それは…ますます関わりたく無い案件だなぁ…」
ラークは首を折り天井を見上げながら言った。
「どういう事でござるか?」
ムサシが聞いて来た。
「魔族ってのは見た目は人間と変わらないんだ。魔力が極端に強いってだけで。世界中でも魔族と共存すべきと言う声も増えてきてるんだ。どちらかと言うと僕等も共存派なんだよね」
マルボはムサシに説明した。
ラークとマルボは魔族との対立は前世での人種差別問題に近いと認識をしている。
「しかし、勇者様が誕生したと言う事は魔王も誕生したんじゃ……」
支部長の1人が言う。
魔王とは魔族の王である。
勇者と魔王は対の存在で勇者が誕生すると魔王も誕生するという言い伝えがある。
勇者の使命は魔王討伐なのだからクエストに関係があるというのであるが・・・
「いや、勇者の使命は必ずしも魔王討伐とは限らないよ。 魔神の討伐だったり逆に人間同士の戦争に介入して止めるとかも過去の文献を見ている。 それに勇者が同じ時代に何人か誕生した事もある。 キャメルはまだ使命がはっきりしていない。 という事は今回の件とは無関係の可能性が高いんじゃないかな」
「ちっ、よく勉強してやがるな小僧」
マルボの正論に1人の支部長が吐き捨てるように言った。
この口の悪い支部長はハンターギルドの支部長である。
「あ、因みに僕これね」
とマルボはギルドカードを見せる。
マルボはAAライセンス、またも3人の支部長は絶句するのである。
「なるほど!ギルドカードはそのように使うのでござるな!」
ムサシがポンと手を叩いて感心している。
どうもこの男、天然の素質を秘めているようである。
「すまない、先に言っておくべきだった。この魔族達は魔神の血を飲んでいる可能性がある。しかも魔神が意図的に与えた可能性だ」
「「なんだってーっ!!??」」
「本当それを先に言えよ!」
人間が魔物の血を飲むと強靭な力を得る。代償として精神を支配されてしまう。強い精神力でそれを抑える事も稀にあるのだが、大体はそのまま魔人化してしまい、自我の無い狂戦士となってしまうのだ。
理由なく人間を襲う魔物の特性を引き継ぎ、魔人は人々を意味なく襲う存在となってしまうのである。
ギムレットは自我を保った稀なパターンである。
魔神の血も例外無いのだが、魔神は知性があるので精神支配をコントロールできる。魔神と取引をして血を得る事などもあるのだ。
精神支配が少なく自我が保てるが、魔神自体も魔物と同じ人類の敵なので、魔神の血による魔人化も人類の敵なのは間違い無い。
そうなると差別問題の話ではなく、人間にとって脅威の存在てあり、さらに同族の魔族にとっても脅威となり得る。
「俺達は偶然このタイミングで来た。当然クエストプランは俺達抜きだったはずだ。勝算は俺達抜きでどのくらいなんだ?」
ラークは支部長達に問う。
「7割方勝算はあると考えていますが、魔神が魔神なので・・・」
「その魔神って?」
「アジ・ダハーカ」
「だからそれを先に言えよ」
ラークは頭を抱えた。
アジ・ダハーカ
3つの首を持つ巨大な黒い龍の姿であると言われている。
その姿を見た者は死ぬとも言われている程恐れられている伝説の魔神なのだ。
「おかしい、アジ・ダハーカの討伐ともなったら国家規模どころか国連規模の事案となるはず。関わっている案件でも一つの街で収まるレベルじゃないよ」
マルボが腕を組んで難しい顔をする。
「元々は大陸の大国ブラッサンの問題なのです。数年前からブラッサン帝国では魔族との小競り合いが散発していました。しかし先月辺り本格的な戦闘が発生しまして、数は少ないが強すぎる魔族が居るとのことです」
支部の女性職員が説明をした。
「現在は人類側が優勢ですが度々強すぎる魔族が現れ継続して戦闘が行われているとのこと。 今回のクエストはその魔族が劣勢時に撤退し潜伏しているのではという見解です」
冒険者ギルド支部長の説明にハンターギルドの支部長が続ける。
「状況確認で派遣したハンターに被害が出始めておる。 こちらとしては一刻を争う事態で手を打ちたくてしょうがない」
本部からの指示だとハンターギルドの支部長が付け加えた。
「ブラッサン、神の神殿に行くには通過しないといけないね…」
「無関係ってわけではないな…」
「アジ・ダハーカの根拠は?」
ここまでの話でアジ・ダハーカが関わっている明確な話しは無い。
人類と魔族が争いをして、強すぎる魔族が度々出現しているというだけだ。
「予言の年がそろそろなのです。アジ・ダハーカが復活するのがこの5年以内だと言い伝えがあります」
「憶測どころか予言かよ!」
「ノストラダムスの大予言もそんな感じだったよね」
マルボの言葉にラーク以外の頭に?が浮かぶ。
「なんでござる?そのノストラダムスの大予言とは?」
いつも聞いてはいけない事を聞いてしまうムサシにラークは呆れマルボが答えた。
「1999年!世界は核の炎に包まれた!テーレッテー♩」
「違う!199X年だっ!」
「え?突っ込むのそっち?」
ラークに何か譲れない物があったようだ。
「まぁ、その話は後だ。さて、予言となると話しはまた変わってくるが・・・」
「ラークさん達が共存派で魔族との争いに参加したくないのは分かりました。では仮に魔神の血を飲んだ魔族だった場合討伐対象とはなりますか?」
「その場合は仕方ないな。人間の魔人と2回ほど戦ってるし」
「では、クエストの参加不参加は現地でお決めいただくのはいかがでしょう?不参加でも大陸まではお送りいたします」
女性職員が提案をする。
「うーん。俺の明日のプランは資金集めの為いくつかクエストを受けたかったんたよ。洞窟クエストをいくつか受ければノームと会えるかもしれない。ノームはキャメルにとって大きな力になるからな」
ノームとは土の精霊である。
土の精霊は土魔法が得意である。
土魔法による強化魔法や結界魔法は強力でキャメルの安全を確実にする為、ノームを精霊石に宿したいと考えているのだ。
ノームは洞窟内にいる事が多いと言われるので洞窟のクエストを受ければ会えるかもしれないと思っていた。
「わかった。ならば勇者の腕輪を献上する。これで駄目なら諦めよう」
「勇者の腕輪って?」
「今持ってくる。暫く待っていてくれ」
そう言ってハンターギルド支部長は応接室を出ていった。
「なんか報酬を釣り上げてるみたいになっちゃったね」
「勇者の腕輪なら同じ物を作れますし、我々にはただのアクセサリーですから」
女性職員が答えてくれた。
暫くするとハンターギルド支部長が腕輪を持ってきた。
腕輪には精霊石が散りばめられている。
綺麗な精霊石が10個付いているのだ。
精霊石は精霊が宿るのだが、人間が嫌いな精霊が人間の持つ精霊石に宿る事は無い。
ただし人間でも勇者は精霊に愛される存在なので勇者の持つ精霊石には精霊が宿る。
人間にとってはただの美しいアクセサリーなのだが、仮に勇者が身につけると10種の精霊を宿せる事になる。
その所以で勇者の腕輪と呼ばれる人間にとってのただのアクセサリーなのだ。
「これに全部精霊が宿るって考えると凄いね」
「まだ、今つけてる腕輪にも宿ってないから気が早いけどな」
グリーンヴィルで商人から貰った精霊石のネックレスと腕輪、ネックレスにはドライアドが宿っている。
腕輪の方にはまだ宿っていない。
と、皆思っているのだが、実は移動中に勝手にある精霊が宿ってしまっているのだ。
勇者とすれ違い勇者の側に精霊石があれば精霊が宿るのは当たり前なのである。ラーク達はまだその事に気付いていない。
勇者は精霊石を沢山持って移動するだけで信じられない程に強くなれてしまうのであった。
「ここまでされちゃ断れないな。どうだ?皆は?」
「もちろん! とりあえずは船に乗るだけだしね!」
マルボは挙手をする。
「私はクエスト参加に一票です。 世界も大事ですがまずは人類の為にとってが第一義だと思います」
ケントは挙手した。
「私は正直難しい事は分かりません。 ただ皆さんに着いて行き、私自身が変わりたいと思います」
ワカバも続けて答える。
「拙者はラーク殿を信じているでござる。一任するでござるよ」
ムサシも挙手をする。
キャメルはぐっすり寝ているが大丈夫だろう。
そしてラークは言う。
「では全員一致で船には乗らせてもらう。クエスト参加は現地で決めさせてもらう。よろしく頼むぜ」
「ありがとうございます!」
支部長は頭を下げて礼をした。




