218 伍章 其の肆拾伍 ディーネ編(三) 衝動
城内を一回り案内してもらい、部屋に戻る。
入れない場所もいくつかあったが、概ね案内して貰った。
「あの部屋が気になって仕方ないわ…」
それは、タローマティの部屋とは別に、
異常な感覚を覚えた、入れなかった一つの部屋。
あの強い感覚に触れてから、
タローマティのことは、どこか遠くなっていた。
それほどに―
―突然で
―強烈だった。
廊下を歩いていた
ただ、部屋を通り過ぎただけだった
まるで自分が吸い込まれるような――
もしくは、自分の中に取り込みたいような――
当然のようで―
懐かしい―
「あの部屋…何かしら……」
瞑想を始めてみるも、全く集中できない。
廊下に出る。
城内を歩くのは自由。
中に入らなければ、その部屋の周辺に行っても咎められる事はない。
「行ってみよう」
廊下を歩く。
ディーネはその部屋に近づくたびに、胸の鼓動が早くなる。
だが、落ち着きも感じる。
部屋の前に来る。
施錠されているので、中には入れない。
壁越しで、何があるのかまでは分からない。
壁に手を添える。
瞼を閉じる。
より強く感じる感覚。
ただ、感じる魂の引力。
ずっと―
ずっと―
この感覚を感じていたい。
――
―
「ディーネさま?」
突然カレドニアに声を掛けられた。
ハッとするディーネ。
「お昼のご用意が整いました。お部屋のほうへお戻りいただけますか」
――お昼っ?
数時間が過ぎていた。
◆◆◆◆
昼過ぎ、ヤーシャが城内に訪れた。
城内のザワつきが教えてくれる。
話をしたいような、したくないような複雑な心境のディーネ。
暫くするとヤーシャは出掛けてしまったようだ。
会う事もなく、部屋に訪れる事もなく。
カレドニアが部屋に入ってきた。
「あいつ、何しに来たの?」
窓から空を眺めながら言うディーネ。
ヤーシャをあいつ呼ばわりした事で驚いているカレドニア。
ハッとして、言い直す。
「あ、あいつってのは…実は結構親密な間柄でね…」
無駄な嘘を吐いてしまう程に焦っている。
ペコリとお辞儀で返すカレドニア。
「ねぇ。そういえば、稽古場とかはどこにあるの?さっき案内してくれた時にはなかったよね?」
「はい。別館にございます。いつでもご利用いただけますが…」
「が?」
「先程、ヤーシャ様がいらっしゃって、明後日から御指南役の方が、お越しになるようなんです」
「え?あぁ、稽古相手って言ってたね。じゃぁ、それに合わせて始めた方がいいのかなぁ…」
体を動かして今の気分を変えたいと思ったが、何しろあの部屋の事が気になって仕方ない。
ならば、今日明日はあの感覚に対して考える時間に充てようと考えた。
カレドニアが部屋から出ると瞑想を始める。
あの感覚は何なのか……
思考を巡らせても答えは出ない。
では、あの感覚を思い出してみようと…
五感の意識を消し、あの感覚を思い出すように意識を巡らす。
――っ?
驚いて目を開ける。
同じ城内でも距離がある。
階層も違う。
しかし、同じ引力を確かに感じる。
もう一度、目を瞑り、意識を向けた。
間違い無い。
一度繋がったら、距離は関係無い?
そんな気がする。
「魂の繋がり?」
声を漏らす。
そして、ハッとする。
「そういう事なんだ…私と適合する神ってのがいるんだ…」
瞑想を続ける。
問いかけてみる―
あなたは―誰?―
答えは返ってこないが、分かりそうな気がする―
強く自分の心に刻むように、もう一度―
お願い―教えて―
ふっと―
頭によぎるように、浮かび上がってきたその名前を呼んだ―
「パラス…アテネ…」
◆◆◆◆
パラス・アテネ
ギリシャ神話において、オリンポス十二神の一柱に数えられる女神。
全知全能の神ゼウスの娘であり、知恵・戦略・秩序ある戦いを司る存在である。
力や破壊を振りかざす戦神ではなく、
理性・判断・計画によって勝利へ導く「戦略の神」。
無益な殺戮を嫌い、守るため、導くためにのみ剣を取るとされる。
人間の思考や葛藤に極めて近い神格を持ち、
神でありながら、人の迷いと選択を理解する存在――
それが、パラス・アテネである。
「アテネって言った…気がする…神様なの?神様って天之御中主神とか伊邪那岐じゃないの?」
ディーネはギリシャ神話は知らないようであった。
「そういえば、ムサシ達から色々な神様の名前聞いてた気がする…もうちょっと真面目に聞けば良かった…」
ふと、後悔するが…
「ってか、神様とかどうとか関係無いよね…聞こえる…いや、感じられるもの」
ふぅーっと深呼吸をする。
そして―
感じられるのは、何かを伝えたいのではないか…
何か知って欲しいのではないのか…
ムサシは魔神となったアクダクトから、聞くだけに徹っしていた。
ふと、不安になる。
これは、神を受け入れる事なのだろうか?
人間の身で神を受け入れられるものであろうか?
ただ、強烈な引力に導かれるまま、ここまで来てしまった。
踏み込んでいい領域なのだろうか?
「でも、どっちにしろ無理矢理宿らされる運命なんだよね?あら?そもそも私どうやって神様の依代になるの?」
感じるままに行動していた事に気付く。
「まぁ、先にわかり合えていれば、いい事になるんじゃないかしら?うん。そんな気がする」
もう一度深呼吸。
覚悟を決める。
深く飛び込むように。
―聞かせてっ―
―――っ?
咄嗟に立ち上がり洗面所に駆け込む。
吐き気を催し、嘔吐する。
――信じられないくらいの量の胃液を吐き出した。
「はぁはぁ……はぁ……」
身体中に脂汗が噴き出す。
顔色は土気色。
心拍が早鐘のように打ち鳴らされる。
―迷い
―義務
―慈悲
―矛盾
―決断
今の瞬間に、怒涛の勢いで感情・感覚が流れ込んだのを、振り返り理解する。
二度と体験したくない恐怖。
しかし―
魂の引力はそれを許さない。
踏み込みたい衝動の方が強い。
振り向いて今いた場所をみる。
そこには無い。
言語化できない―
理解だけをする。
これは共感―
そして―愛―




