216 伍章 其の肆拾参 ディーネ編(一) 神傑
神鳥ガルダを宿すヤーシャはディーネを抱えつつも高速飛行を行う。
何処へ向かって飛んだのか…
風で方向を読んでいたディーネであったが、高速飛行中のヤーシャの前方シールド越しの風読みは叶わない。
徐々にスピードが落ちている事は理解できた。
目に映る景色が変わっていく。
空から見ると海に囲まれた孤島。
辺りには何も無い。
島からの脱出は不可能である事を悟る。
中央にそびえ立つ巨大な城にたどり着く。
「どこなの?ここは…」
「お伝えする事は出来ません。我々の本部では無い…とだけ申し上げておきます」
「不思議ね。本部に連れていかれるかと思ってた」
「ふふ。本部に連れていけば、貴女を通して絶対神エスファリオンが本部を知ってしまいますからね」
「あら、結構情報をくれるのね」
「貴女は私達と同志になるのです。当然でしょう」
ディーネは冷静に周囲を観察する。
(孤島…海に囲まれている…泳いで逃げるのは不可能ね)
(城の構造は…入口が一つ…いえ、裏口もあるはず)
(ヤーシャ…浅井長政の転生者…ガルダを宿している…)
(マルボが言ってた…ガルダはインドラを凌ぐ力と不死性…正面から戦っても勝てない)
「お静かに。中にお連れします」
城の扉が開く。
内部は予想以上に豪華であった。
赤い絨毯。
金の装飾。
天井には巨大なシャンデリア。
「まるで王宮ね」
「ええ。ここは元々、とある国の離宮でした」
「元々?」
「今は我々が接収しております」
廊下を進む。
両側には鎧が立ち並ぶ。
いや、鎧ではない。
(魔神の騎士…!?あの時の魔神ゾンビと一緒!)
ディーネが身構える。
「ご安心を。彼らは命令無しには動きません」
「命令があれば動くのね」
「当然です」
さらに奥へ。
大きな扉の前で止まる。
「中でお待ちです」
「誰が?」
「我らが王。テンマ様です」
扉が開く。
そこには―
玉座に座る少年。
黒い髪。
鋭い眼光。
目が合うとニヤリと笑う。
「ようこそ。我が城へ」
ディーネは確信する。
(この子が……首謀者)
(きっと、この少年が指揮官)
テンマ―
織田信長の転生者テンマである。
◆◆◆◆
圧倒的な存在感。
まだ、10代前半であろう少年。
巴御前の前世を持つディーネ。
侍としての性分だろうか、意識とは関係なく自然と膝をついてしまった。
(なんて圧力なの…)
前世でも多くの武人と対峙してきたが、全く未知のプレッシャーを感じた。
「カッカッカ。ヤーシャよ。聞いていた話と違うではないか。従順よのう」
「いえ。義兄上もお人が悪い。彼女に本気で圧力を掛けてどうするのです?」
「カッカッカ。少しだ。少し遊んだだけよのう」
(あわよくば魔神達を斬ってしまおうと思ったけれど…甘すぎたようね。この子の強さ…ムサシを越えているわ……)
「ディーネと言ったのう。お主、世界をどう思う?」
「世界を?どういう事でしょう」
「言葉通りの意味だ。お主は世界を救う旅をしているのであろう?」
「救うと言いますか……成り行きで……」
「成り行きか……」
テンマはゆっくりと立ち上がる。
「では、前世の世界はどうだ?巴御前として生きた世界はどうだったのだ?満足した人生だったか?」
「それは……」
ディーネは少し考える。
正直に話す方が良いと考えた。
下手な嘘は身を滅ぼす。
「悔いはあります。義仲様亡き後の人生は色褪せた人生でした」
「何に対して後悔がある?」
「それは…」
「ディーネよ。お主の喪失感は木曽義仲への愛が絶たれた事ではあるまい。お主は武士として生きる道を絶たれた事が許せないのではないのか?」
「!!」
「カッカッカ。図星よのう。さては、この世界に来ても武士として生きる道を選んだな。この世界ではいくらでもその道を歩める」
テンマは、ディーネの近くに歩み話を続ける。
「客人として丁重に扱う。ゆっくりとするがよい。ヤーシャよ。誰か手練れを用意せい。ディーネの稽古相手が必要よのう」
(……稽古相手?)
すぐに魔神の心臓を埋め込まれると思っていた。
あるいは、牢に閉じ込められるか。
客人扱いで、稽古相手まで用意する。
敵を鍛えてどうするというのか。
(何を考えているの……)
答えは出ない。
ディーネはただ、テンマから目を逸らす事しか出来なかった。
◆◆◆◆
テンマはディーネに背を向けて玉座に向かって歩きだした時であった。
突如、空間にヒビが入る。
空間が裂けていく。
「よぉ〜信長ぁ!元気かっ!」
中から冒険者の出立ちをした青年が出てくる。
アカ・マナフを宿したヴァルテインだ。
「カッカッカ。突然現れてお主大概よのう。それは前世の名前と言っておろう。アカ・マナフよ」
玉座に向かう足を止め、立ったままヴァルテインと向き合うテンマ。
ディーネとヤーシャは傍らで見てるしかできない。
「見てくれよ。信長!俺の転移魔法!お前のアジ・ダハーカ使った転移魔法より優れてるぜ」
「裂罅神の力は少ししか使っていないのう。たいしたもんよ」
「だろぉ〜。自慢しに来たんだよ」
「それでお主何をしに来た?」
「いや。転移魔法自慢しに来ただけだ」
ヴァルテインの言葉にクスリと笑うヤーシャ。
「カッカッカ。お主、儂を何だと思っている?」
テンマは笑顔でヴァルテインに話しかける。
「何って、親友じゃね?」
鳩が豆鉄砲を食らったように一瞬固まるテンマ。
笑顔で二人のやり取りを見るヤーシャ。
「儂を親友と申すか。面白い男よ」
「おう。ありがとな。じゃあ俺行くわ」
またヒビを入れて出て行こうとするヴァルテイン。
「待て。ゆっくりしていけばよかろう。客人として持て成す」
「あぁ。俺やる事あるんだ。じゃあな」
閉じていく亀裂の中で振り向きヴァルテインは最後に言う。
「信長。俺だけは絶対お前を裏切らない。覚えておいてくれ」
そう言い残しヴァルテインは帰って行った。
突然の出来事に静寂が支配する。
テンマはヴァルテインが去った方を見たまま言った。
「ディーネよ。部屋に案内させる。今日は休め」
ディーネの位置からテンマの顔は見えない。
どのような表情なのかは伺い知る事は出来なかった。
◆◆◆◆
玉座の間を出て、ヤーシャに案内されて廊下を歩く。
ヤーシャの機嫌の良い様子に違和感を覚えるも、ディーネは今起きた事を整理する。
戦が終われば拠点に兵が集まるように、デリンキーヤで多くの事態が収束すれば、同じ場所に何かが集まってもおかしくない。
ヴァルテインがデリンキーヤに絡んでいた情報は、ヤーシャが話をした時に聞き及んでいる。
廊下を歩きながらディーネはヤーシャに聞く。
「ねぇ。デリンキーヤはどうなったの?」
「私は、まだ連絡を受けておりません。ただ、ヴァルテイン様がいらっしゃったことを考えると、実験は成功したのでしょう」
「実験?」
「はい。魔法陣による悪の魔力を流す実験です」
「それって…」
「ふふ。話せば長くなりますし、そろそろ部屋に到着します」
部屋に入るディーネ。
客室にしては大きい。
王女の部屋といった感じである。
「監視の者もいません。用があれば彼女に申し付けください」
部屋で待機していたメイドの格好をした女性を紹介する。
「ちょっと!意味が分からないっ!一体何がしたいのっ?」
部屋を出ようとしたヤーシャが振り向き言う。
「ディーネさん。いえ、ディーネ様。私達は本心で貴女を同志として迎えたいのです」
「そんなやり方でっ!気持ちが動くわけ無いじゃないっ!」
「もちろん。無理強いという方法も無くはありませんが、同志となり本心で神を受け入れて欲しいのです」
「神…悪神じゃないのっ!魔神じゃないのっ!」
「それは人の論理です。神に善も悪もありません」
「あなた達の神は、繋がりを切った神でしょっ!あなたも!さっきの人もっ!」
「その事については、またお話しいたしましょう。今日はゆっくりされてください」
ヤーシャが出て行き、扉が閉じられる。
「ぜんっぜん!意味分かんないっ!」
飛び込むようにベッドに倒れ込むディーネ。
天井を見ながら考えていると、ただ部屋の片隅で立っているメイドの存在を思い出し声を掛ける。
「ねぇ。あなたは何でここで働いてるの?」
水色の長く美しく整えられた髪。
凛として美しい姿勢。
15歳前後だろうか?
その少女が柔らかい笑顔で言う。
「私はテンマ様に救われたのです」
その一言がディーネに衝撃を与える。
横たわっていた身体から身を乗り出す。
論理的に言語化は出来なくても、直感で悟る。
全身に鳥肌が立ち震える。
―この少女はただの人である。
魔族ではある。
しかし特別戦闘力は無いだろう。
天才的な頭脳も無いであろう。
それが
ディーネの―
才能と経験―
直感と直観―
が、
テンマを―
英雄でも足りない――
神でも足りない――
【神傑】という領域に置くしかないと告げた。




