214 伍章 其の肆拾壱 海岸の奇跡
暗い街中。
コンドーとトシが街の外に向かって密かに歩いて行く。
暫くするとゲンマールの船から一人の影が現れる。
ジェーダだ。
「俺に追われる事になるとはな。同情するぜ」
不敵な笑みを浮かべつつ、静かにコンドー達を追跡し始めた。
コンドー達を追う。
ジャスティ王子を討つならばそれで良し。
結託するならまとめて討つ。
国内最強と噂されるコンドーの追手には最強クラスの駒が必要である。
全てラーク達の計算通り。
そして、ブラッサン帝国の軍服を身に着けたまま。
これが致命的なミスとなる事を知らずに。
◆◆◆◆
コンドー達が歩く後ろを、少し距離をとって歩くジェーダ。
指示通りの道を歩くコンドーとトシ。
そして――
ジェーダの目の前で突然三人の幼女が泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「酷いよ~~えーん」
「うぅぅぅ」
三人の手には割かれたタマネギを持っているが、それは隠してある。
もちろん、この三人はクリス・マニエル・シルク。
「えっ?」
何もしていないのに目の前の幼女達が泣き出した事に驚くジェーダ。
「何だ何だ?」
「おい!あの子達は!!」
そう。ここは海岸。
漁師達にとって三人は海の魔物討伐クエストをしてくれた恩人。
当然、感謝されている。
「おい!帝国の野郎!」
「この子達に何したんだ!!」
ジェーダは周りの雰囲気に圧倒される。
「おっと、これは予想外」
「まぁ、プラスだからいいだろう」
光学迷彩結界魔法で隠れながら呟くマルボとラーク。
この時点で民意が揺さぶられるとまでは考えていなかったようだ。
そこへ――
「幼い子達に何をするかっ!!!帝国兵は魔族差別をする者達かっ!!」
シャーナが登場する。
◆◆◆◆
シャーナ達は救援物資を配りながら海へと行進していた。
ここまでの道のりで、ついてくる者達、配るのを手伝う者達が増える。
当然、この現場はギャラリーでいっぱいとなる。
「何だ何だ!女神様がお怒りだぞ」
「何だ?帝国兵があの子達に何かしたのか?」
「泣いてるじゃないか!」
「あの子達は昼間手伝ってくれた!あんないい子達に何て事を!!」
すでに大変な事になっている……。
街の人達の反応に震えるクリス達。
泣きまねなのに――
「震えて泣いてるぞ!!!」
「何してくれるんだ!!帝国兵!!!」
ゲンマールの側も物資を配ってくれたのだが……。
「こんな物いらねぇっ!!!」
一人の街人がゲンマール側から貰った物資をジェーダに投げつける。
「うわぁぁ。予想以上の事が……」
マルボが呟く。
「ま、まぁ…いいだろう…」
ラークも若干動揺する。
シャーナが堂々と前へ出る。
周りにギャラリーの輪が出来る。
エール・ティア・フロンがクリス・マニエル・シルクを助けて連れ出す。
「うん。誰も方向が逆なのに気付いてないね……おそろしいなぁ……」
逆方向に進むエール達を眺めながらリジュールが呟く。
指示通りなのだ。
「問答無用である!!帝国兵!」
剣を持っているが抜かず、堂々とジェーダの前に立つシャーナ。
何が起きているのか分からないジェーダの視界が急にぼやける。
「何だ……一体何が……」
マルボが魔法で霧を起こしただけ。
急に強烈な波動を受ける。
まるで神の波動を押し付けられるように。
「な……何なのだ……」
シャーナの後ろから全力で魔力を放出するムサシ。
なお光学迷彩結界魔法で姿は見えない。
ギャラリー達も恐怖する。
「め、女神様がお怒りだ…」
「子供達の為にお怒りなのだ。当たり前だ……」
突如、寒気を覚える。
ジェーダを中心にギャラリー達も。
「さ、寒い……」
「女神様がお怒りなんだ……」
ジェーダも寒気を覚える。
「あ……あぁ……」
恐怖も兼ね合い震えている。
これはマルボが魔法で周囲を冷却しているだけ。
しかし、ギャラリー達は急に暖かさを感じだした。
「おぉ……我々には温かさを……」
「帝国のやつは怯えたままだ…」
マルボの火炎魔法で温めている。
火炎はシャーナが燃えるような怒りに見えるように小細工。
そしてジェーダは更に寒気を覚える。
身にまとった水分が気化して冷却されているのだ。
「あのジェーダってやつ……俺、同情するよ……」
ボソッと呟くリジュール。
更にみるみると顔が青くなっていくジェーダ。
「く、苦しい……俺はいったい……」
「何だ?何もしてないのに帝国のやつが苦しんでいるぞ」
「女神様の怒りに触れたんだ。当然だ」
実は、マルボがジェーダの周りを薄い結界魔法で囲い、内部の酸素濃度を低くしたのである。
「この場から消えよ!!帝国兵!!!それとも私と刃を交えるかっ!」
寒気、呼吸困難、圧倒的迫力。
ジェーダは思考が追い付いていかない。
なお、寒気と呼吸困難はマルボの魔法。
迫力はムサシであるのだが、実は更にギミックがある。
カイコ族は精霊の力を多少使える。
精霊はムサシの魔力に恐怖する。
カイコ族もムサシの魔力に恐怖するのではなかろうか。
実際ベンケーは常にムサシに恐怖を抱いていた。
つまり、ムサシの魔力に圧倒的恐怖をジェーダは感じるのである。
「も、申し訳ございません。ゲンマール様……」
走って逃げだすジェーダ。
ブラッサン帝国の船に向かう。
そして――
「今だっ!」ラークが合図を送る。
「せーのっ!えいっ!!」
クリス・マニエル・シルクが縄をピーンっと張る。
ドッポーン!!と海へ落ちるジェーダ。
「天罰だ!!!」
「女神様のお怒りだ!」
ギャラリー達が盛り上がる。
「怖っ!!!」
リジュールの声は誰も聞いていない。
後の歴史書には、
「この日、女神シャーナが帝国兵を退け、
民意が大きく揺らいだ《海岸の奇跡》が起きた」
とだけ記されている。
その裏で幼女三人とタマネギが決定的な役割を果たしたことを
知る者は、
ラーク達を除いて誰一人いなかった。




