211 伍章 其の参拾捌 決壊
ラーク達は魔法と生活の森へ訪れる。
施設内には人がいない。
悪の思考の影響で暴れ全員外に出てしまったようだ。
閑散とした施設内が不気味に見える。
古代魔法陣の部屋に訪れる。
この魔法陣自体に原因はなさそうだ。
「健吾がいなくなった後も、この状態が続いているってのは何か原因があるはずなんだ……」
「やっぱり、さっきの大きな魔石?」
魔法陣を見て考えているマルボにリジュールが声を掛ける。
「うん……多分あれのせいだと思う」
ラーク達が魔石の部屋に向かう途中。
「ん?ムサシがいるぞ」
ラークは、感知スキルに引っかかったムサシの気配に、微かな違和感を覚えた。
気になって急いで魔石の部屋へ向かう。
ムサシが魔石の前で脇腹を押さえ、座り込んだまま横に崩れ落ちていた。
「おいっ!ムサシ!どうした?」
ラークが急いで駆け寄る。
ラークの違和感。
ムサシは動と静がはっきり分かれる。
しかし、この今の状況で静にとどまるはずは無い。
「ふむ……魔力の流れを追ってここまで来たのでござるが……」
ムサシが薄目を開けてぼんやりと告げる。
「少々……無茶し過ぎたかもしれぬ」
咄嗟にマルボが回復魔法を掛ける。
「かたじけないでござる」
「ギャラクーダか?」
「うむ……」
ムサシがギャラクーダとの戦いを話し出す。
「倒した時の記憶が無いの?」
「無心の技だったのは間違いないでござるが……」
木刀を見ながら考え込むムサシ。
「しかし、今はこの状況についてでござる。この魔石が魔力の流れの中心になっている様子でござるな」
悪の魔力・闇の魔力が魔石から流れ続けていることが、街を浄化しきれない原因のようだ。
考えているマルボを見る一同。
暫く静寂が支配する。
「うん。これはダムみたいなもので、一度枯らさないと魔力の種類が変えられないみたい」
マルボが魔石を見ながら言う。
「どういうことだ?」
ラークには意味が分からないようだ。
「うーん。何て説明しようかな……一度、稼働すると同じ種類の魔力を吸収して放出し続ける凄い魔石なんだよ……」
巨大魔石は人工的に再結晶された特異な構造を持つ。
純度が極端に高いため、一度内部に流れ込んだ魔力の「型」を保持し、
その型に従って周囲の魔力を吸い、同じ種類として放出し続ける。
その性質ゆえ、内部の残存魔力が“枯れ切る”までは、
別の魔力の流れへと書き換えることはできない。
これが、この巨大魔石が“魔力の種類を固定してしまう理由”であった。
「つまり魔力の種類を変える事が出来ないってことか?」
「まぁ、そうなるね……」
リジュールが言う。
「でも、さっきと違うよね?俺でも分かるよ。さっきはこんな禍々しくなかった」
「そこなんだよね……」
マルボは顎に手を当てて考え続けている。
「マルボ殿。一度深呼吸すべきでござる」
マルボがいつもと違う。
それを察したムサシが言う。
「あぁ、うん。思考を切り替えないとね……」
マルボは深呼吸をし、視線を落とす。
しかし、ヴァルテイン――健吾の名が胸を締めつけるように思考を乱していた。
立ち直ったようではあっても、強がっているのが痛々しいほど分かる。
ムサシは事情を知らぬまま、その乱れを察した。
その間にラークがムサシへ目で合図する。
――少し離れて話すぞ。
二人は数歩、距離を取る。
ラークは短く状況を伝えた。
アカ・マナフを宿したヴァルテインが元凶であり、
そのヴァルテインは前世でマルボと深い絆を持った佐藤健吾であったこと。
フィオナとシャンテが悪神側だったこと。
ムサシは静かに首を横に振る。
「ふむ。しかし……
気持ちを押し込めたままでは、かえって立ち直れぬこともあるでござる」
その言葉に、リジュールがそっと近づき、二人を見て頷いた。
「俺も、そう思う」
リジュールはマルボへ歩み寄る。
「マルボ君。切り替えられないなら……
無理に我慢しなくていい。吐き出した方がいいよ」
リジュール……沖田総司の言葉。
その声には、裏切られ続けた前世の痛みを知る者の、
静かな優しさがあった。
マルボはわずかに眉を動かした。
しかし口を開かない。
続けてラークが言う。
「お前、一人で全部抱え込む癖あるだろ。
……そういう時ぐらい、俺達を使えよ」
「ラークに言われたくないっ!!!」
珍しく口調を荒げて言うマルボ。
少し静寂が流れる。
シャーナもエール、ティア、フロンそしてクリス、マニエル、シルクも黙って見守っている。
ムサシが穏やかに言葉を添える。
「マルボ殿。気持ちを言葉にするのは弱さではござらん。
強さを保つために必要な“術”でござるよ」
マルボが唇を震わせた。
「……僕は……」
途切れた声。
押し込めていたものが、堰を切ったように一気に溢れ出した。
「健吾は黙って逝ってしまったんだ!!
僕に相談せずにっ!!
僕が悪いと思ってた!!!
気付けなかった僕が悪いんだって……ずっと思ってた!!!」
そして、絞り出すように続けた。
「……何なんだよ……あいつは……
悪神なんかに堕ちて……こんな事して……」
感情のどれを掴めばいいのか分からないまま、マルボは呼吸を乱す。
「会社なんか守らせやがって……勝手なんだよっ!!!」
むき出しの感情の叫び―
ムサシは一歩だけ前へ出て――
歩みを止めた。
(……キャメルがここにおれば……
迷うことなく抱きしめていたでござろう)
(拙者には……マルボ殿を救う “術” が、今は持たぬ……)
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
マルボは“泣くことを許されない人生”を歩んできた。
前世でも――
健吾が他界した後も――
責任を常に抱え続け――
代わりはいない。
弱音は吐けない。
失っても、休めない。
転生しても、その生き方だけは変わらない。
魂の奥底に積み重ねた痛みが
決壊した時にだけ起こる“声”。
痛みを真正面から受け止められる者は―
――転生者だけが知る―
―魂の重さ―
誰もがマルボを支えたい。
だが、この瞬間は――
誰も止められない。
誰も救えない。
自身が乗り越えねばならない―
魂の使命
ただ、マルボの乱れた呼吸と、遠くで鳴る風の音だけが、場の静けさを満たしていた。




