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210 伍章 其の参拾漆 女神リフレイン

 膝立ちのムサシが意識を戻す。


 目の前ではギャラクーダが消滅しようとしていた。


 無意識のうちに、ムサシは剣を振るっていた。


 自分がどうやったのか覚えていない。


 感覚と手応えだけはあった。


「よう―宮本武蔵――今の忘れんじゃあねぇぞ―」


「……」


 ムサシは立ち上がりギャラクーダに近付く。


「お別れの挨拶でもするつもりか?聖人気取んじゃねえって言ってんだよ……」


 倒れたギャラクーダの身体は、気化していくように少しずつ消滅していく。


「為朝殿。拙者の読み違えでござった。聞かせてもらえぬでござろうか。何故堕ちたのか」


「けっ。後悔してねぇって言ってんだ。こうなっちまっただけだ」


「為朝殿」


「ちっ。俺だけが堕ちる条件に他の源氏は堕とさねえ約束なんだがな……ありゃ騙されたな……巴を堕とす気だろ……」


「そんな約束で?」


「後悔してねぇって言ってんだよ……俺が源氏の業を全部背負えばいいってだけだ……」

 ギャラクーダの身体は消えようとしていた。

 だが、ギャラクーダは続ける。


「泰衡の小僧は生きてんのか?」


「まだ、分からぬでござる」


「ちっ。あの野郎、甥っ子を売りやがったからな……まぁ、もうどうでもいいが……」


「何故、一緒に歩もうとしなかったのでござるか」


「こうなっちまったって言ってんだろ…堕ちても切れても…繋がってんだよ。源氏は……」


 最後の言葉は嘘偽り無い――

 笑顔であった―


「立派でござった」


 ムサシの言葉は届いたであろうか。

 ギャラクーダの姿はもうない。


 ◆◆◆◆


 浄化魔法をかけ続けるマルボ。


 エール達の魔人化は解かれない。


 苦しんではいる。


 効果はあるはず。


 浄化魔法は市民達も協力してくれ、より広い範囲で、より高い効果が出ている。


「フロン…?あれはフロンじゃないのかい……?」

 正気を戻した中年の女性が、魔人化しているフロンを見て震えながら言う。

 フロンの母親であった。


 フロンに近付こうとする母親を周りの人々が止める。


「近づいたら危険だっ!」


 必死に引き離そうとする。


「フロン!フロンッ!」

 母親の叫びが響く。


「何でこんなことになっちまったんだ……」


 誰かが呟く。

 そう。何でこんな事に……

 この悲劇は何処で狂ったのか。


 マルボが歯噛みする。


 これはヴァルテインの、ただの実験。


 魔神アカ・マナフの力。


 前世の親友、佐藤健吾が引き起こしたもの。


 前世からずっと抱いていた様々な想い。


 もっと早く健吾の苦しみを理解していれば。


 何故、相談せずに逝ってしまったのか。


 その想いは最悪の結果を招いた。


 友として、親友として――


 その悲しみ、怒り、苦しみがマルボを覆う。


 だが、いつまでも絶望していられない。


 ――切り替えろ。切り替えろ――


 再び、集中し浄化魔法をかけ続ける。


 エール達に変化は無い。


 まだ、何か足りない。


 いや、方法が間違っているのではないか。


 時間が経てば完全に魔人になってしまうかもしれない。


 もしや、すでに完全に魔人化してしまったのか?


「マルボ君」

 リジュールが声を掛ける。


「ちょっと思う事があるんだけど」


「なに?」


「クリス達は魔物使いだ。魔石に魔物を宿す事ができる。魔人に使うとどうなるんだろう?」

 リジュールが発想する。


「そんな事考えたことも無かったけど……」


 魔石は魔力蓄積の塊。

 中に魔力を閉じ込めるもの。


 いわば電池なのである。


 魔物は魔力の総合体であると思っている。


 魔物を宿せる力とは、魔石へ魔力を入れるコントロールができるジョブ。


 魔人から悪の思考の魔力だけを抽出して魔石へ封じ込めれば……


 エール達の魔人化は解けるかもしれない。


 ――やってみる価値はありそうだ――


 ◆◆◆◆


「女神様〜」


 相変わらず正気に戻った者が、シャーナを見て幸せそうに気絶する。


「はっ!俺は今何を?」


 浄化魔法のせいか、すぐ気絶が回復する。


「女神様〜~」


 そして、また気絶する。

 シャーナを見るたびに市民達は女神崇拝してしまう。


 まさに女神リフレイン。


「どうしましょう?」

 シャーナが困り顔でマルボに言う。


「そのうち免疫できるでしょ」

 今はそれはどうでもいい。


 しかし、シャーナの崇拝効果が、浄化魔法で回復するのは異常状態なのであろうか。


 一瞬余計なことをマルボが考えていると…


「クリス!マニエル!シルク!こっちに来てほしい!」

 リジュールがクリス達を呼ぶ。


「はい!」

 クリス達は慌ててリジュールの元へ駆け寄る。


「今から君達にお願いしたい事がある。大事な事だ。聞いてくれるかい?」

「もちろんですっ!」

 リジュールが考える作戦をクリス達に説明する。


「あ、でも……」


「どうしたんだい?」


「魔石を用意しないといけません。ストックは……」


「僕のポシェットに何個か入っている」

 両手を使って浄化魔法を掛け続けているマルボのポシェットから、リジュールが魔石個取り出し3人へ渡す。


「一人ずつやっていこう。最初はフロンをクリスに任せる」


 フロンへ浄化魔法を続ける。


 フロンの母は泣き崩れ、周りの人々に慰められている。


 ―絶対に戻してやる―

 ―待っていてくれ―


 クリスがフロンに近付いていく。

 魔石をかざす。

 魔力が魔石に吸い込まれているのが分かる。


「いけそうだ!クリス!そのまま頑張って!」

 マルボが声を掛ける。


 魔人化が進みすぎていたのか、なかなか魔力が魔石に吸われない。


「がんばれ、クリス!」


「はいっ!」


 クリスの負担が大きいのか、顔を歪め、汗を掻いている。


 魔力は確実に吸い込まれている感じはある。


 だが、フロンへと戻ろうとする力も感じる。


 引っ張りあっている感じだ。


 すると、フロンの表情が変わる。


 苦しんでいるのか。


 そして―

 フロンは魔石へ魔力が吸われるにつれ、声にならない声をあげている。


 魔力の抵抗が強くなったか。

 もう少し。あと一歩。

 クリスが顔を歪ませ歯を食いしばる。


 ―何か、後押しができれば―


 マルボがそう思うとリジュールが叫ぶように言う。


「フロンっ!もっと踏込みを深く!目だけで魔物を追うなっ!」

 あの時の指導と同じ言葉。


 一緒にクエストに出た時の魔物との戦いでのアドバイス。


 一瞬フロンの表情が変わり、光が宿る。

 だが――


「ガァァァァッッ!」

 フロンの怒声が辺りに響く。


「まだ、足りないのかっ!」

 マルボが叫ぶ。


 その時――


「戻って来いっ!」


 フロンにラークの光の魔法剣。


 光の魔法剣は闇の魔力を切る。


 フロンの体から闇の魔力が切り離され魔石へと吸い込まれていく。


 フロンの体は正常に戻り、顔に浮かんでいた紋様も消えていく。


 苦悶の表情から解放された安堵の表情へと変わっていく。


「あ、あぁ……」

 崩れ落ちるフロン。


 倒れたフロンに母親が近付き、抱き締める。

 母親の目からは、とめどなく涙が溢れている。


「よかった……本当によかった……」

 感極まって母親はそれ以上言葉が出なかった。


「お母さん……私……ごめんなさい…」


「私の方も、おかしくなって……辛い思いさせてごめんね……」

 二人はお互いの感情のままに抱き締め合う。


 ◆◆◆◆


 エール、ティアも何とか同じ方法で正常に戻すことが出来た。


 エール、ティア、フロン三人は抱き合い号泣している。


 だが、市民達はザワつく。


 魔人だったエール達を危険視する声も聞こえだした。


 当たり前と言えば当たり前だろう。


 魔人は危険な存在である。


 元犯罪者だと勘違いしている市民もいる。


 フロンの母親も動揺している。


 キサバの首都デリンキーヤの政治混乱に嫌気ざし街を出たが、自分達は向き合っていなかったと気付き戻ってきたフロン達。


 戻ってきて、自分達に出来る事をしようと昨日から活動していた矢先の事であった。


「もうここには居られないのかな……」

 フロンが不安な言葉を漏らす。


「なんでこんなことに……」

 泣き腫らした顔でティアが言う。


「皆様。聞いてください」

 突然シャーナが叫ぶように言う。

「こちらのお三方は、皆様の犠牲になったのです!」


「えぇっ?」

「何だって?」

「どういうことだ?」

「おい、女神様がお話だぞ」

 市民達がシャーナの言葉に耳を傾ける。


「皆様はエール様、ティア様、フロン様に感謝してもしきれないです!」


「なに?なぜ?」


「おい!聞こえねぇぞ!喋るんじゃねぇ。女神様がお話だっ!」


 シャーナの言葉にポカーンとするラーク・マルボ・リジュール・クリス達。


「この街デリンキーヤは悪の神に狙われていました。皆様が狂ったように暴れたのも、その悪神の力です。その悪の力を少しでも抑えるために、このお三方は身を呈して抑えました。その力は強く、三人は魔人に変わりましたが、そのおかげでこの街は被害が少なくて済みました」


 市民達が唖然としている。


「そうだったのか」


「女神様が言うなら本当だ」


「命の恩人じゃないか」


「そりゃそうだ」


「ありがとう」

 市民達がエール達を讃えだす。


「あんたは……何てことを……身を呈してまで…」

 泣きながらフロンをまた抱き締める母親。


「……」

「……」

「……」

 呆然とするフロン達。


 ラーク達も唖然としながらシャーナを見つめている。


「そう言うことで。よろしいですよね?皆さん」


「あ、あぁ…」


 ラークは思う。

 さすが、ムサシとマルボの魔力で作られたシャーナであると。


「ラーク。もう大丈夫なの?」

「あぁっ。ってかお前こそ大丈夫なのか?」


 マルボはヴァルテインの件で絶望し、ラークはマルボの絶望とフィオナの件やディーネの件、そしてエール達の魔人化で絶望していた。


「まぁ、何とも言えないけど、後で考えればいいかなって……それに……」


 リジュールやクリス達を見る。


「負けてられないからね」

 目の光は完全に戻ってはいない。長く連れ添っているラークには良くわかる。


「悪かったな。ソウジ…いや、リジュールか。弱々しいとこを見せちまった」

 ラークがリジュールに謝る。


「いや、俺も助けられたよ。あの子達に」

 リジュールがクリス達を見て言う。


 この街の絶望を救ってくれたのはクリス達だ。


「さて、この街全体の浄化が終わったわけじゃない。マルボ。街全域に浄化魔法は難しいか?」


「流石にそれは無理かな。でも……」


「何か方法あるの?」


「魔法と生活の森に行けば何とかなるかも知れない。この魔法の元凶はあそこにあるからね」


「よし。行こう。取り敢えずこの惨劇を終わらせよう。残りはその後だ」


 この惨劇以外の問題。


 そう、まだ問題はあるのだ。


 ゲンマール王子の件が残っている。

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