209 伍章 其の参拾陸 全てを照らす
難儀を背負う覚悟を持つ者。
ギャラクーダ。
それは繋がりを持つ者の覚悟であった。
堕ちる事は繋がりを絶つこと。
しかし、ギャラクーダは堕ちてなお、繋がりを持っていた。
繋がりとは信じきれるものであろうか。
人は、迷い、裏切り、傷つけ、離れ――
それでもなお、誰かを想うのか。
それでもなお、手を伸ばすのか。
ムサシは咄嗟に脇腹に魔力を集め衝撃を和らげた。
しかし、斬られなかっただけ――
意識が遠のいていく――
光は弱くなり、視界が霞む。
呼吸は荒く、鼓動が遠くなる。
木刀を持つ感覚が無くなっていく。
音も、匂いも、何もかも――
『もう、良いではないか――宮本武蔵よ――』
何度も語り掛けてくる悪魔の囁き――
アンラ・マンユの声――
ただ、聞こえるだけ。
ムサシは答えない。
『人の身では、これが限界だ。もう良いのだ宮本武蔵よ』
「……」
『君は鬼なのだ。私と共に来るべきなのだ』
自分が鬼……
知っている……
何度も認めている。
自分の中に鬼が住んでいる事は分かっている。
『さぁ、共に手を取り――』
『あなたは立ち去りなさい。アンラ・マンユ』
突如、別の声が聞こえる。
『アンラ・マンユよ。貴方こそ思い出しなさい。私の半身であった事を――』
『貴様……!!』
アンラ・マンユの声が遠のいていく……
『大丈夫。全てうまくいく』
以前にも聞いた言葉。
――その声が、胸の奥に静かに沈む。
目が開く。
視界に入るのは美しい青空。
草木が揺れる音。
風が肌を撫でる感触。
息を吸えば、草と土の香り。
光の暖かさ――
目の前でホープが喜んでいる。
膝を着き悔しがっているベルモート。
ケントが拍手をしている。
ピースとラッキーがホープに抱き着いて喜ぶ。
――これは…?――
「どうしたの?キャメル?」
ワカバが話かけてきた。
自分をキャメルと呼んだ。
「うん」
自分が喋った。
ふと視界が遮られる。
だが、瞼を通して日の光を受ける。
『大丈夫。全てうまくいく』
もう一度同じ言葉が聞こえた。
暖かい感情がムサシの心を走る。
『まだ、大丈夫――あなたに渡した私の光は、尽きることはありません――』
心に安らぎを与える声。
――アフラ・マズダー?――
『はい。そうとも言います。貴方には大日如来の方が分かりやすいですか?』
――大日如来――
――あなたは……――
漆黒の闇は一つの光が広がって、大きな光となっていく。
それは、自分自身が光である。
目の前には自分に差し出されている手を感じる。
ずっとこの手を差し出されていたような感じがする。
その手は温かく優しい。
全てを包み込む女神の手。
『さぁ、立ち上がって私の剣となり、悪を断ち切るのです。私は力の全てを何度でもあなたに渡しましょう』
繋がりを感じる――
キャメルと――
アフラ・マズダーと――
大日如来と――
『我は光……汝も光……汝は我の剣……不動の剣……』
――光……不動の剣……――
ムサシの“意識”ではない。
もっと深い。
考えでも、言葉でもない――“在り方”そのものが返ってくる感覚。
まるで魂が、光の海から引き上げられるように――
ムサシは立ち上がっていた。
木刀を構え、ゆっくりとギャラクーダに向ける。
「あれで……まだ立てるかよ。――やるじゃねぇか」
ギャラクーダは笑う。
その声は、驚愕と喜びか――
強者だけが知る“対等の相手と出会えた歓喜”。
だが――
ムサシの瞳は、さっきまでのものではない。
静謐。
烈火。
慈悲。
断罪。
すべてを内包した“動かぬ光”。
「――結べ」
ムサシの口が、自然に開く。
「汝は光、我も光
煩悩の炎をもって智慧を照らす
大日輪は常に我が胸にあり
不動の剣は慈悲のために抜く
空は破れず
地は揺らがず
我が心は一念にして万象を調伏す
オン・アビラウンケン・バザラダトバン
ノウマク・サンマンダ・バザラダン
――不動明王よ、我が太刀に宿れ」
ムサシの全身が、太陽を超えた光に包まれた。
木刀が、穢れを一切許さない“純粋な光の太刀”へと形を変える。
ギャラクーダは目を細める。
だがその目は――怯えではなく、理解だった。
「……なんだよ。
――てめぇ……分かってるじゃねぇか……」
歓喜にも似た、深い納得の声。
ムサシは踏み込み――
「大日不動倶利伽羅剣!!」
その瞬間、
剣閃の光は“闇を裂かない”。
光が――
光を照らした。
世界の理そのものを肯定するように。




