208 伍章 其の参拾伍 繋がり
「さて、取り敢えず全域に浄化魔法をかけてみようかな」
その声は軽い―
しかし、魔法陣を展開する瞬間、マルボの思考は普段よりも明らかに速く回る。
余裕を装うように、必要な計算だけを切り出し、余分な感覚を切り捨てる。
――長く考える時間は、今はいらない。
そう決めることで、胸の奥に残る違和感から目を逸らした。
マルボは魔法陣を大きく展開させる。
辺りで凶暴化した市民達を包み込む。
「す、凄いなマルボ君は、本当に…」
「いや、これだけ広げると強い浄化魔法は難しいかな……」
魔法陣の外縁が、わずかに揺らぐ。
制御が甘くなったわけではない。
意図的に出力を落とし、広さを優先しているだけだ。
――持つかどうかではない。
今は「持たせる」しかない。
マルボはそう判断し、余計な計算を切り捨てた。
そんなマルボを見て、リジュールは違和感を覚える。
シャーナが魔法陣に手を添える。
「マルボ様っ!」
「オッケー!理解してるね!シャーナ!」
マルボがシャーナに向けて親指を立てる。
クリス達も魔法陣に手を添える。
「クリス!マニエル!シルク!強化魔法を流すんだ!できるね?」
大きい声でリジュールがクリス達に言う。
「はい!」
三人も強化魔法を流す。
「ソウジ…いや、リジュールはシロの浄化魔法をエールにかけて。二重でかけて効果が有ればティアとフロンにもかけて欲しい」
その言い方が、いつもより少しだけ早口だった。
リジュールはそれに気付いたが、それには触れない。
「わかった」
リジュールはエールの元へ向かう。
「いくよっ!」
一瞬だけ、視界の端が白く滲んだ。
魔力の流れが重なり、制御が遅れる。
だが、それを修正する時間はあった。
問題ない――そう判断し、マルボは深く考えることをやめる。
今は、前に進めばいい。
マルボの掛け声とともに浄化魔法が広域に渡って放出される。
悪の思考の影響は強力のようだ。
すぐには、凶暴化した市民の多くは沈静化しなかったが、徐々に大人しくなっていく。
ふと、兵士のギブソンやコラーダが我に返る。
「俺は何をしていた?」
「何か、悪い夢を見ていたのか?」
他にも、同じような兵士達がいる。
「あぁっ!女神様っ!また女神様が我々をお救いくださった!」
シャーナを見て兵士が祈りを捧げる。
「シャーナ!」
リジュールが手のひらを上に向け腕を上下に振る。
「皆様!強化魔法を魔法陣に流していただけますか?」
「はいっ!」
「喜んで!」
次々と兵士や職員が魔法陣に強化魔法を流す。
シャーナの言われるがままに行う者達。
それを見て真似する者達。
意味が分からず戸惑うが周りに合わせて強化魔法をかける者達。
やがて、魔法と生活の森の活動家達も正気を戻していく。
「私達は……何を……」
活動家達も合わせて強化魔法を流して行き――
この辺りの暴れていた殆どの人々は正気を取り戻した。
エール達の魔人化は解かれない。
だが、街の状況は希望を見せていた。
◆◆◆◆
「どうしたぁ!宮本武蔵!それで神を相手にできるのかぁ!」
ギャラクーダの言葉に黙し、攻撃を避けながらムサシは思考する。
思考を読みたい――。
思考が読めれば、攻撃が読める。
攻撃が読めれば、隙がわかる。
一見すれば悪人――。
しかしクリス達に向けた眼差しは、紛れもない温かさ。
「お主!ただの悪人とは思えぬ!何故堕ちた!!」
「あぁっ? 源氏ってのは難儀なんだよっ!」
読めた。
この男は源氏の業を――背負う者。
悪神に魅入られたわけではない。
己の意志で、この道を選んだのだ。
「それが覚悟のつもりでござるか!」
ムサシの突きが当たりだす。
頭に――
肩に――
胴に――
「きかねぇぞ!宮本武蔵ぃ!
俺こそが“源氏の難儀”!!
お前の覚悟じゃ届かねぇんだよ!!」
巨躯が踏み込み、地面が砕ける。
上段から大太刀が落ちてくる。
空気を裂く轟音。地が震える。
「否!お主の難儀は“諦め”!!」
ムサシの木刀が輝き、横薙ぎの衝撃をいなす。
「履き違えちゃいねぇ!
背負うんだよッ!
血も因果もッ!全部なァッ!」
大太刀が地面を叩き割る。
岩が跳ね、衝撃が波のように広がる。
「背負うだけでは進めぬ!
心が沈めば、刃も沈む!」
ムサシが踏み込む。
懐へ入る。
だがギャラクーダは一歩の踏み込みで間合いを潰す。
巨体とは思えぬ速さ。
「それこそが俺だぁ!
沈むも、苦しむもなぁ!
人殺しが聖者を気取るんじゃねぇ!!」
木刀と太刀の激突。
火花が散り、雷鳴が轟く。
「拙者は――沈んでも、歩みを選ぶ!!!」
木刀が弾け、ムサシの魔力が奔る。
風が巻き上がり、砂が舞う。
「難儀の源氏に“選ぶ道”なんてねぇっ!!」
渾身の振り下ろし。
地が裂け、空が揺らぐ。
「難儀は宿命ではござらん!
どう生きるかを“選べる”のが人の子!!」
ムサシが横跳びし、太刀筋の内側へ。
木刀が赤髪をかすめる。
「もう“人”じゃねぇんだよ!!
受け入れてこそ宿命だ!!」
ギャラクーダが吠える。
その声は悲鳴ではなく――覚悟そのもの。
「汚れを引き受ける事と、心を捨てる事は違う!!」
木刀が太刀を受ける。
地面が沈む。
重圧が空間を歪める。
「あぁ?違わねぇよ。
難儀なんざ慣れっこなんだよッ!
これが――俺の“繋がり”だ!!」
「!!」
ムサシの心が、一瞬だけ揺れた。
“繋がり”という言葉。
自分達が信じるべき言葉・信念――
その言葉が力ではなく、覚悟の形としてギャラクーダから返ってきた。
その迷いが生んだ、一瞬の隙。
次の瞬間――
大魔刀・童子切安綱が、ムサシの胴に直撃する。
「ぐぅっ……!」
「勝った……」
勝利を確信したギャラクーダが膝から崩れ落ちる。
ムサシの意識が遠のいていく……。




