206 伍章 其の参拾参 Nágranni Dauðans
シャーナがソウジを抱えて警備保障ギルドに向かう。
だが、警備保障ギルドでも、既に混乱が始まっていた。
建物は崩壊している。
外でモヒートとギムレットが戦っている。
「ひぃっ!ひぃぃっ!」
必死で戦っている相手は魔人化したシャムローと下衆野郎。
牢屋にいた二人が魔人化したようだ。
「所長!退避するウガ!」
ギムレットがモヒートに逃げるように促す。
ギムレットも魔人化して戦っている。
悪の思考の影響ではなく、自身の能力である。
だが、同じ魔人でもシャムローと下衆野郎の方が強いようだ。
ギムレット一人では危ない。
「これは……」
シャーナが驚き声を上げると、ソウジが降りようとしだした。
「いけません。ソウジさん」
「いや、ごめん。こうすれば良かった」
パチンと指を弾くと猫が現れた。
「シロ。ちょっと大変だけど俺に浄化魔法かけ続けててくれ」
「ニャー」
猫のシロがソウジの肩に乗り浄化魔法をかけ始める。
ソウジは抱えていたマルボが描いた魔法陣の紙を丸めてシャーナに渡す。
「さて……」
ソウジが魔刀を抜く。
「ソウジさんっ!駄目ですっ!」
「魔人の気配は二つ。メガナーダって奴は逃げたのかな。いくらシャーナが強くても魔人二体はキツイでしょう」
「そんな状態でいけませんっ!私がやりますから」
シャーナの言葉に微笑むソウジ。
「ごめん。走りながら浄化魔法かけ続けさせちゃって……」
シロに浄化魔法を掛けさせたところで、走る事も自転車に乗る事もできる状態ではない。
抱えて走ることは、シャーナにとってベストの選択。
今は安静にするべき。
せめてマルボと合流して治療させるべきなのだ。
マルボの浄化魔法ならある程度は回復するはず。
だが、ソウジは無理をしてでも動こうとする。
喀血は止まっているが、時折咳き込んでいる。
ここで、ソウジを失う訳にはいかない。
この先、悪神達と戦う為には――
モヒートとギムレットは正直戦力にならないだろう。
ほんの一瞬の迷いであった。
その時後ろから大きな声が聞こえた。
「キャーーーッ!どうやって止まるのこれっ!」
「魔力を!魔力を消してー!」
「魔力ってどうやって消すのー?」
「もう、無理ーっ!」
街中、暴れている人々を避けながら一直線に来たらしい。
勢いよくやって来たクリス達のレッドコメットがシャーナ・ソウジを通り抜ける。
「え?」
ソウジが驚くがレッドコメットはそのまま魔人達の方に向かう。
「あの魔人は……」
魔人化した下衆野郎を見てクリスが呟く。
下衆野郎は奴隷だったクリス達の元主人。
「止まれないならっ!」
「このままっ!」
「行ってーっ!」
クリス・マニエル・シルクの三人の叫び声が響く中、レッドコメットは魔人化した下衆野郎との間を詰める。
直前で飛び降りるクリス達。
ドーーーンッ!と大きな衝撃音が響き下衆野郎が吹っ飛ぶ。
「壊れてない……よね?」
クリスがレッドコメットの心配をする。
しかし、レッドコメットには衝突の対策がされている。
装着された魔石による多重結界魔法が自動的に発動するのだ。
ケントと試乗した時から改善した結果である。
それが幸いしレッドコメットの衝突は下衆野郎に大きなダメージを与えた。
「もぅ駄目〜」
涙目で呟くマニエル。
「あ〜〜ん」
泣きだすシルク。
だが、三人はすぐに立ち上がる。
キッと下衆野郎とシャムローに向く。
マニエルがディーネの弓を持ち、シルクがディーネの太刀を抜いて構える。
クリスは右手に魔石を持って構えている。
三人を見てキョトンとするソウジ。
午前中の三人とは別人のようである。
「は、ははは……」
ソウジが声を漏らして笑いだす。
前世で何人も見てきた。
それは覚悟を決めた者の瞳。
◆◆◆◆
ソウジ
新撰組・一番隊長沖田総司の転生者。
この世界での名前はリジュールという。
この国キサバに生まれ、乱れる政治を嘆き国を立て直したいと本気で考えてきた。
しかし、前世で命を失った肺結核は魂まで蝕んでいる。
アカ・マナフの悪の思考の力が肺結核を再発させる。
案じていた国が街が今絶望に包まれている。
常に死を意識してきた。
死ぬ事の恐れ。
何も出来ないで終わるのでは無いか。
明るく振る舞っているが、不安と恐れの感情を抱えていた。
今――
目の前の、小さな命。
魔族と言われ迫害された幼い三人。
解放の儀式を受けていた三人。
絶望の中にある三人が覚悟を決めて立っている。
奴隷として生きて来た三人が覚悟を決めた――
ソウジは三人を見て冷静さを取り戻す。
シャーナの目を見てシャムローを指差す。
クリス達の後ろにつく。
「ソウジさんっ!」
必死だったクリス達はソウジの存在に気づいていなかったようだ。
転生者のソウジは10歳。
クリス達と大して変わらないように見える。
しかし、朝の稽古などで大人な事を知っている。
やっと、頼れる大人と再会できたことで少し安堵するクリス達。
「気を緩めないで。俺は病気で戦えそうもない」
「えっ?」
「一撃だけ。一撃だけなら撃てる。だから、あの下衆野郎の隙を作って欲しい。下衆野郎と戦うのは君達だ」
「分かりました!」「うん」「はいっ!」
クリス達が固唾を飲み、ソウジは一撃必殺の構えをする。
シャーナがシャムローに攻撃を仕掛ける。
魔人化は、元の人間の強さと、血の元の魔物や魔神の強さで決定する。
シャムローはそこまで強い人物ではない。
そこまで強い魔人にはならないはずだが、悪の思考の影響なのか身体能力がかなり向上している。
とはいえ、相手をするのはシャーナ。
ムサシとマルボの魔力で生まれた神獣人。
シャムローを圧倒する。
ソウジは手が空いたモヒートとギムレットを呼ぶ。
「マルボ君の赤い乗り物に付けていた荷車に武器が何個か入ってる。持ってきて」
荷車は外されて、どこかに置いてあるばす。
ソウジが指示するとすぐに動き出すモヒートとギムレット。
シルクはディーネの太刀を持っているが、クリスが持っているのはただの剣。
マニエルの弓には矢が無い。
ディーネのように魔法の矢を撃てる訳ではない。
――のだが
マニエルの弓が輝き出す。
「えっ?」
魔法の矢が下衆野郎に放たれる。
これは――
「そうか、魔法か……」
ディーネだけが使える弓ではない。
元々魔法が使える者なら強化された魔法を撃つ事ができる。
弓としての相乗効果が無いだけで、射程距離、威力が通常の魔法より高くなる。
「シルク。取り敢えず君が前衛だ。攻撃しようと思わなくていい。攻撃を捌くんだ。いいね」
シルクは大きく頷き太刀を構える。
ディーネのように自在に扱う事は出来ないが、それでも十分に通用する。
下衆野郎の腕が刃になっている。
これが武器なのだろう。
シルクが太刀で下衆野郎の腕を捌いていく。
「そう、上手いぞ!」
大きな声は出せない。
だが、シルクには聞こえている。
距離が出来るとマニエルが魔法を放つ。
後はクリス。
魔物使いであるクリスが魔石を持っている。
魔物が中に入っているのだろうとソウジは理解する。
どうやって使うのかソウジには理解が出来ない。
するとクリスが下衆野郎との間をじりじりと詰めて――
魔石を持っている右手を振った。
魔石から魔物の腕が飛び出し下衆野郎を殴りつける。
「そういう事ぉ?」
ソウジの声が漏れる。
山本五郎左衛門の腕が魔石から出現して攻撃したのだ。
ディーネが連れ去られてしまった事は察していた。
だが一緒にいるはずの山本五郎左衛門の姿が無い。
やられてしまったのかと思ったが、まさかクリスの魔石の中に宿っているとは。
しかも、攻撃に利用するとは。
だが、山本五郎左衛門はまだ完全に回復していない。
魔石から全身を出すわけにはいかない。
「モヒートさん!ギムレットさん!まだかい?」
シャーナはシャムローを圧している。
下衆野郎も何とかなりそうではある。
モヒート達を待たずとも戦闘は進められる。
その時――
シャムローの目が光る。
突如、大量の鬼が出現する。
そう、シャムローの鬼ゾンビ。
ジョブ死霊使いの能力。
「そうか……こんな奥の手が……」
数が多い。
悪の思考の影響か、一体一体からも強い魔力を感じる。
「ひぃっ!!何ですかこれは!」
戻ってきたモヒートが驚き声をあげる。
咄嗟にソウジはモヒートとギムレットの持つ武器から、刀の反りに似た剣を取る。
それをシャーナに投げる。
シャーナが受け取り不思議な顔をしたが、次の瞬間に表情が変わる。
「できるでしょ」
ニコリと笑うソウジ。
「はい」
両手に剣を――
宮本武蔵の二刀流―




