203 伍章 其の参拾 悪の思考
「マルボ。残念だけど俺の勝ちだ」
ヴァルテインと呼ばれた冒険者の青年が言う。
ただ、呆然としたマルボに向けて。
「おいっ!お前は何もんだっ?」
ラークが凄んで見せる。
薄々感じてはいる。
前世の話は聞いている。
マルボは完全に放心状態である。
「説明する必要もないだろ?想像通りだ」
「健……吾……健吾なの……?」
声を震わせ涙を浮かべマルボが言う。
「あぁ、久しぶりだな」
「なにを……なんで……」
「見ての通りだ。魔神アカ・マナフを宿した佐藤健吾の転生者。ヴァルテインだ」
「嘘だろ……」
マルボのショックは尋常では無い。
ラークにも分かっている。
自分が思考を働かせなければいけないとは考えている。
しかし―
ラーク自身も思考が追いついていない。
何が起きているか理解出来ていない。
今日半日一緒に行動したフィオナが堕ちた側だと言うのだ。
ラークも呆然としているところに、フィオナが近付いてくる。
そして――
突然、唇を重ねてきた――
ハッとなりフィオナを突き飛ばす。
「ヴァルテイン様〜。私ぃ、本気で好きになっちゃったんです。殺さないで貰えますか?」
フィオナがヴァルテインに言う。
ラークを殺すなと。
「とりあえずドゥルジと約束してるからな。5年後の武闘大会までは俺は手を出さないようにはしてるぞ」
「じゃあ〜、こっち側に堕としてもいいですか?」
「それがいいな!ラーク君って言ったね。マルボと一緒にこっち側に来いよ」
ラークとマルボは思考を切り替えることが出来ないでいるが、構わずデリンキーヤの街は更に絶望の底へ落とされていく。
◆◆◆◆
シャーナとソウジは中央統治庁付近で、庁内職員や兵士達に話を聞いていた。
悪の思考を乗せた魔法が包み込む。
「なんでしょうか?この感じは……」
シャーナが気付くが――
「ガハッ!ゲホッ!」
ソウジが咳をしだして、口を抑える。
「――?」
シャーナがソウジを見ると、指の隙間から血が漏れている――
シャーナは思考を働かせる。
シャーナはムサシとマルボの魔力で作られた存在。
魔力の比率は圧倒的にムサシが多いが、マルボの魔力、そして知識をある程度引き継いでいる。
喀血――
肺結核――
魂の深淵まで刻まれた前世からの病。
それが今、嫌な感じの波動によって引き起こされた――
咄嗟にマルボから貰った紙を開きソウジの背中に重ね浄化魔法をかける。
ソウジの咳が止まる。
「ありがとう…シャーナ…」
「いえ…」
シャーナは感じ取る。
ソウジに浄化魔法を掛け続けていないと命に関わる事を。
「一度、警備保障ギルドに戻りましょう。皆様、申し訳ございませんが、後はよろしくお願いします」
ソウジを抱え浄化魔法を掛けながら、警備保障ギルドにシャーナは向かう。
自転車に乗る事は出来ないので、走る事になる。
◆◆◆◆
魔法と生活の森にて施設の活動家達が騒ぎだす。
「おいっ!この機会に俺達は立ち上がるべきじゃないのかっ?」
「あぁ!そうだっ!こんな政府はくそったれだっ!」
「みんな!この時のために準備してきたんだろっ!」
魔法と生活の森の者達が武器を持って騒ぎ始めた。
「行くぞ!中央統治庁へっ!」
「ちょっと!皆さんどうしたんですかっ?」
「やめてください!急にっ!」
「落ち着いて!皆んな!」
フロン・エール・ティアが慌てて皆を止めようとするが、全く耳に入っていない様子。
必死で止めようする中に一人の中年の女性がフロンを突き飛ばす。
「ママ……?」
「どいてなっ!クソ娘っ!」
「どうして?何が…」
涙を浮かべて母親に声を掛けるが、全く届いていない。
「ねぇっ?シャンテは何処に行ったの?ソウジさんはっ?マルボさんはっ?」
シャンテはヴァルテインの部下であった。
その事をエール達は知らない。
先程まで、シャンテの持ち込んだドリンクを一緒に飲んで楽しんでいたはず。
トイレに行ったまま帰ってこない。
マルボとソウジはエール達に告げずに抜け出したまま。
エール達にはこの突如の混乱に、頼れる人物がいない状態へと陥る。
◆◆◆◆
「おい。まだ終わってねぇぞ」
倒れたまま言ったギャラクーダ。
突如、目が赤くなり魔力が増大していく。
起き上がると筋肉が更にはち切れるかのように膨れ上がり、大魔刀・童子切安綱を支えに立つ。
身長が伸びて4メートル程になろうか。
身体中にタトゥーのような紋章が浮かび上がる。
「魔人化?」
ムサシは再び木刀を構え距離をとる。
「さぁ!目覚めろ!アストー・ウィーザートゥ!俺に力を貸せっ!」
アストー・ウィーザートゥ
ゾロアスター教に伝わる死の悪魔。
死を司るため、アンラ・マンユの創造した悪魔の中でも比類なき存在といわれる。
その悪魔――魔神がギャラクーダに宿っていた――
源為朝という日本史上最強の豪傑の転生者。
そして悪神達の中でも比類なき魔神を宿している。
――ギャラクーダが魔神と化す。
残念ながらディーネの心配をしている場合ではない。
この魔神をここで止めなければ、被害は計り知れないものになる――
「やむ得ぬ……」
目を瞑り、フゥーっと息をして木刀を構える。
目を開き、戦いの決意を固める。
その時――
大魔刀・童子切安綱が飛んでくるかの如くムサシに迫る。
「――髪の毛っ?」
ギャラクーダは大魔刀を髪の毛で絡ませ
振り回す。
右手には別の太刀。
昨夜戦った時の物。
そして左手をかざす。
「外法鬼陰流・破魂!!」
先程までとは桁違いの巨大な赤黒い炎の矢が
5本放たれる。
それも、一本づつではない。
ほぼ同時に5本まとめて飛んでくる。
「おぉぉぉぉっ!!」
ムサシが魔力を全開で解放する。
5本の魔法の矢を掻き消す。
だが、頭上から大魔刀!
咄嗟に交わすがギャラクーダが間を詰めてくる。
ムサシとギャラクーダの鍔迫り合いは衝撃波を生み、辺りの街の残骸を吹き飛ばす。
「ぐぅ……この力……」
「終わりだ!宮本武蔵!不本意だがなぁっ!」
◆◆◆◆
シャーナとソウジが中央統治庁近くの広場を離れ、暫く時間が経った頃。
庁職員や兵士達にも、悪の思考の影響が現れる。
シャーナの存在が職員や兵士に安らぎを与えていた。
それが離れた事で、悪の思考が入り込んでいるのだ。
「我々は一体何をしているんだ?」
「この国はいつまで経っても良くならない!俺達はこんなに頑張っているのに!」
「愚民どもが!偉そうなことばかり言いやがってっ!」
「俺達をなんだと思ってやがるっ!」
「武器を取れっ!」
「うおおおっ!」
その場は暴徒と化していく。
◆◆◆◆
ラークが街中の異変を察する。
人々が凶暴になっていく。
街人同士が戦い始める。建物は壊されていく。
「何が……お前は何をしたんだ……」
絶望的状況にラークの思考は少し働きだした。
「あー。何というかな……ただの実験だ」
実験?
この街全体を狂わせる行動が、ただの実験?
ヴァルテインの放った言葉は残酷かつ冷酷そのものであった。
「おかしいか?俺達としては実験でしかない」
「この状況が……お前の目的なのか?」
「悪の思考がどれだけ街レベルを変化させるかだな。しかし、せいぜいBランクくらいまでのようだ。一度に狂わせられるのは」
腕を組み、周りを見渡すようにしながらヴァルテインが言う。
「Aランク以上を巻き込めれば……それが目的なのか?」
「いや、完全に堕としたいんだが、さすがにそれは難しいようだな」
「堕とす?」
「あぁ、俺が使うアカ・マナフの”悪の思考”では魂の絆までは切れない。裂罅神の力を使えば絆を切ることが可能だ。だが、人間程度を堕としたところで大した意味は無いな」
適当にあしらうかの如く、ヴァルテインは街を見渡しながら答える。
「いったい何が目的で…」
「だから、実験だって言っているだろう?」
「何を……」
ラークは困惑する。
ヴァルテインの話が全く理解が出来ない。
街中の状況は最悪と言ってもいい。
人が人を襲い始める。
「さて。帰るか。五年以上費やしたけど、成果はまぁまぁかな」
「上々かと」
シャンテがヴァルテインの斜め後ろに立つ。
ヴァルテインの後ろの空間に亀裂が現れる
ヒビが入り割れて中から別の空間が見える。
道を開けるように左右に立つビーゼ・ナナエムとシャンテ・フィオナ。
「絶対、俺の方が信長のやつより優れてるな!今度自慢しよっ!」
「くっ……」
ラークは何もできない。
「じゃあな!マルボッ!また会おうぜ!ってか、こっちに来いよ!待ってるぜ親友っ!」
「健吾……」
ヴァルテインが亀裂の中に入ろうとした瞬間――
「おいっ!」
ラークが声を掛ける。
「自分だけが特別だと思ってんじゃねぇっ!」
ヴァルテインがラークを見る。
「ここにも親友はいるんだよっ!」
ラークがマルボの肩を組む。
ヴァルテインがニヤリと笑みを浮かべ言う。
「妬けるねぇ」
そして姿を消した。
「素敵〜っ!男の友情って!」
ときめいているフィオナの腕を引っ張りシャンテが呼び寄せる。
「行きますよ」
「ラークさん。またお会いしてくださいね」
「マルボさん。ラークさん。お世話になりました。皆様によろしくお伝えください」
フィオナとシャンテが亀裂の中に消えて行く。
そして、ビーゼとナナエムがラーク達を睨みながら消えていき、亀裂は塞がった。
ラークは膝から崩れ落ちて地面を叩く。
「くそっ!くそがっ!」
暫くしてマルボを見るが、マルボは放心したままだった。
「マルボ…」
放心したままのマルボを見て、ラークも視線を落とす。
マルボの前世の親友であった佐藤健吾。
転生者としてこの世界に生まれヴァルテインと名乗った。
その身に悪神アカ・マナフを宿し……
この国キサバの混乱を招いていた元凶であった。
そして、キサバを去っていった。
魔神は去った。
しかし、この街、デリンキーヤの絶望はまだ終わらない。




