020 壱章 其の弐拾 動機善なりや、私心なかりしか
「ありがとーっ!また来いよーっ!」
「ラークさーん!ありがとーっ!」
「ワカバーっ!元気でねーっ!」
「キャメルーっ!俺達強くなるからっ!その時は一緒に冒険しようなーっ!」
「ムサシーッ!この街にも戻ってこいよーっ!」
「「「マルボッ!マルボッ!マルボッ!」」」
次の日の朝、ラーク達一向はグリーンヴィルを旅立って行った。
今更キャメル、ワカバを連れて行かないという選択肢は無く、ラーク・ケント・マルボ・ムサシ・キャメル・ワカバの6人で旅をする事に決めた。
街中の人々に見送られ、貰った馬車の荷台をバギーに連結させ乗り込み出発した。
大歓声で見送る人々に手を振りながら港街へ向かう。
マルボに対しての歓声だけカルト集団のようになっていたが・・・
キャメルも大声で手を振っている。
ワカバは皆の笑顔を見て涙ぐんでいる。
「さぁっ!長い3日間だったが、気持ちを切り替えるぞ!目指すは港街リゾットだ!」
「僕達の冒険はこれからだっ!」
「終わりみたいなセリフを言うなっ!」
マルボのフラグ建築に突っ込むラーク、いつものやり取りであるが、他の皆には意味がわからないのでキョトンとした顔をしているのであった。
◆◆◆◆
「思ってたより早く進んでいるな」
グリーンヴィルを出て半日程経ち夕方には港街リゾットに辿り着けそうな行程にラークは地図を見ながら呟いた。
いかに異世界の超人でも体力の限界はある。
ラーク・マルボ・ケントでも、長時間同じ速さで走れるバギーには流石に敵わないのであった。
ムサシに関しては何とも言い難いのだが……
キャメル・ワカバもいるのでバギー馬車に乗ってのんびりと夜にでも着けばいいと考えていた。
「ふふふ、このグリーンヴィルの魂の結晶、アーサーのスピードを舐めてもらっては困るな」
得意気にマルボは語る。
「そうだ!グリーンヴィルの魂の結晶だからヴィルをつけてアーサーヴィルと名付けよう!」
「グリーンヴィルから名前を取ってくれると私も嬉しいです」
バギーの名前が決まった。
「このアーサーヴィルは船に乗るのでしょうか?」
ケントが聞く。
「馬車が乗るから大丈夫だろ」
ラークは楽観的に答える。
ムサシとキャメルは初めて見る景色に感動しながら周囲を見ていた。
ずっと運転中のワカバを見てラークは運転を変わるべきではないかとマルボに言うのだがマニュピレーターのワカバだからアーサーヴィルの性能が引き出せるのであって、他の者が運転しても大したスピードは出ないそうだ。
「大丈夫です。運転楽しいですから」
満面の笑みを浮かべてそう答えられると何も言えないラークなのである。
グリーンヴィルの3日間は怒涛の日々であったが、港街リゾットまでの道のりは何の事件も起きずに平和なものだった。
「さあ、見えてきた。あれがリゾットだ」
ラークはリゾットの街を指差した。
海に面した綺麗な街並みである。
夕焼けに染まった水面はとても美しかった。
アーサーヴィルはゆっくりと門を通り抜ける。そのまま馬車道を進むと大きな桟橋が見えてきた。
停泊している沢山の船が夕日に映えとても美しく見えた。
「凄く素敵な街ですね」
ワカバも嬉しそうである。
街の中に入ると宿屋を探しはじめた。
明後日出航する船に乗るため、2泊出来る必要がある。
幸い、リゾットでも評判の良い宿がありそこに泊まる事にした。
夕食の時間まで少し余裕があるので、ムサシの冒険者登録をしに、ラーク・ムサシ・マルボは冒険者ギルドに赴く事にした。
ラークとムサシだけ行けばいいのだが、絶対に面白い事が起こると思いマルボも同行している。
ケントはキャメルとワカバと宿屋でお留守番となった。
◆◆◆◆
受付で用件を伝えると、応接室へと案内された。
グリーンヴィルの支部長に書いてもらった紹介状をリゾットの支部長に渡す。
支部長は内容を何度も読み返している。
この目の前の10歳程の黒髪の少年がほぼ1人で魔神ヘカトンケイルを討伐したので、A級ライセンスと同行しているから冒険者ライセンスを与えるようにとの事である。
冒険者ライセンスの取得は通常15歳からである。
例外として、本人が大きな功績を上げA級ライセンスの冒険者と常に同行するという条件で10歳以上で冒険者ライセンスを得られる。
これは一昔前から転生者の存在が知れ渡るようになり、その保護と育成の為の規定が作られたのだ。
年に数人は10歳の冒険者ライセンサーは誕生し、どの子供達も驚く功績を上げている。
マルボもその1人で魔力回路の発案や魔法陣を使った合成魔法、新たな魔法の開発など多くの功績を残し、ラークと共に行動する事でAAライセンスを既に持っている。
だが、魔神をほぼ1人で討伐という話は前代未聞であった。
にわかに信じられないが、却下して他国の所属にでもなれば大きな問題となる。
承認しないわけにもいかない。
「すいません。どうしても魔神を1人で倒したというのが信じられないんですが……」
「まぁ、気持ちは分かるが、正直ライセンスがあればいいからDでもEでもいいんだけどな」
「いえ、そういう訳には……AAAA・クワッドAに相当しますし……」
「クワッドA!!??」
ラークは最高ライセンスはAAAまでは聞いた事があるが、その上に相当するという事になる。
瞬く間にムサシの噂は世界に広がるだろう。
「却下して他国に移籍されてしまったりすると、国のパワーバランスにも影響してしまいます。」
「む?どういう事でござるか?」
「これは説明が難しいなー」
ギルド協会は世界国際連盟の加盟国によって運営されている組織であり、各国から資金を出資して運営されている。
魔人討伐等の大きなクエストは報奨金が莫大で達成した冒険者の所属する国にも支払われる。
また、国家間の戦争への介入権もあるので冒険者達が各国に所属しているといざという時に助かる事が多い。
適正のライセンスを与えないとクエストの縛りや冒険者ギルドでの待遇等にも関わってくるので、不服を感じ他国に移籍してしまう可能性もあるのだ。
「実力を少し見せていただくのはいかがでしょうか?」
「テンプレ来たーーーっ!」
マルボは予想通りの展開に大喜びであった。
「まぁ、そうなるよな」
ラークも面倒臭そうに頭をかいた。
「拙者が試合をするという事でござるな」
◆◆◆◆
ラーク達も船の予定や出港準備等もある都合上この後すぐに試合を行う事になった。
ギルド側も対戦相手の準備だけさせて欲しいと言うのだが、ムサシも少しだけ準備の時間が欲しいと申し出たのだ。
ムサシのその言葉にラークは疑問を持っていた。
どんな相手との試合でも、ムサシなら準備の時間など必要無いはずである。
マルボはその間にケント・キャメル・ワカバを呼びに行っている。
「別に構わないが何の準備をするんだ?」
「ふむ、心の準備でござる」
「心の準備?」
「拙者、この試合で己の実力を見せる事で特別なライセンスを授かる事になったでござる。 大変光栄なことでござるが、拙者の力は世界の為、そしてラーク殿達仲間の為に使うと決めたでござる」
ラークは黙って続きを聞いていた。
「拙者はこの試合に挑むに当たり、本心から世界の為、仲間の為に挑めるか自分自身の心をみつめなければいかんでござる。 特別なライセンスを取る事で皆の力にもなれるし、キャメルの立場を潜める事に貢献できるであろう。 だが、同時に名声も手に入るでござる。 その名声を自身が欲しているのではないか。 仲間の為と言いいつつ自分の名声を欲しているのではないか。 自分自身に問う時間が欲しいのでござる。 自分の試合に挑む動機を確かめなければならんでござるよ」
ラークはその話を神妙に受け止めた。
確かに魔人を1人で倒しAAAAのライセンスと得たとあれば、それだけ世界から認められたと思えてしまうだろう。
自分が本心で世界の人々の為に戦う気があるのか。
仲間達の為に戦う気があるのか。
はたまた名声を欲しているのか。
試合に挑む動機をしっかりと確かめなければならないと言うのである。
ムサシにとって、冒険者のライセンスを得る事は、人生の1つのターニングポイントである。
この先冒険者として生きていく。重要な起点となる日なのだ。
何度も瞑想し自分の事を見つめ続けているムサシであるが、今一度自分を見つめたいのである。
『動機は善であるのか?』ムサシはこの世界に転生してから、何かを始めるにあたり、こう自問することを常としていた。
何かをしようとする場合、自問自答して、自分の動機の善悪を判断するようにしているのだ。
善とは、普遍的に良きことであり、普遍的とは、誰から見てもそうだということである。
自分の利益、都合、格好などだけで物事は全うできるものでは無い。
その動機が他ともに受け入れられるものでなければならないのである。
結果を出すために不正な行為もいとわないということでは、いつかしっぺがえしを食らうことであろう。実行していく過程も、人の道を外れるものであってはならないはずである。
言い換えれば、『私心は無いのか』という問いかけが必要である。
自分勝手な心、自己中心的な発想で物事を進めていかないかを点検するのだ。
ムサシは、動機が善であり、実行過程が善であれば、必ず成功すると固く信じているのだ。
「分かった。 俺はドアの前で待っているから、準備が終わったら開けてくれ」
「かたじけないでござる」
ラークはムサシの邪魔をしないように静かに廊下に出て待つことにした。
ムサシの瞑想がはじまった。
前世の宮本武蔵であったころ。
拙者は常に名声を求めていたでござる。
晩年にも五輪の書を書いたのは、後世に技術や考え方を残すべくだが、承認の欲求が無かったかとは言えないでござる。
無ければそんな物は書く必要が無いのでござる。
認められたいという気持ちが最後まであったのでござる。
この異世界に転生し実母の胎内の時にも微かな意識があった。
戦国時代の末期から江戸時代の初期にかけて生きていた宮本武蔵にとって、他人の命の存在はこの異世界の常識よりもずっと軽かったのかもしれない。
他人の命を軽んじるその存在は、この異世界において悪鬼と言える。
その潜在的な資質は本能的に母体への影響を与える。
実母はムサシを胎内に宿った時から恐怖を常に抱え怯えていたのだ。
この子は悪鬼だと……
そしてその感覚感情は胎内のムサシに返ってくることになる。
自分は悪鬼である。
実母を苦しめることを申し訳ないとも思っていた。
捨てられるのも致し方ない。
この手足もろくに動かせない赤子のまま朽ちていくのも仕方ない事だと生まれてすぐに悟ったのである。
だが、そんな悪鬼をも、ありのままの命として愛情を注いでくれたアマルテアのおかげで自分の存在価値を知る。
自分は愛されている存在であり、自分の命の重さを知る事にもなる。
そして他人の命もかけがえのない存在であることを知る。
目をつぶれば自分は愛で満たされる事をいつでも気付ける。
ありのままの命を愛せる。
いつでも幸せを感じられる自分には、ライセンスを取る事に承認の欲求は無いであろう。
フッとこの数日間の仲間達の笑顔が浮かんだ。
ラーク殿は素晴らしいリーダーでござる。
マルボ殿は天才でござる。
ケント殿は優しいでござる。
キャメルはしっかり者でござる。
ワカバは頑張り屋さんでござる。
これから彼等と何日、何ヶ月、何年、どのくらい一緒の時間の冒険をするのであろうか。
数日間の付き合いであるが、もう家族のようにも思える仲間であることにムサシは気付きを得た。
世界の為かどうかはまだ分からいが、仲間の為の行為である事は間違い無い。
動機良し、私心無し。
目を開きゆっくりと立ち上がり鉢巻を巻いた。
「宮本武蔵、参る」




