002 壱章 其の弐 宮本武蔵を見つけた
翌日、3人組は街の中を散策していた。
「それらしい人物がいないな」
「だねぇ」
「う~ん、どうしましょう」
野菜売りの女の子から聞いた話では、ムサシは武器を持っていなかったらしい。
冒険者が暴れた際に折れたテントの棒で戦ったそうだ。
ムサシは冒険者ではないと断定する。
この世界は魔物が存在する。
街にいないのであれば、街の郊外に住んでいる。
街の外では魔物に遭遇する。
無手で魔物を倒せるのであれば冒険者との戦いで棒切れを使う必要はない。
常に戦う武器を持っていないのは、冒険者で無いと思われる。
そもそも、10歳では冒険者にはなれない。
冒険者になれるのは15歳からだ。
特例として抜きん出た能力を持ち、A級ライセンス以上の冒険者が常に同行する場合のみ10歳でもなれる。
抜きん出た実力の方はあったとしても、A級ライセンス以上の冒険者と一緒ではない。
A級ライセンスの冒険者がいれば、そちらも噂になるはずだ。
背丈も体格も普通の10歳程度の男の子。
ただし黒髪で短髪でボサボサな髪型との事。
10歳くらいの男の子は沢山見たが、黒髪は一人も見ていない。
この辺りでは黒髪は珍しいので、いればすぐ気づくはずだ。
服装もボロボロの服を着ているそうだ。
「ボロボロの服といえば、宮本武蔵は風呂に入らなかったらしいなぁ」
ふとラークが呟くと
「え…それはちょっと嫌だなぁ…一緒に冒険できるのかな…」
マルボが反応した。
「まだ仲間にするかも分からないし、悪人かもしれないし…」
「えーっ!宮本武蔵が悪人なんてありえないよ!」
マルボは少し興奮気味に言った。
「俺達とは生きてきた時代が違うんだ。常識も違う。俺達から見れば悪人に近いかもしれない。」
「そうですね。私も同感です」
「でも…」
「俺達が知っている宮本武蔵は創作みたいなもんだ。本物はヒーローじゃないってことは頭に入れておけ」
「わかったよー」
マルボはしぶしぶ納得してくれたようだ。
「よし、今から聞き込みは数人で立ち話をしている奴らにするぞ」
「え?なんで?」
「噂話が好き、自己主張が強い。自分の話を聞いて欲しくて他が知らない事を喋りたくなる。より情報が聞き出せる。まぁ嘘や誇張も増えるがな。」
「なるほど」
3人は立ち話をしているグループに聞き込みをしていった。
◆◆◆◆
「夕方にならないと駄目なのか?」
肉を頬張りながらラークが話す。
昼時になり情報をまとめる為にも昼食を取ることにした。
午前中聞き込んだ話をまとめると、ムサシは魚を売って野菜を買うらしい。
ムサシは数年前からこの街に出入りしていた。
以前は朝早く市場に来て魚を売り、しばらく街中うろつき夕方頃に野菜を買い街から出ていったそうだ。
喋りも片言で返事も頷く程度、きっと貧しい家の生まれで言葉もろくに教わっていないのだろうと思われていたらしい。
その程度ならよくある話で多くの人は気に留めていなかったようである。
目立つようになったのはつい最近、街に冒険者が増えてからなのだ。
この街は近くの森に魔物が増えたせいで最近冒険者の出入りが増え治安が悪くなったらしい。
最近は夕方頃に魚を売って野菜を買っているそうなので街での滞在時間が少なくなったとのこと。
パリーンッ!
3人が話していると、近くで何かが割れる音がし男の怒号も聞こえた。
どうやら冒険者同士の喧嘩のようだ。
野次馬が集っている。
朝早く仕事を終え昼に酒を飲む冒険者は珍しくはない。
酔った冒険者同士が喧嘩をはじめたのだろう。
「こんな時にムサシが現れるのかな?」
ラークはいたずらっ子のような笑い顔で言った。
「ここで現れたら運命ですね」
ケントも笑顔で喋りマルボは苦笑いで返した。
「まぁ、見に行ってみようぜ」
ラークは楽しげだ。
「ちょっと、ラークさん、またトラブルに首突っ込むんですか?」
「まぁ、面白そうならな」
「もぅ」
二人は溜め息をついた。
ラークは人だかりに向かって歩いていく。
テラス型飲食店。
野次馬の視線の先に2人大男がいる。
だが、1人は片膝を着いている。
そして、片膝を着いている大男の前には1人の少年が棒切れを持って立っているのだ。
「おいおい、嘘だろ…」
ラークが呟く。
会計を済ませた2人がラークに追いつく。
「え?」
「まさかですか?」
二人も驚いた様子だ。
「あぁ、間違いない…運命…いや、宿命とか天命ってのかな…」
そこに立っている少年はムサシの特徴と一緒だったのだ。
「お前、こいつらと知り合いなのか?」
大男がムサシと思われる子供に話しかける。
元々の喧嘩相手の仲間なのかと。
「いや、知らない…ムカつくから殴った」
「なんだと!ふざけんなよ!てめぇ!」
ムサシの言葉に大男は激昂した。
先程までの喧嘩相手だった隣の大男の事はすっかり忘れているようだ。
喧嘩相手だった方は突然の出来事で呆気に取られている。
「お、おい、やべーんじゃねぇのか?あのガキ死んだかもな」
「馬鹿野郎、あれがムサシだよ。やべーのは冒険者の方だよ」
野次馬達はヒソヒソと話している。
大男の冒険者は腰の剣を抜きムサシに向けた。
「え、ちょっと、ラークさん、止めないといけませんよ!」
ケントは慌てだしたが、ラークは腕を組みながら黙って見ている。
ムサシは合わせて棒切れを両手に持ち構えた。
この世界の剣は片手で持つ片手剣、両手で持つのは身丈並みの大剣と特性が大きく分かれている。
片手剣程の棒切れを両手で持つ構えは見る事がない。
しかし中段に構えた姿は洗礼された美しさを感じる。
「剣道だ…やっぱり…」
「ああ」
「え?どういうことですか?」
「日本の武道の剣道の構えに似ているんだ」
「やっぱり宮本武蔵なんだ」
「たまたま前世で剣道やってただけの転生者かもしれないぜ。ムサシって語っているだけのな」
ラークの言葉にマルボはブスッとふくれっ面をするが、何も言い返せない。
「そんな事より助けなくていいのですか?このままじゃ殺されますよ」
ケントが焦りながら話す。
「まぁ、落ち着け。よく見てみろ」
ラークが言う通りムサシをよく見ると、表情が一切変わっていない。
そして、一歩も動いていない。
「動いていないようですが?何かのスキルですか?」
ケントが疑問を口にする。
「違う、後の先だ」
ラークが答える。
「ごめんなさい、わかりません」
「相手の出方を待っているんだ」
「なんで分かるんですか?」
「剣道だけじゃなくて他の武道にもある言葉なんだ」
ラークも前世で武道をやっていた為よく知っているのだ。
大男が間合いに入った瞬間、上段からの打ち下ろし!
振り降ろしたと思ったら、ドスッ!という音が聞こえそのまま大男は倒れこんだ。
気絶してしまったらしい。
「「「おおーっ!!」」」
野次馬達の歓声が上がる。
「いったい何が起きたんだ?」
野次馬達がざわつく。
野次馬達にはムサシの動きはまったく見えていない。
大男の横に衝撃で折れてしまった棒切れの半分が落ちているだけだ。
だが、ラーク、ケント、マルボの3人には見えている。
大男が剣を振り下ろす。
同時にムサシはサッと後ろに下がり拳を叩き剣の軌道を変た。
そのまま前に出て首元を突く。
カウンターで入った突きの衝撃は棒切れが折れる程だった。
流石に鍛え上げた冒険者の体でも、これだけの一撃を喰らえばひとたまりもない。
幸い仲間の回復魔法で命は助かりそうだ。
そもそも死なない程度に力加減をしているのだが。
恐ろしいのは動きだけではない。
1センチにも満たない見極めの正確さである。
ムサシは棒切れを拾い上げ、折ってしまった事を謝っている。
棒切れは少し前まではモップと呼ばれているものだった。
「なるほど、後出しで勝ったわけですね」
ケントが感心する。
「まぁ、そういうことだな。相手が踏み込んでくるタイミングに合わせて打ったわけだ」
「いや、感心してる場合じゃないよ!」
マルボが慌てている。
ハッとしたラークはムサシに歩み寄り話しかけた。
「なぁ、君、ムサシって言うんだろ?」
「……」
腰に短剣、動きやすい服装、引き締まった体、明らかに冒険者と分かるラークの姿に警戒しているようだ。
「俺達は冒険者だ。俺はラーク、こっちがケント、で、こいつがマルボ」
ラークは自分達の身分を明かした。
その瞬間、ムサシは持っていた折れた棒を上に投げた。
視線が棒切れに集まったと同時にスッと人混みに紛れる。
「おいおい、待ってくれよ!俺たちは怪しいもんじゃないぜ」
ムサシは人混みに消えていった。
「どうします?」
「追いかけるしかないだろう」
言葉と同時にラークは建物の二階に跳び乗った。
常人には考えられない猫のような跳躍力。
「いた!俺の感知力からは逃げられないぜ」
人混みから抜け、疾走するムサシを追尾するラーク。
屋根から屋根へ、そして壁を蹴り、まるで忍者のように移動して行く。
人がいる道を走るよりはるかに速い移動だ。
だが、ムサシを追いかけながらラークは驚く。
「おいおい、この人混みの中あんなに速く動くのかよ」
ムサシは大通りを人を避けながら走っているのだ。
「ちょっと!ラークが本気で走ったら追いつけないよ!」
マルボが叫ぶ。
「とにかく追いかけましょう」
ケントも後に続いた。