018 壱章 其の拾捌 マルボの演説
その頃マルボはアマルテアの洞窟に来ていた。
「お邪魔しまーす」
辺りを見渡すもアマルテアの姿は見えない。
「どうしよう。 勝手に持っていっちゃっていいかな……」
マルボはアマルテアの洞窟内の水晶が欲しくアマルテアに相談しようとここに来たのだが、いないので悩んでいた。
ふと、頭の中に意思が伝わる。
何か用かという質問だった。
アマルテアからの通信である。
「あ、いるんだ。実は……」
マルボが洞窟に来た理由を説明すると、アマルテアが姿を現した。
魔法で姿を消していたのだった。
アマルテアは純度の高い水晶の場所を教えてくれて、さらにこれも持っていけと数々の魔石も用意してくれた。
魔石とは魔力が宿る石であり精霊石と比べ人間の需要は高く高価な物である。
「えーっ!凄い!いいのこんなに?でもこの数は持って帰れないなぁ……」
するとアマルテアが運んくれると申し出てくれた。
さらに木材などの素材収集も手伝ってくれるというのだ。
ムサシの役に立つ事でもあるし、何より瀕死のアマルテアを実質助けたのはこのマルボ、その程度の手伝いでは恩を返したうちに入らないという。
ただし運ぶのは街の出入り口まで。
一昨日ムサシを見送ったばかりで会うのは恥ずかしいと何とも人間のような感性である。
こうしてマルボはアマルテアと共に森へ向かったのであった。
◆◆◆◆
ムサシによる体捌きの鍛錬を一旦中断させ、昼食を摂る事にする。ラークはマルボの様子を見に木工職人ギルドに赴いた。
「まだ、素材集め中か?」
森に囲まれたグリーンヴィルの木工職人ギルドは規模が大きい。
いくつもの工房があるので、マルボはいないか見て回っているのだが、マルボどころか工房には職人達も殆どいない。
「昼どきだから休憩しているのかな」
すると大きな工房に職人達が入っていくのが見える。
「ん?何か集会か?」
興味本意で覗くと何故か壇上の上にはマルボが立っているのだ。
「皆!知っていると思うが、昨日ヘカトンケイルを倒し俺達の街を救ってくれたパーティの1人マルボだ」
「「「「うおーっ!」」」」
司会役の職人がマルボを紹介し大歓声が湧く。
「何してるんだ。あいつ……」
ラークは慌てて隠れて様子を見る事にした。
「職人たちよ、集まれ!我々は今日、革命を起こすのだ!」
マルボが演説をはじめたのだ。
ウワーッと木工職人達から歓声が湧き上がる。
「この集会が、世界を分岐点に変える重要な瞬間となるだろう!」
一同の熱狂的な拍手が響いていく。
「我々はただの職人ではない。我々は、この世界の歯車を変える存在なのだ!今まで隠されてきた才能と技術が、この瞬間に開花するのだ!」
情熱的なムードが会場に広がっていった。
職人達の目が輝き始めている。
「我々は創造の力を持ち、未来を切り開く使命を背負っている!世界は我々の手で変わっていく。その変革は、美と驚きに満ちたものとなるだろう!」
一同は、鼓舞されたようにうなずいている。
「職人たちよ、団結し、力を合わせよう!我々の技と情熱が、この革命を実現するのだ!」
大歓声が響き渡り、工房内は情熱と希望に包まれたのであった。
「マルボーっ俺達を選んでくれてありがとうっ!」
「必ず夕刻までに作ってみせるぜ!」
「そうだ!俺達の革命なんだっ!」
「「「「マルボ!マルボ!マルボ!」」」」
熱狂した職人達は皆自分の持ち場へ駆け足で戻って行った。
「な、何を作る気なんだ、あいつは……」
ラークはこの異様な光景に震えた。
その気になればマルボはこの世界を牛耳ることができるかもしれない。
◆◆◆◆
孤児院で昼食を賄ってもらうというので甘える事にした。
あまり世話になるのも気が引けるが、ワカバ以外の新米冒険者達は暫く孤児院を拠点として稼いだお金を孤児院に入れるから大丈夫だと張り切っていた。
遠慮するよりも自分達を鍛えて欲しいというので、有難く好意を受けることにしたのだ。
皆が食卓に着きラークの帰りを待っているところに、ラークが戻ってきた。
少し青い顔をして正気がないので、ムサシが声を掛けた。
「どうしたでござるか? マルボ殿に何かあったでござるか?」
「いや、マルボは問題無い……いや、ある!……いや、問題は無い……」
ラークは要領を得ない。
先程の木工職人ギルドで見た異様な盛り上がりを思い出していたのだ。
ケントは何かを察して関り無いようにキャメルと話はじめた。
昼食を食べ終えると早速広場に戻ってワカバの適性を調べる。
適性を調べるといっても半分特訓のようなものなので他の新米冒険者達や、冒険者向きのジョブを持った何人かの15歳に満たない孤児達も一緒についてきて冒険者教室と化してきた。
キャメル、ワカバに関してはまだ決まっていないが、他の者達とは明日の朝別れることが決まっている。
ムサシは
「師事が無くとも理論と練習方法を覚えていれば、自身の鍛錬でどこまでも強くなれるでござる。しっかり覚えるでござる」
というので、必死になって教えを受けていた。
「ムサシ、ちょっとあの子だけ借りていいか?」
「ふむ、それがよいかもしれぬでござるな」
あの子とは先程体捌きの師事で一際センスを感じた男の子である。
名前はストライク、ジョブは武闘家。
武闘家とは接近戦が得意な戦士の事を指す。
武器も使えるが体術が得意なので素手が基本スタイルだが、拳に装着する格闘グローブを使う者もいる。また短刀を使った素早い攻撃を得意としたりもする。
戦闘だけで考えるとトレジャーハンターのラークに似たタイプである。
ラークがストライクに近づき組手を持ち掛ける。
ラークとストライクは間をとり向き合った。
ラークが合掌して礼をするので、ストライクも合わせて礼をする。
両者構えるが、ラークは一向に仕掛けない。
ストライクは焦れて突っ込んでいった。
しかし次の瞬間には地面に叩きつけられている。
「……っ!」
ストライクの左パンチを素早く避け、左手を絡めとり足を払ったのだ。
一瞬の出来事にストライクは驚く。
「不用意に動くな。フェイントも混ぜろ」
ストライクを立たせアドバイスするラーク。
もう一度仕切り直す。
ストライクは間を詰め右パンチを出したが、すぐに引き戻し左のミドルキックを繰り出した。
ラークは距離を一瞬で詰め脚の根本を抱え軸足を払った。
ストライクの体は一回転して地面に転がった。
なお、ストライクの体が地面に着く直前ラークは引っ張って衝撃を逃すので痛みはない。
柔道の技術である。
「フェイントはいいが、距離感がおかしい。 当たらない距離でのフェイントはバレるだけでなく利用されるぞ」
「はい」
その後何度もラークは手本を見せて、ストライクをひたすら投げた。
ストライクはこんな訓練の機会は中々無い事を分かっているので、少しでも会得できるように必死でくらいついている。
ラークはグリーンヴィルに残す餞別としてストライクに稽古をつけているのもあるが、実は自身の鍛錬も行っていた。
ストライク相手に抜重の練習をしている。
練習といっても、ラークは抜重の話を聞いた後、ずっと抜重を意識して動いていたためほぼ会得していた。
実戦に近い組手で試して最終チェックを確認しているのである。




